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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第一章 事件前
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1-3

結局一時間目は、鮮美と一緒に遅刻した。ほとんどの教師だったなら廊下に放り出されるが、今日は別。がらりと後ろの扉から入ると、クラスメイト達の視線がまず突き刺さる。次に教壇の上にたつ教師が振り返った。

「遅い~、ほら小原、とっとと訳してよ。十行め」

うちのクラスの古文担当、立木花(たちきはな)。二十六歳。通称花先生は、若手だが熱血とは程遠い位置にいる。まんまと担任を逃げ学年付きの教師となり、必要最低限の仕事しかしない。出席簿なんて書いてるのは誰も見たことがないはずだ。じゃあ授業は良いのかというと作り物語、特に源氏物語をこよなく愛し、説話には興味がない。徒然草のときなんかひどかった。やる気のなさが丸分かりで落差が激しすぎる。それに加え花先生は基本授業の半分を古文ネタで占め、教科書なんかそっちのけだ。「文法嫌い」とかも言っていた。だからまじめに予習している生徒だけ当て、自分は解説しない。俺何回当たってるんだよ。でも今日は事情が。

「やっていません…」

「えー」

 花先生はいつもやっている俺ができていないことに心底嫌そうな顔をした。

 昨日は疲れて即行寝た。授業中にやってやろうという算段だったがアテが外れたし。たまには他の人当てたらいい。切実な願いだ。部活のせいにはしたくないけど、朝練ありの運動部、そして自主的居残り練習やってたら予習全部やるのだってきっつい。

「評定下げるぞー」

 いつものだるそうな調子で容赦なく手帳に書き込む花先生。…いや、あんまり強く言えないけどさ、一回くらい見逃してよ。冗談に聞こえないし。

「じゃあ、鮮美」

 切り替えの速さは校内最速。花先生は俺に興味をなくし、次の標的を当てていた。鮮美は驚くことなくすらすら淡々と訳しはじめる。

 こいつは、いつのまに、勉強してるんだ。俺と同じくらいの自由時間しかないはずなのに。団が必死に訳を書き移していると、花先生の上機嫌な声が耳朶を打つ。

「んー、いい訳だね。教科書ガイドも、ネットの訳も使わず」

花先生の古文は最高評価をもらえる生徒数が極端に低い。重要な要素であるノート点もなにかの丸写しだと点はない。丸写しは先生が嫌悪しているから。ちなみにやってないのはマイナスで、欠点。 仕事やってるんだかやってないんだかわからない。というのが生徒共通の見解だった。

「――で、昔の人は美しい人を恐れたわけね、こんな美しい人間がいるはずがないって」

花先生の目は、まっすぐ鮮美に注がれていた。

「魔界から来たとか、そういう説もあったみたいよ。異形の者だって」

鮮美も花先生を見つめる。両者は一歩も退かず、いつも饒舌な花先生は口を閉じた。普段と違う様子に、教室内の空気が変わろうとしている。

それを収束させたのは、出席簿を教卓に軽く叩きつける音だった。

「…ってうんちくはおいといて。じゃあ源氏の女性関係さらいましょう。プレイボーイだからって好き勝手やりやがって…。おっと、じゃあ解説~」

 花先生は厚みのある出席簿片手に笑顔を浮かべ、教室はまたかよー、といった雰囲気になった。いつもの風景。

 …気のせいだと思いたい。俺の斜め前に座っている鮮美が、わずかに顔を伏せたのは。でも、鮮美が普段と違う様子だと確証を持って言える。

ただ他の奴らみたいに、外見だけで好きになったわけじゃない。鮮美が持ってる才能、人柄、話し方。それら全部に惹かれてる。いつもそばにいる。あいつの癖も行動パターンも大体分かる。自分のことや鮮美が隠してる事だって共有したい。なにか隠してることは分かってるから。

でも距離を置かれるよりは、不完全でも隣にいたいんだ。

 踏み込まない。なにも聞かない。話したそばから忘れていく些細な事で笑い、だけど楽しかったことだけ覚えている。俺と鮮美はそんな楽な関係を続けている。

変えたいけど変えたくない。全部知ってしまったら、同時に全部消えてしまうことが怖いんだ。

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