6ー1 夢なら覚めて 夢じゃないなら早く夢を
「先輩、小原先輩!」
青柳の呼び掛けで、団は目を覚ました。のぞきこんでいる後輩は眉を下げて困り顔になりつつも、口角をあげていた。
「…………お疲れ、のようですね。今日は早く帰りましょう。あ、私持ちます」
藤和高校の目と鼻の先にある、藤和病院。意識不明の姫島幸佑は、ここへ運び込まれていた。待合室は、手術室や集中治療室の存在を感じさせないほど安穏としている。
自分はどうやら早起きがたたったこともあり、いつのまにか眠っていたらしい。現実から逃げたいのかもしれない。時刻は午後四時だった。
よいしょという声を合図に、後輩の左肩に団のボストンバックがかけられる。右肩には自分のかばんをかけていた。
「おい、重たいぞ……」
「これくらい平気です」
後輩女子に荷物を持ってもらうという体たらく。普段の自分からは考えられない。まるで後輩をパシっているみたいじゃないか。
しかし荷物を奪い返す気力もなく、団はのろのろと病院を出た。
幸佑はまだ目を覚まさない。
竹刀を振るいたい。全部追い出したい。
「迎えにきてくれて、ありがとな。練習はじめないと」
団は今日、授業に出ていない。幸佑の搬送に付き添い、パニックになったところを那須と立木の先生二人に押さえ込まれ、応接室で事情を聞かれたあとは、また病院に戻っている。幸佑の親父さんとおばさんも病院に駆けつけているはずで、そちらは家族だから、治療室前の椅子に座っているはずだった。
だが、今の団はそこまでいけない。そこまで踏み込んでいい資格がない。
だったらせめて、無事を祈りつつ、嫌な想像をかき消そう。
部活だけ出るという顰蹙なことも、今回だけは許してもらおう。
しかし、そんな期待は裏切られた。
「……いえ、今日の部活は全校で中止になりました」
青柳は駐輪場に止めてある銀の自転車に、迷うことなく団の鞄を積み込む。
「朝、姫島さんのことだけじゃなくて、また通り魔の被害者が確認されたこともありますし」
スタンドをがしゃんと跳ねあげ、青柳は団のそばへと近づいた。
「しばらくは部活ができないかもしれません」
現実はもうたくさんだった。
団はかごから荷物を抜き取ると、返事をせずに歩き出す。
しかしバランスを崩して、植え込みの中に転がり込んだ。
「小原先輩!」
自転車を止めた青柳が駆け寄ってくる。思わず差し出された手をつかんで、支えられて立ち上がった。
制服は泥まみれ。青柳は躊躇しつつも、土を払った。
「小原先輩、帰りましょう。途中までお送りします」
そのとき自分はどんな顔をしていたのだろう。少なくとも、ひどく格好が悪いことは確かだった。
「…………昨日は姫島を家に泊めて、一緒に登校したと。ここまではいい。なんでそんな早くにいたんだ」
「……剣道部の朝練があるので。自分だけ先に残して出るのも、どうかと」
「四階は一年生のフロアだ。姫島の所属する部活も、四階では作業しない。どうしてあんなところに?」
「…………わかりません」
幸佑ならもっと上手く言えるのだと思う。ただ、昨日の放課後のことは、隠しておきたかった。鮮美の状況もわからない今、下手なことを言うのは避けたかった。
案外これだけで、真っ昼間、話を聞かれる時間は終わった。
職員室の余り物だろうか、お菓子をすすめられたが固持した。無理矢理握らされたが、食欲がなかった。
とてつもなく疲れた。思考がまとまらない。
応接室から解放された昼休み。ちょうど会議室からは市ヶ谷が出てきたところだった。団はできる限り音を立てずに走り、肩を叩いて捕まえる。
びくりとして、疲れた表情を強張らせて振りかえる。
相手が団だと知って、ほっとしたような、予期していたような顔をしていた。
言葉を交わさなくてもわかる。
「……大きいですよ」
「あとでなんでも返してやる」
唸るように返事をすると、市ヶ谷は薄く微笑んだ。