5ー2(旧、疑惑と疑念と可能性 ( )イコール確証
美しいものだけに囲まれて生きていくことができたら、どんなにか素晴らしいだろう。
「……お前がそれを言うか」
鮮美の目の前では、2つくくりのあどけない少女がにっこりと微笑んでいる。セーラー服からのびている足や、成長途上の体格から察するに年はまだ中学生ほどだ。若々しさに溢れ、キレイなままのなにかが残っている美しい存在そのものである。
元々の容姿もかわいらしく整っているため、あと数年の成長で人目をひく存在になると容易に想像できた。
「んー、アザミのほうがすっごくきれいだもん!」
やれやれといった素振りを見せることなく、鮮美はペットボトルの紅茶飲料を口にした。
「ちょっとお、否定しないわけー?」
この手の返しは面倒くさいから、聞こえていないふりをしていただけだ。
その言葉で鮮美は、相手をにらみつける。
「別に、気を使わなくていい。おだてられても私の答えに変わりはない」
「あら、本当のことなのに」
セーラー服の少女は、ますます笑みを深くした。
「いつまでも、キレイなままでいたくないの?」
「別に。損した覚えのほうが多いから、人並みに老けたいな」
少女はうげ、というように顔をしかめ、それはないわ、と呟いた。
「傲慢ー。さすがモトが違う人の考えは独特ね」
またしても鮮美は、紅茶を飲んでやり過ごした。
余裕を見せる女子高生に、少女は人知れず唇をつりあげる。
「でも、いつまでもこの生活が続くと思ったら大間違いよ、アザミ」
少女は制服のポケットから折り紙をとりだし、鮮美に向かってまいた。
細かく千切られたそれは、ひらひらと舞い、床に落ちる。
朱色、赤色、深い赤。床に落ちて、その様は花びらのようだ。
本物には似つかない。けれどまるっきり違ってもいない、血の造花。
「っ……………!」
目に飛び込んできた光景に鮮美は喉を押さえつけ、床に倒れこむ。
「ふふ、禁断症状出ているくせに」
その声はどこか遠くから聞こえている。
「戻ってくるまでせいぜい意識は落とさないでいてね」
鮮美を置いて、少女は階下へ向かった。
彼女をとめなければならない。なのに体が動かない。
「っは……」
肘をついて立ち上がると、制服の袖にほこりがびっしりとついていた。
ここは屋上の扉前。誰も来ない。掃除もしない。
放棄された美術用品と用務品が雑多に散らばるだけの空間だ。
「あいつ…・・・」
鮮美が動悸をおさえて歩き出すと、誰かが音を立てずに軽やかにのぼってきた。
見覚えのあるセーラー服。
「レナ……」
「仲良くなった覚えはないわ。ちゃんとフルネームでいいなさいよ、アザミミク」
戻ってきた少女、レナは、古くなったイーゼルにかけられた布をとりさった。
カンバスが真っ赤に塗りたくられたものがあらわになる。
「うっ」
思わず視線を逸らし、座り込む。うまくちからが入らない。
「あなた赤色すきでしょう?」
ひとつだけでなく、いくつもの赤い絵画のコピーを、レナはそこかしこから取り出してきた。
鮮美の脳裏には、匂いとともに鮮血が思い出されている。
「でも、こんなまがい物の赤よりも、もっといいものがあるわよ?」
なにかがこちらにむかってきている。音が聞こえる。
「ねえアザミ、楽しみにしてるわ」
レナはほこりっぽい転落防止用の柵を軽々と飛び越え、新たにやってきた人物と入れ替わりになるかのように退場した。
「鮮美さん……!」
ちらりと目をやると、やってきたのは、小原の親友。
「あざみ、さん?」
息があがっている10代の男子。日焼けのあまりしていない白い肌。
私はそれを、染めてみたい。
鮮美は姫島幸祐との距離を一瞬でつめ、首筋に手を伸ばした。