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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第五章 被害者は手の届く距離
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5ー8 姫とナイト

合服では肌寒い時間、高校生男子二人組が出歩いていた。一人は銀の自転車を押し、もう一人はあくびを噛み殺しながらのろのろと歩いている。ペースの差は明らかで、前を行くほうが立ち止まり、後ろを振り返ることもしばしばだった。

「ねむー……」

「おまえが六時に学校に行きたいって言ったんだろが!」

何度目かもわからない幸佑待ち。その追い討ちがぼやきときた。団が突っ込むと、船をこぎながら幸佑はうなずいた。

食事の用意や日課の家事をこなすなか、友人は一人夢の世界に残っていたことを思うと、軽くはたいてやってもバチは当たらない気がする。

11月の五時台はまだあたりは薄暗く、数少ない街灯が人工的な光を主張していた。

「あーこの距離歩くのしんどいなー」

「どんなだよこのモヤシ」

遠慮なく罵倒、……もちろん気安い友人関係があるからだが。それをしても噛みつきがないことをみると、相当頭が働いていないと見える。

団は幸佑のマンション前に自転車を止めると、荷物を取ってくるように促した。

幸佑はふらりと姿を消し、10分経っても姿を見せなかったので、団は後を追う。

「……寝てんじゃねえ‼」

大きな声で叫びたい衝動を、近所迷惑にしたくないという理性が押さえた。



「……で、お姫くん」

「どうしたのマドカちゃん」

朝っぱらから不機嫌な二人組が、六時をまわったばかりの校内を闊歩している。お互い小学校時代につけられた不本意なあだなを使う。もちろんわざとだ。

団たちはお互いをじとりとした目でみやり、これでチャラと言わんばかりに息をはいた。同時に。

「それ持ち出していいのか?」

話を本筋に戻す。幸佑は生物準備室から、ある薬品を持ってきていた。薬品は100均で売られている霧吹きにたっぷりと詰められている。

「いいんじゃないかな。というか、これ使わないと確認できないし」

「なにを」

「血痕」

こともなげな返答に、団は校内で起きた事象を悟った。

幸佑は、昨日首筋を傷つけられている。おそらく鮮美によって。

夢か現か、その、判断を、ルミノール反応で確認しようということか。

「そんなに血がでたのか?」

「たぶんそこそこ」

団は思わず幸祐の首筋を盗み見る。目立たないように貼っているが、絆創膏の肌色がちらりと見えた。

「ん?ああ、違うよ」

視線を敏感に察知して、幸佑は気にしていない風に否定した。

団達は昨夜と同じ、屋上前へとやってくる。

「確認するのは鮮美さんの血痕」

幸祐は無表情で、液体を噴射した。

――昨日は、鮮美さんを探して、校内を歩き回っていた。いないなって思っていたら、誰かが特別棟を歩くのが見えた。

僕は鮮美さんだと思った。追いかけて、ここにきたら、鮮美さんがいた。

ここは真っ赤だった。

今はなにもないけれど、あのときは確かに赤い絵画で一杯だった。絵の具をただ塗りたくっただけみたいな。とにかく赤い絵が何枚もあった。そこに鮮美さんがいて、笑って、僕は

団は幸祐の背中を叩いた。

「俺の呼吸にあわせて、な?」

床には薬品の反応が無数にあった。

友人の首から出たには多すぎるくらい。

拭き取られたようだが、確かに血がぽたぽたと落ちていた痕跡が出ていた。

「ごめ、小原」

ひゅーひゅーという音を混じらせながら、幸佑は深呼吸する。

ーー僕は、鮮美さんに、殺されるかと思った。押し倒されて、首筋に爪をたてられて、血が流れた。

そのあとの、記憶は、はっきりしない。夢かもしれない。鮮美さんは笑ってた。楽しそうだった。けれど、僕を殺そうとして、弾かれたようにいきなり離れて、苦しそうにした。それで、いつのまにか持ってた短刀で、自分の腕を切ってた。何度も何度も。制服の上から。切りつけてるもんだから血が飛び散ってた。腕の、ところは赤く染みてた。そのあと不意にやめて、座り込んでた。

「僕は、いつのまにか気を失ってて、目が覚めたら小原がいた」

団は黙って幸佑の体験を聞いていた。イーゼルにはカンバスの欠片があるものの絵画はなく、裏付けはルミノール反応のみだ。それだって、鮮美の血である保証はない。

「小原、嫌な質問するよ?」

「ん」

「小原は僕の話を信じる?それとも鮮美さんを信じる?」

さらっとしているようでいて、オブラートに包んだ重要な問いだった。

「そんなの決まってるだろ」

隣の友人が、びくりと体を硬直させた。




「悪い、遅れ…………」

いつも遅刻しない団を、部員は訝しげに待っているのかもしれない。だが、物音のしない剣道場にいたのは、青柳ただ一人だった。

「小原先輩……」

きょろきょろと周りを見渡す団を見かね、後輩はおずおずと口を開く。

「今日は多分、誰も朝練に来ないと思います」

「え。なんで?」

顧問からの朝練中止のお達しは、すくなくとも昨日は来ていなかった。

「あの、ニュースとか携帯とかは……」

普段なら欠かさずチェックしているが、今日はとてつもなく早く出たため、どちらも確認していない。団は肩をすくめて答えた。

「あの、内緒ですよ……?」

青柳はおずおずと、ピンクの携帯ーー不要物の持ち込み違反ーーを取り出した。

「これです」

早朝に送信されたメールは、藤和高校連絡メールで、昨夜通り魔が発生したため、安全のために朝練は自粛するように、とのものだった。

「私は早く来ちゃって気づかなくて…」

確かに、自転車なら30分だが、電車を使うと一時間はかかるだろう。その分彼女は早くでなければならない。

申し訳なさそうにする青柳とは裏腹に、団はまた現れた通り魔に、苦い思いをした。

「そうだ、自転車ごめんな」

青柳はぶんぶんと首を振る。大体の事情は、父が話を通した青柳母から聞いているはずだ。

謝りながら団は自身の自転車の鍵を渡す。

「俺のでよければ、はい」

「そんな、受けとれませ」

団は青柳の両手を包み込むようにして握らせた。

「返ってくるまでかわりに使って。登録外の自転車使用は、一応生徒指導の先生に俺から言っとくから。ないと行き帰り不便だろ?」

「……ほんとに、いいんですか?」

背が低く、自然と上目使いになる後輩へ大きくうなずく。

「もちろん」

青柳は花が咲くように笑った。かと思うと、跳ねるように道場のすみへとかけより、封筒を持ってくる。

「あの、昨日お借りしたお金です」

「え、いいよそれくらい。迷惑かけっぱなしだし」

「でも」

「いいって。先輩からのお願いが聞けないのかー?」

先輩という言葉に、うっと言いながらも青柳は聞いてくれた。

律儀な後輩は、上下関係を持ち出すと大抵はお願いを聞いてくれる。悪いと思いながらも、彼女の特性を利用させてもらった。

「じゃあ、私のお願いも、聞いてもらってもいいですか?」

青柳はうつむいて、なにかを躊躇しつつ、そして勇気を振り絞っているようにみえた。

「今度、家族へのプレゼント選びに、付き合ってくれませんか?」

どうしようかと迷っていると、青柳は少しだけ、震えていた。

「……役にたてるかわからないけど、いこっか?」

小さく本当に小さく、後輩は首を縦にふった。



ーーどっちも信じる、じゃだめか?

質問に質問で返されるのは好きではない。けれど、偽りのない本心が自信を失うほど、自分は友人を傷つけていたのだと思う。

どちらか大切なほうを選べといったのも同然なのだ。すきなひとと、親友と、比べられるほうがどうかという。

もし小原がすきなひとを選んでいたら、自分はどうしただろうか。恨んだだろうか。悲しんだだろうか。やっぱりと、やさぐれただろうか。

小原が自分も信じるといってくれたときに、救われた気がした。鮮美という人間に、心から全てをかけているような人に、どっちも信じると言われたから。それは小原なりの最大限だったから。

自分は否定されたわけではないのだと。

ーーだめなわけないじゃん。

姫島は、黒い気持ちを洗い流して、ことさら軽く回答した。



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