5ー6 ささやかな団欒
「小原家直伝、作りおき野菜サラダと冷凍御飯のチーズリゾット、それからスーパーのゼリーだ。俺は腹減ったから冷凍ハンバーグも食うぞ」
男子高校生二人がダイニングにいる。一人はせわしなく配膳し、招かれたほうは賑やかになる食卓を前に、落ちつきなさそうに座っている。二人分の制服を突っ込んだ洗濯機が稼働し、テレビのニュースとともにBGMと化しているなか、団の部屋着姿の幸佑は唖然としていた。
「あ、食欲なかったか?」
先に食べていいと言っていたのだが、幸佑はまだ箸をつけていなかった。食べやすいかと思いリゾットにしたが、親の買い置きゼリー飲料のほうがベターだったか。
そこにタイミングよく腹の音が鳴る。招待者のほうだ。
「いや。すいてないわけじゃないんだけど」
「だけど?」
「自炊するんだなーって」
ひとまず団も席につき、剣呑に相手をうかがう。
「なにおまえ、普段どんなメシくってんの」
「基本インスタントで、面倒だったら食べないけど」
どうも親がいない間の時間、団は料理をはじめとした家事スキルを、幸佑はパソコンスキルを磨いてきたらしい。そして食べ物に頓着しないやつが、栄養バランスに気を使うとも到底思えない。
「だからおまえちびなんだよ」
「…!ー!ー!」
幸佑は反論のしようがないが、なにか言い返したくてたまらない様子だ。
次は団の腹が鳴る。
「ほら、さめるから食うぞ!」
「…………いただきます、」
「おー」
空腹には勝てなかったのか、箸の進みは遅いながらも、幸佑は食事をとっていく。顔色の良くなった様子をみて、団は心の底から安堵した。
「小原、明日学校だよ?」
うちこいよ、と平日に言ったら、この反応はおおよそ当たり前だろう。
「メシならだすぞ?」
「いやいや、そういう問題じゃないから」
「明日の朝早くうちによって荷物持ってきたらいいじゃん」
どうしても、今日は幸佑を一人にさせたくなかった。やや落ち着いてきたものの、あれだけ恐怖していた友人と別れてしまうと、どこか壊れてしまう気がした。
「……」
「うし、異論はないな!」
というわけでなかば無理矢理うちに連れてきたわけだが、特に後悔はしていない。
「それにしても、お前に踏まれた足の中指いてーんだけど」
「ああ、わざと踏んだやつね」
「わざとかよ!」
訴えも虚しく、幸佑はすました顔でリゾットを口に運ぶ。
「誰かさんは特定人物以外に気を使うことを忘れてるからねー」
特定人物、という言い方に引っ掛かりは覚えるが、今はあとだ。今日の昼にも、鮮美のこととなると周りが見えなくなると言われたばかりなのに。
「仮にも高校生連続殺人が起きてるんだし、送ってくくらいはしないと危ないよ。初対面の僕が言っても断られるだろうから、小原でだめ押し」
青柳は仮にも武道系部活の部員と言い返そうとしてやめた。鮮美や自分ならともかく、青柳が殺人者と渡り合えるとは思えない。
「あそこで一人で帰らせるなんて言語道断。小原は女心わかってなーい」
「ってお前男だろ、なんでわかんだよ」
「小原よりはわかるでしょ」
「幸佑、てめ!」
腹が立ったので、幸佑が食べようとしていたゼリーを奪い取ってやった。むっとした幸佑が取り返そうとして、適当にあしらったあと戻してやると、けらけらと笑った。
そして、ふと黙りこむ。夜のニュースが始まっていた。連続殺人の、というトップニュースが聞こえる。
団はリモコンのもとへと走り、チャンネルを変えた。
BGMは、中身のないバラエティー番組になった。
「……小原」
「どうした幸佑?」
団は笑う。努めて楽しそうに笑う。
「……今日の放課後のこと、聞かないんだね」
作り笑いを続けることは、今の団には無理だった。
何があったか聴くのは幸佑のショックがましになり、体調が戻ったら?それとも話したくなったら?
もしかすると、それはキヅカイなんかではないのかもしれない。
団が無意識のうちに、話を聞くことを拒否しているのかもしれなかった。
鮮美が本当に、なにか事件に関わっていたら、自分は鮮美を信じることができるのか?側にいようと思えるのか?
一度は信じると告げたのに、どうしようもなく揺らぐ。
無粋な音が思考の邪魔をしたのは、そんなときだった。
がちゃがちゃと、玄関のほうから音は聞こえる。どうやら誰かが無理にドアを開けようとしているらしい。顔を見合わせ、思考を切り替えた。
「幸佑、携帯いつでもかけれるようにしてくれ」
「わ、わかった」
家主がいるのに強盗か。それはいい度胸じゃないか。
それに今日は頭を抱えたいことがありすぎた。鬱憤ばらしにちょうどいい。
団はそっと竹刀を握ると、廊下へと顔を出す。あいかわらずがちゃがちゃとうるさい。
「幸佑、一応おれの携帯でムービーも頼む」
相手をたたきのめすのはいいが、相手が不法に侵入してきた証拠を残しておきたい。幸佑はうなづくと、ぴろろ、とスイッチを押した。
ピッキングだがサムターンだか知らないが、がちゃがちゃいう音は、撮影者の親指をたてる様子からすると入っているらしい。
ドアを指差してうなずいて、幸佑が返事するのを見届けた。
団はドアのほうに近づき、そしてゆっくりと鍵をあけた。勢い良く開いたドアから、竹刀を突き付ける。
「……………」
「……………」
「…………小原さん」
幸佑は、息子が父親に向かって竹刀を突き付け、突きつけられたほうが手をあげているムービーを撮影中止した。
「……強盗かと思うだろ」
竹刀をおろした団は、くるりと振り返り入るよう促す。
「鍵を忘れたんだ」
「そりゃ仕事場がマイホーム状態だしな!にしても電話かけるとか」
「充電が切れた」
やってられるかといったように、団は会話を打ち切った。
「小原さん、お邪魔してます」
「いや、幸佑くんこちらこそ」
放置していると二人の会話だ。幸佑が相手をしてくれるならやりやすい。
「なにしにきたんだよ」
「自分の家だから帰ってきたんだが」
「鍵忘れるレベルなのに?」
「……」
幸佑が小原、と小さくいさめる。やはり鬱憤がこんなところに影響しているので、父親と言えどどさくさにまぎれてひとつきしていればよかったかもしれない。
「着替えとりにきたんだ。用意したらすぐ帰るよ」
「りょーかい、あと生活費おろしてきて、そろそろ足りなくなりそう」
「わかった。ひとまず手持ちをいくらかおいておく」
事務的な会話を終えると、父は幸佑に向き直る。
「ところで、庭にとめてあった自転車は幸佑くんの?」
「いえ、借り物です。剣道部の一年生の……」
「青柳さん。かな」
幸佑が首肯すると、父は仕事の顔になった。
「団、証拠物件としてしばらく借りる。青柳さんにそう伝えてくれ。必要なら一筆かき、連絡もいれる」
「ちょっとまてよ、なんでいきなり」
抗議は通らないことが明らかだった。だから団は、一筆と連絡を頼み、父親に渡す荷物をわざと乱雑に詰め。栄養バランスの片寄った差し入れでもって送り出すことにした。