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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第五章 被害者は手の届く距離
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5-4(旧、にがい現実と甘い幻想

 藤和高校では携帯電話の持ち込みは原則として禁止だ。持ち込みがばれたら重い校則違反扱いとなり、反省文を4枚書かされる羽目になる。しかし、部活動の役職持ちは、それぞれの顧問から暗黙の了解として持込を認められることが多かった。

団は誰かに見られるのもためらわずに、携帯電話を片手に幸祐にコールを続けた。しかし、何度かけてもつながらない。

照明のついていない廊下にディスプレイのみ青白く光っている。1分1秒が惜しくなる。

もう一度だけ、電話をかける。相変わらず画面はCALLING。変わらない画面に構わずに暗くなった特別棟の階段をのぼっていくと、誰かが立ち尽くしているのが見えた。

屋上前のスペースは、ぼろぼろになったカーテンと、ぐちゃぐちゃになったカンバス、引き倒された彫像が雑多に散らばっていた。学祭前の教室をのぞいて、恐らく校内で一番荒れている場所だろうと予想できた。

そんな場所に頓着しない、立っている人物は、シルエットからはすらりとした人物だと分かる。

その人物が持つ携帯には、着信中の画面が白く光っている。

本来の持ち主よりも、立っている人物は背が高い。

「…鮮……美?」

呼びかけに、鮮美はゆっくりと顔を向けた。のっぺりとした顔に、いくつも用意していた質問をぶつけることができなかった。

「小原、目を、覚まさない」

鮮美が指差す先には、仰向けに倒れている人型のものがみえる。

制服が乱れ、ぴくりとも動こうとしない物体は、姫島幸祐だった。

「幸祐!?」

団は幸祐のもとに駆け寄り、頬をぺちぺちとたたく。やや冷たい。

首筋の脈を震えながら測る。

弱弱しいながらも、生きてはいた。

「幸祐!」

祈りが届いたのか、眉間にしわを寄せながら、意識を失っていた幸祐は目を覚ました。

「よかった…」

団がほっとしたのもつかの間、幸祐は団を突き飛ばした。

あまりの力に団は受身を取れず、しりもちをつく。

「なんだよ、」

不平を述べようとして、団はやめた。幸祐の目には驚きが浮かんでいる。さきほど幸祐を起こそうとして近づきすぎて、顔が近いことにびっくりしたからだろうか、とも思った。

しかしそれは間違いだった。

奴の目は驚きではなくて、恐怖、だった。

その証拠に、幸祐は目の前で過呼吸をおこしている。

「おい、しっかりしろ!」

団はボストンバックを乱暴に置き、幸祐のそばについた。

息がどんどんはやくなり、うまく呼吸ができずにむせている。

「……小原、そのまま姫島くんの背中さすってあげて」

幸祐の過呼吸が荒くなる。団は耳だけ傾けて、鮮美の言葉を待った。

「息を吸ったらその2倍の時間吐くようにして。一緒にやって。続けてたらおさまる」

団は無言で実践し、幸祐の呼吸はぜいぜいといいながらも平常どおりに戻すことができた。

「……姫島君、悪夢でも見てたのかな」

幸祐の肩がびくりと震える。がたがたと震えだしたので、団は幸祐の背中をぽんぽんとたたいてやった。

大丈夫、鮮美は、脅威ではない。

幸佑と、自信に言い聞かせるように、鮮美に教わった呼吸法を行った。幸佑も団に続く。

「そうだ小原、荷物ありがとうね」

鮮美は自身のボストンバックを引き寄せると、ペットボトルらしきものを鞄に放り込み、そのまま階段を降りようとした。

「………忘れてた」

鮮美はくるりと振り返ると、しゃがみこんで、衰弱している幸祐の手に携帯電話を握らせた。

「勝手に借りちゃった。ごめんね、ありがとう」

幸祐の手からは、携帯電話が滑り落ちる。

鮮美の腕は両腕とも、布の包帯でぐるぐる巻きにされていた。固定されているわけではなく、腕をぎりりと固く巻くことで、止血しているような。しかし布地の色が変わっていないので定かではない。

何重にも巻かれているため腕だけ太くなり、アンバランスさが表にでて主張している。

「おいしいもの食べて、お風呂入って、ゆっくり寝て、いい夢みたら嫌なことも忘れるよ」

鮮美はすっくと立ち上がった。

「小原、姫島くんと一緒に帰ってあげなね。あと、しばらく部活には顔出さないし、一人で帰るから」

返事を待たずに階段を、降りる音が1人分。早くも遅くもなく、未練を感じさせないリズムだ。

すっかりと足音が遠ざかり、気配がなくなってからはじめて、幸祐の口から音が漏れた。

「はは、はははは」

乾いた唇から、搾り出すように笑い出している。

小さな音はやがてだんだんと大きくなる。

「ふふ、ふふふ……」

唇は笑いながら、目許は濡れていた。

「小原、無理だ」

携帯電話をぎゅっと握り締め、幸祐は膝をかかえる。

「僕には、鮮美さんを信じることは無理だ……」

友人の首筋には、赤い傷があった。シャツの襟にも血はついていて、少なくとも友人が、さきほどまでこの場にいた人物から何かをされたことに、団は否定したくてもできない状況になったことに思い知らされた。



 

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