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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第一章 事件前
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1-2

「朝練やめ―!部員はすみやかに更衣!そして今日の放課後は部内トーナメント方式で試合するから遅れないこと。以上、解散!」

 主将の指示を受けた後、部員は礼をしてばたばたと更衣室にかけていく。道着を着たらあとが大変だから、いろいろと。部員が遠ざかったのを感じてから、団は鮮美に声をかけた。

「鮮美、お前今日ここで着替えてくか?」

 剣道部や柔道部・空手部などの道場系の部室がある部は、極端な話わざわざ部室棟までいく必要がない。着替えも荷物置き場もあるのだから。正規の更衣室である部室はグラウンドのはずれと遠く、冬は行くまでが寒いし雨のときは濡れる。だが公平性を保つため、どの運動部も例外なく部室で着替えることが規則になっていた。ばれたら部長および副部長が云々かんぬん。朝練は一番早く来ているので必然的に無視している。馬鹿正直に使っていて万が一鮮美の更衣中に誰かが入ってくるのもネックだ。

 だが練習を終わる時間がいつもより遅くなってしまったので、鮮美が更衣室に行き一人で着替えられる時間まで待っていると間違いなく一時間目に遅刻してしまう。

「…いや、やめとく。後輩が鍵かけずに待っててくれてるだろうし、道場の鍵返す小原もぎりぎりになるから」

 変なところで硬い鮮美は、そう断った。

「…分かった。じゃあ俺先に行ってるからな。あと五分くらいしたら来いよ」

 鮮美は軽くうなずいて、はやく出るように促した。団が道場を出ると、廊下で一年の女子部員がちょこんと待っている。目が合うと、手持ち無沙汰だった様子が一変した。

「小原キャプテン、更衣室のカギです!」

そういって、彼女は男子用と女子用を律儀に二本持ってきて渡してくれた。礼が形になったような健気な後輩、青柳だ。誰よりも礼儀正しくサポートを進んで行う。剣道の腕はいまひとつ。それを引け目に感じている節がある。まあそれをいいことに彼女をパシらせている輩には部長直々に雑用を命じているから、部内で変な力関係はできていないけど。たまには他のやつが鍵返しにこいよ。

青柳に礼を言っているとき、団はなにかの気配を感じた。

「……ゴシップ記者が何のようだ?」

言われたほうは素直に出てきたが、悪びれた様子はない。一年男子が三人…報道同好会の連中だ。報道といっても誰と誰が付き合ったとか、先生同士の内輪ネタとかスキャンダラスなニュースを手書きで書き印刷、自費で発行しているような活動だ。内容が内容だけに正式には部として認められていないが、有料で人間関係縮図、さらにひどいいじめや予兆があると速報を出し早めに鎮火させたりもするので、学校側も目をつむっているらしい。

「…写真撮影はお断りだぞ」

 団は先手を打った。学校側は把握していないが、部長の許可さえ取れば部員を自由に撮影していいという協定が同好会との間で結ばれている。鮮美に限らず、想い人の写真を持ちたいと思うのが高校生……らしい。それに答えるのが報道同好会もう一つの仕事というわけだ。

鮮美の写真は需要がある。学校指定の写真屋が行事を撮り、誰でも注文できるものは鮮美目当ての生徒たちが血眼になって探しているが、彼女はカメラを感じると逃げるので写っているのがほとんどない。同好会のレートでも鮮美の写真だけ桁が違った。連中はいつものことなので顔色を変えず、それどころか目をきらきらさせて聞いてきた。

「ずばり、質問です。…できてるんですか?」

 誰と、とは言わなかった。聞かなくても分かった。

「…そんなわけないだろ」

 苦々しく団が返事をすると、連中はですよねえーと笑う。

「だって鮮美さんきれいだけど、男同士…ねえ?」

 思考停止。――今なんてった?

「…あいつ女だぞ」

言っていいのか分からなかったが、とりあえず訂正しておいた。団はそのあと三人分の叫びに耳をふさぐはめになった。

 ――中性的な顔立ちで、背も高い。ぱっと見どちらかわからないが、鮮美(あざみ)深紅(みく)は紛れもなく女子だ。「かわいい」は似合わない。「美人」「美少女」も不適当。確かにきれいで、性格もよく才色兼備。「美人」の条件は満たしているが、性別さえ超越するような不吉な美貌。そのせいで男子の積極的なアプローチはない。強引な手段を使う輩には彼女自身が返り討ちを行っている。年齢問わず女子にもファンは多く、先生受けもいい。

「ちょ、つきあってないほうがおかしいでしょう!?だって同じクラス、部活で行き帰り同じって、間違いなくできてるじゃないですか!!」

 世間一般じゃそうかもしれないけど、俺たちはなにもないんだよ。ゴシップ記者に突っ込まれてそう返したかったが、信じてくれなさそうなのでとりあえず黙ってみる。すると本当に尊敬する、というような眼差しで見られた。気のせいか憐憫も混ざっていたような気がする。

「…今までよく生きてこれましたね」

「殺される理由ないからな」

 いや、でも異常に多い鮮美ファン。今はなんとかなっているが、もし仮につきあいでもしたらどうなるんだろう。

 …笑顔で『滅べ』とか言われるのか?それとも……。ああ、考えたくない。

「でも好きなんでしょう?」

 睨んでも相手は態度を変えなかった。それどころか確信を得たとでもいう風ににんまりと笑う。

「ご心配なく!書きませんから。」

 当たり前だ。憶測でもの書くな。そう言おうとしたときスピーカーから聞き慣れた音が漏れる。一年連中は、予鈴が鳴った、やばいとかで走り去った。

…今更ながら、自分が着替えていないことに気付いた。

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