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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第五章 被害者は手の届く距離
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5ー1(旧、そんな常識まとめて捨てろ

テスト期間が終わる、ということは、通常の時間割りに戻るということだ。10分休みはコマ数に比例して増えるし、昼休みだって復活する。

学校を楽しめない人間からしたら、拷問の時間ではないだろうか。

「幸佑!」

がらがらとやや騒々しい音を立てて、引き戸のドアが開けられた。開けたのは胴着姿の団だ。

「どうしたの?」

正午をまわったころの生物準備室、すっぱいにおいのするなかで、姫島幸祐は弁当を食べていた。

そのほかには室内に人はいない。鼻をつまみながら、こんなところでよく食べると団は思いつつ、当初の目的を忘れない。

「鮮美は……」

「来てないよ。一緒だと思ってた」

至極緊迫感のない返事をしつつも、酢で貝殻を溶かす実験の経過観察を中断して、幸祐はこちらを向いてくれた。

「いつも昼、一緒だよね?」

「いつも通り誘ったけど、逃げられた」

「え?」

今日はテスト最終日。部活動も解禁だ。剣道部も他と同じように練習を再開する。しかし、鮮美の姿がなかった。

「鮮美さん、部活動しばらく謹慎じゃなかったっけ。先に帰ったんじゃない?」

「そうだけど、一人で行動させて危ない目にあうのも、また事件が起きてアリバイが立証できなくて変な噂たてられるのも嫌だろ。だから、主将特権で見稽古にしといたんだ。終わったら一緒に帰れるし」

稽古に参加しなければギリギリセーフ。団はそのように読み替えた。いざとなければ自分が責任を負うからと言い、胴着にも着替えず、冷たい剣道場で正座して見稽古をしてくれと伝えていた。しかし、昼に自動販売機でジュースを買ってくると言い残して、戻ってこない。

「部内でも、鮮美が居心地悪そうだから、こっちきてないかと思って」

自分じゃなければ、つかの間の居場所として頼るのは幸祐だと思った。これまでに3人で昼休みを何度も過ごしている。当初こそ幸祐も彼女を特別視したものの、今ではちょっと才能が突出しすぎた女の子、という評価で接している。それに対し鮮美もまんざらではないためだ。

ーー連続高校生殺人事件、二人目の被害者が鮮美の熱心なファンだったことも痛かった。

ストーカー紛いのことをしたこともあるやつだ。鮮美が報復のためにやったのではないかという噂が、昨日のうちには回っていた。

剣道部の部員でさえ、どことなく鮮美と距離をおいている。

「見稽古にしたの、ミスったね」

幸祐の指摘に、団はうなだれるしかない。鮮美はそのような素振りを見せないし、またどう思っているのかはわからない。並みの人間なら針のむしろと感じるだろう。

「また、一人でふらふらして、変な噂たてられたらと思うと、早く探さないと」

「落ち着いて、小原」

やや大きめの声が団を制した。

「はい、しんこきゅー」

大真面目に行う小柄な友人をみて、思わず団も真似をしてしまう。

「小原は、剣道部の主将だよね?」

「お、おお、なにをいまさら」

「だったら、少なくとも部活中は剣道部のことを優先しないとだめだ」

いつも団の味方でいた幸祐は、厳しい瞳をしていた。

「小原が鮮美さんを大事に思ってるのはわかる。だけど、小原が鮮美さん以外のこと放り出してたら、小原は浮くよ?鮮美さんの誤解がとけて、また元通りになろうとしても、二人とも浮いたら復帰が難しくなるじゃん」

黙りこんでいると、さらに幸祐は畳み掛ける。

「仲良くなりすぎてるように見られると、下手すると、小原の証言だって信頼されなくなるかもしれない。警察が信用したって、僕らみたいな高校生が信じるかはわからないよ?いくら藤和生にいい人が多いっていってもね」

幸祐は、鮮美を心配する気持ちを、表に出すなといっている。ちゃんと周りを見ろと言っている。

正論で、学校という場で立ち回るには真っ当な意見だった。

自分の見る目が変わるだけでなく、鮮美にも影響が出てしまう。

それは、嫌だった。

「 ……幸祐に立ち回りかた心配されるとは思わなかった」

「僕だって小原に言うとは思わなかった」

団たちは思わず二人笑う。

しかし、次の瞬間には、団は真剣な表情になった。

「幸佑、鮮美の出席番号は、21だ。悪いけど」

「おっけー。靴箱見つつ、校内探すよ」

「頼む。鞄はおいてってるから校内だと思うけど」

「うん、また連絡する」

「おう」

団はくるりとまわり、廊下へと出た。

「小原」

幸祐の声は、やや遠慮がちだった。

「………ごめん、なんでもない」

「なんだそれ」

「部活がんばって!」

団は手を振って答え、剣道場へと戻る足を早めた。



幸祐は、安全のため部屋を施錠して、学内をぶらぶらと見ていた。

文化部部員であり、生徒や教職員からは「内気で害はないけど、ちょっと変わってる」という認識をされていることもあって、ふらふら歩いているところを見咎められることはない。

靴箱を確認しても、尋ね人のローファーは残ったままだった。自動販売機前、図書室、保健室、そして架空の用件をつくって職員室まで赴き、進路指導室が空振りに終わったところで、幸祐は息をはいた。

一旦部室に戻ろう。もしかしたら、今訪ねて来ているのかもしれない。

そう決意して、部室へと続く廊下のかどを曲がったときだった。

構造上長い廊下の先で、誰かがかどを曲がり、姿を消そうとしていた。

「……鮮美さん?」

なにか予感めいたものを感じて、その人物を追った。だが、かどを曲がっても誰もいない。

気配を感じて階段を見やり、4階へと続く道をのぼった。

しかし、ここにもいない。廊下を見渡しても誰もいない。センサー式のトイレは男女とも照明をつけていない。

もし、誰かが人目を避けるとすれば。

幸祐は、屋上へと続く階段をみやった。

おそらく美術部の、使われなくなった画材が踊り場に置かれている。

しかし、のぼることはできそうだ。

スリッパで駆け上がると、埃っぽい空気を思い切り吸い込んだ。

安全のため屋上へは出られないが、封鎖されている扉前までは向かうことができるようだ。

「鮮美さん……!」

座り込んでいる人影を見た。

それと同じくらいの瞬間には、目の前に赤いものをみた。


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