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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第五章 被害者は手の届く距離
32/81

5ー3(旧、空気なんていくらでも壊せる

サブタイトルの意味のとりかたはひとそれぞれ

姫島幸祐は鮮美の爪から逃れようとして、バランスを崩した。しかし後方に床はない。階段に備え付けられている滑り止めのゴムも虚しく踏み外し、背後から階段に落ちていく。

……勝手に痛んだのではたまらない。目の前で傷つけるんじゃない。

鮮美は落ちていく男子生徒の腕をつかんで瞬時に引き寄せ、埃っぽい床に押し倒した。

呆気にとられている少年に馬乗りになり、左手で肩を、右手で腕をおさえる。筋肉質な男よりはしなやかで、ややかたい質感の腕。平均的な男子高校生のよりは小柄な肩。

幸福すぎて、頭がいたい。神経が焼ききれてとろけそうだ。

「あざ、みさ」

ネクタイを乱暴に引き抜き、ボタンを荒っぽく外して組みしいた相手の鎖骨をあらわにする。

この状況から逃れようとしているが無駄なことだ。さきほど階段から落ちる状況から助けた際に、鮮美は強く右腕をひっぱった。おそらく関節は外れており、自由になるほうの腕は思うようにあがらない。

頭がいたい。飲料は十分にとったが、喉がからからに渇いている。声を思うように出せなくなるくらい。

「離して……ん!」

鮮美は左肩を押さえつけるのをやめ、空いた手で獲物の口をふさいだ。

何者にも汚されていない首筋がまぶしく光る。

こんなにも待ち望んで、恋い焦がれて、誰にも邪魔させてなるものか。

息が苦しいのか、少年の顔が赤くなっている。抵抗する様がまた、愛くるしく、扇情的で、どんどん追い詰めて服従させたくなる。

赤い絵画に囲まれて、血を模した紙片が散らばる場所で。

「ねえ、赤い色は好き?」

少年に向かって少女は問うた。

「………あ………………」

思うように声が出せない姫島の返答を、鮮美は待たなかった。

「私はね、好きよ、赤色」

姫島の知る女子高生は、平時であればどんな人間でも陥落できそうな極上の笑顔を浮かべていた。

美しい蹂躙者は、少年の首筋に手を伸ばす。

それが、姫島の覚えている最後の記憶だった。



「小原先輩!」

部活終了後。鮮美待ち、幸祐の連絡待ち、かつ更衣室の鍵待ちで、一人竹刀を振るっていた時だった。一年生女子の青柳が、鍵と荷物を持って道場に飛び込んでくる。

「ど、どうした、青柳!?」

思い詰めたような顔にテンションをあわせてしまう。が、年上である自分までパニックになったら先輩としてはいただけない。

ひとまず全力疾走した青柳の息が整うのを待つほうが賢明だ。青柳にとっても、自分にとっても。

「あ、あの、今日、鮮美先輩が途中抜けしたの、私たちの態度が原因かなって、思って、小原先輩にお話したくて」

無関係ではないだろう。だが、青柳一人を責めるのは筋が違う。

平静を装い、団は先を促した。

「学校近くの公園で他校の人が殺された日、私は自転車を盗まれました。でも、自転車は30分ほどしたら戻ってきました。その件で刑事さんたちが、私の家に来たんです。もしかしたら犯行に使われたんじゃないかって。ちょうどテスト勉強を部活のみんなと一緒にしていたときでした。……」

彼女は辛そうにしている。なにか、迷っているようだ。

「言いたいことは、全部吐き出しちゃえよ、どうせここには俺しかいないし」

なんでもないふうに背中を押した言葉が引き金になったのか。青柳はくしゃりと顔を歪ませた。

「なにか、心当たりはないかって聞かれて、私はないって答えました。君が使っている自転車のタイプを知っている人は、と聞かれて、部員が知っていると思うと言いました。カギ、前のタイヤに差し込むタイプのをひとつ、後ろにもナンバーを打ち込むタイプのをつけてます。そしたら、数字を誰か他の人は知らないか、聞かれて、家族以外だったら、鮮美先輩が知ってるって、言って……………」

青柳はその場に崩れ落ちた。

推察すると、青柳が盗まれた自転車が、学校から犯行現場までの移動に使用され、また戻されたというように団の父が仮定していることになる。もしそうであれば、鮮美は十分容疑者たりえる。

「その日はテストだったのに遅刻しそうで、前のカギはかけるのを忘れていたんです、後ろのかぎは、覚えてなくて、かけたかもしれないし、かけなかったかもしれない、でも。一緒にいた、部活仲間は、私と刑事さんの、やり取りを聞いていて、カギの番号も知ってるなら、犯人は鮮美さんの可能性もあるよなって、」

その光景は、十分すぎるくらい想像できた。

「鮮美先輩が、そんなことするわけないのに、うまく立ち回れなくて、ごめんなさ…………」

団は竹刀を置いて青柳の横に座り、肩をさすってやった。

びくりと青柳の肩が離れるが、ティッシュを差し出すとおずおずと受け取った。

「ありがとな、青柳。おまえにそういう風に言われて、鮮美も嬉しいと思う」

鼻をすする音が聞こえた。団はつとめて明るく振る舞う。

「にしても、なんで鮮美のやつ、青柳のカギの番号なんか知ってんだよー」

「それは……」

ティッシュで目元を押さえながら、青柳は口を動かす。

「私、剣道がへたくそで、鮮美先輩につきっきりで教わったことがあって、何回か二人で帰ったんです。そのとき私のカギを見ていて、その番号なんだ。って言ってました」

「へえ、ゾロ目とか?」

「いえ、買ったときから決められてる4桁なんですけど、誕生日らしくて」

それは鮮美の誕生日だろうか。だとしたら不思議なこともあるものだ。

「1124?」

11月24日、鮮美の誕生日。そうなんですよ、という反応を期待していた。

「ちがいますよー、1108です」

少し濡れた目を和ませ、青柳は否定した。

想定外で、どう茶化していいかわからなかった。

「小原先輩の誕生日だったんですね」

黙りこんでいると、ポケットが震えた。マナーモードにしていた携帯だ。

差出人は幸祐。

ボタンを押すのももどかしく、メールを開いた。

アザミさん、特別棟、屋上へ続く階段

それだけ簡潔に書かれていた。

「悪い青柳、用事ができた」

団は隅に置いていた自身の鞄をリュック状に背負い、鮮美のボストンバックを肩にかけた。

「道場のカギだけしめて、俺の靴箱に入れといてくれ、5組の出席番号3番! 」

一刻も早く、行かなければばならない。

「小原先輩……!」

座り込んでいる青柳が、呼びかける声が追ってくる。

「話してくれて、ありがとう。今日は早く練習終わったけど、気を付けて帰れよ!」

振り返って慌ただしく礼と注意をすると、団は道場を飛び出した。

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