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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第四章 第二の事件
29/81

4ー8(旧/見込みのない挑戦は無謀、見込みがあるのは予定調和

「セーラー服って魔力があると思わない?」

テスト期間中なのに時間がとられただの、今日の夕飯のメニューだの、とりとめのない話をしているときだった。

鮮美は話題をぶったぎって、そうぽつりと、つぶやいた。

「……おまえ、セーラー服フェチだったっけ?」

野郎同士、あるいは男女問わずオタクの話題としてなら出なくもない。けれど鮮美はどちらでもない。

ひとまずボケとして、真意を伺うことにする。

「いや、違うよ?ただ単純に、セーラー服に機関銃とかヨーヨーとか、日本刀とかなんでもあうなーと思ったから」

なんらかの嗜好の話ではなく、雑談の範囲内か。

団はそれぞれの作品を思い描いてみる。確かに、セーラー服姿の女の子が戦う作品は、そこそこあるような気がする。

しかし、流れをぶったぎったのは気にかかる。

「どしたのきゅうに」

「いや、保健室から教室に向かう途中にさ、セーラー服の女の子見たんだよね」

「どこで?」

「校内で」

「……」

鮮美に反論したい理由は二つある。ひとつは、市内の中高生が進路を決める一環として行われているオープンスクールの時期ではないこと。二つ目は、市内の中学校にセーラー服を採用しているところがないことだ。

一番近くて二つ隣の市が、全公立中学校にセーラー服を導入している。

「階段をあがっていったら、いつのまにすれ違ったのか、軽く体があたって、ふりむいたら、セーラー服の女の子がかけてった。保健室に入る前はカッター持ってたから、ぶつかったときスられたのかもしれない」

団はなにも言えず、鮮美のほうすらみなかった。

これが本当のことなのか、口からでまかせなのか、まったくもってわからない。

「でもスラックスのポケットが切られたわけじゃないから、直接ポケットから抜き取ったことになるんだよね。いくら俺でもそんな真似されたらわかるよ」

カッターの盗難疑惑はともかくとして、鮮美の言うことには一理ある。スリの手口として、ポケットを切り裂いて中のものを取る手口はよくあるらしい。しかし、今回は切り裂いてないというし、軽く体が当たってから初めて存在に気づくという時点で、危機察知能力が高い鮮美よりも腕がたつとみていい。

もちろん、鮮美が本調子でなかったということもあるだろうが。

「って、おまえなんでさっきそれ言わなかったの」

「言いたくないことは黙っててもいいんだろ?」

その切り返しに、悪びれている様子はない。

こいつは、自分の立場をわかっているのだろうか。

「おま、自分が疑われてることわかってそれかよ!?」

帰り道、誰も遊んでいない公園の前。立ち止まって、思わず叫んだ。道を走る車。やや近くにあるマンション。これくらいの怒鳴り声なら、近所迷惑にはならないはず。

わからない。引っ掻き回しているのではないと思いたい。それでも最近の鮮美は、わけがわからなさすぎる。

鮮美は数歩進んで、俺がいないことを感知して足を止めた。

「じゃあ、聞くけどさ」

振り返った鮮美は、きれいだった。

つくりものの、おちゃらけた、先ほどまでの雰囲気は消えていた。

「小原は信じるの?」

一段高く、何かを知っていそうで、けして教えてくれない。孤高であろうとする鮮美がそこにいた。

車が猛スピードでそばを走り抜ける。目の前の女の子は、目を逸らしてくれない。

「俺は……」




鮮美が家に帰ると、室内の物品が微妙に動いていた。買い置きの食パンが消えているし、出した覚えのないコップが一つ置きっぱなしになっている。

「遅かったね」

言葉と同時に、背後からペーパーナイフを突きつけられた。

「おまえを家に招いたつもりはないけれど」

「つれないなー」

声の主は、面白くなさそうに鮮美から離れていった。

鮮美は反応せず、少女からは目を離さないようにしながら新しいコップにお茶をついだ。

「それにしてもさーアザミ」

セーラー服の少女は、くるくるとペーパーナイフをまわす。

「あいつ、いい男だね」

名前を言われなくてもわかる。しかし、わずかに眉を動かすにとどめ、あくまでも笑顔を浮かべる少女に、なにも与えてやるものかと決意を新たにする。

「盗み聞きとは感心しないな」

「聞こえるものは仕方ないし、あなたみたいに人を騙してるよりかはましでしょ」

これ以上は何を言っても、非生産的だ。

鮮美は徹底的に、もう一人を無視することに決めた。




「ーー小原は、俺の証言が本当で、実際にあったことで、俺が事件に関与していないって信じるの?」

「信じるよ」

重ねられた鮮美の問いに、団は迷いなく言い切った。予想外だったであろう証言を飲み込んで、信じるといった。

「正直、まだ話してないことあるだろって思う。なんか隠してるだろうとも思う。けど、俺は鮮美が事件を起こすわけないって思ってるし、嘘の証言もしないと思う」

開いていた二人の距離を、団は少しずつ詰めていく。

「あんまり頼りにならないかもしれない。言いたくないのかもしれない。けど、俺は聞くことならできるから。それで楽になれるなら、」

鮮美の隣に並ぼうとして、左手が突きだされた。手のひらはパーで、なにも持っていない。ただまっすぐ、団にむかってのびている。

「……いらない」

そう告げた鮮美の顔は、アスファルトのはがれかれた歩道にむけて伏せられていた。


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