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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第五章 被害者は手の届く距離
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5ー7 物思いに沈む夜

いつものようにリビングで寝ることは、客人がいる以上避けたい。だらけモードは見せられる位置の友人だが、リビングに人を寝かせることには抵抗がある。

さすがにこの年になると、昔みたいにシングルベッドに二人ぎゅうづめで寝ることはない。しかし快適な環境としては団の自室に軍配があがり、団は自然と久しぶりに自室で夜を過ごすこととなった。あまりに使っていなかったため、ベットが拗ねているかもしれない。ひとまず団がベッドに、床にマットレスを敷いて幸佑が横になる。

夜だというのに団の父は、本当にまた勤め先へと舞い戻ってしまった。青柳の自転車を絶対に動かすなと言い含めて。

「小原」

「んー?」

団の主義として、就寝時には豆球をつけている。声のした方に顔を向けると、天井を見据えた友人の姿が写った。

「明日、六時に学校に行きたいんだけど、いいかな」

うっかりいいよと言いかけて言葉を飲み込む。こいつは六時に家を出る、ではなく六時に学校といった。

「まった、なんでそんなに早い時間……」

「ちょっと、確かめたいことがあるんだ」

それはすでに決定事項で、反論を許さない類いのものだった。

「ほんとは早いほうがいいんだろうけど、学校の警備は十時から六時頃までは警備システムが作動するみたいだし」

そしてむくりと起き上がると、幸佑は団の方に向き直った。

「鮮美さんのこと、明日の朝、学校で話したい。朝練があるだろうけど、その前に一緒に気になってること確認して、そのときに、話したい」

歯切れの悪い、言いたいことを隠しているような普段の幸佑ではなかった。

「……わかった」

そのひたむきな声に、決意を裏切ってはいけないと思った。逃げることは許されないと思った。

「ありがとな」

それだけを言った。それだけで、きっと十分だった。

「って、明日六時に学校だろ?幸佑の荷物も取りに行って、ごはんつくって……四時起きだな」

「うええ」

合理的に考えたうえでのスケジュールを提示すると、生き物が潰されたようは声がする。

朝練とは縁のない友人にとっては地獄だろう。普段の夜型生活の分も含めると、苦しみは3割増しだ。

「五時過ぎには出発な」

「りょーかい」

「てなわけでさっさと寝やがれ」

幸佑はゆっくりと体をマットレスに沈みこませた。こころなしか、やわらかい笑顔を浮かべていた気がした。

「小原……」

あえて背を向けて黙っている。

「ありがとう」

聞こえなかったふりをして、団は沈黙を返した。

締め切った窓の外からのサイレンは、きっと幻聴なのだと自分に言い聞かせた。



「おかえり」

鮮美は夜の散歩好きを、開いている窓のそばで出迎えた。レナは返事をせずに視線で返す。紺のセーラー服の上から羽織った黒のカーディガンは、目を凝らすと、大きな染みをいくつも作っていた。

「最近の学校、嫌いだわ」

カーディガンを脱いでゴミ箱に押し込みながら、レナは放言する。

「夜中に忍び込む風情もあったもんじゃない」

大きくため息をつくと、少女はセーラー服を脱ぎ、ほつれや引っ掛かりを点検する作業に入った。

「公立の学校にも警備システムを入れるところまではわかるんだけど、まさか引っ掛かっちゃうとは思わなかったわ」

セーラー服に目だった痛みがないことを確認して、レナは短刀の手入れに入る。血振りをしても匂いまでは振り払えない。

きっと彼女は、夜道で誰かを狩ってきたのだ。

「……いつになったら出ていくの」

「決まってるじゃない、あなたが仲間になるまでよ」

微妙に噛み合ってはいないが、大意は読み取れた。

「出てってよ‼」

返せ、平穏を返せ。

感情のままに掴みかかるが、軽くいなされ、短刀が突きつけられる。

いつも話はこの形で終わる。

赤い残り香に少しだけくらくらした。

「警察が周りを張ってるんだし、あんまり騒がないことね。下手な疑いかけられたくないんでしょ?」

鮮美はその言葉で、二の句を継ぐことをやめた。

「それと、早く寝たら?アザミは明日も学校でしょう?」

ふああとあくびを漏らし、レナは退室する。

残り香も空気に溶け、鮮美は物足りなさを感じた。

何者かになりかけている自身に気づいて、鮮美は腹いせにベッドを叩く。間違っても聞かせてやるものか。

鮮美は枕を顔に引き寄せて、嗚咽を漏らした。



電話はおおよそ無礼な時間にかかってきた。無視することもできたものの、何度もかかってくるのだからたまらない。

「はい、姫島」

「久しぶりだな」

「切っていいか」

「それは困る」

姫島幸信は嘆息すると、黙って続きを促した。せっかくの平和に思えた宿直が、これでは台無しである。

「単刀直入に言う。霊視してもらいたい」

「断る。その家業は先代で廃業だ」

「やれないんじゃなくて、やらないんだろう」

「それのなにが悪い。姉貴は霊視が原因で死んでるんだ」

 はっきりとした拒絶が電話口から示される。しかしここでひくわけにはいかない。

「どうも、幸祐くんが巻き込まれているようだ」

「・・・なに?」

「霊視して、くれるか?」

下手にでた依頼という体をとっていたが、相手がどのように答えるか、小原丈は知っていた。


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