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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第四章 第二の事件
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4ー6(旧:自分が知らないのに、過去って存在している

この場にいる大人たちは、話を聞くプロであっても、カウンセラーではない。だから、事情聴取に影響があっても不自然ではなかった。

「言いにくいことを話してくれてありがとう」

口火をきったのは、文月だった。多分母は、この状況でもっとも無難で、効果的で、誰に対しても不幸な気持ちを抱かせないような言葉を瞬時に選んだのだと思う。

「団、わかってるとは思うけど」

「誰にも言うわけないだろ」

間髪入れずに誓約すると、鮮美のまとう空気が少しだけやわらくなったような気がした。

「……差し支えなければ、クラスメイトの男の子とどんな話をしたのか、聞かせてもらえない?」

そう聞きつつ文月はにっこり笑うと、鮮美のブラウスをもとに戻した。露にされていた傷は隠され、いつもどおり露出の少ない鮮美が完成する。テーブルの上に置かれていた腕は、恐る恐る持ち主の膝へと場所をうつす。彼女が袖口のボタンを留め終わるまで、店内の喧騒がレコーダーに入っていった。

「掃除が終わって、二人で話しました。……彼は、怖いものでもみたみたいで、信じられないみたいで、私は、傷をみられたことに対して、ショックというより、怒りを感じました」

「怒りを感じた、というのは……?」

怒らない人で有名な鮮美がなにを思ったのかは、団にとっても純粋に疑問だった。

「勝手に幻想を抱いて、勝手に幻滅して、私がイメージ通りでないことに驚いているというか、引いてるのが、なんでこんな風に思われなきゃいけないの、って。それで私は、終始不機嫌でした」

自分で言ったら自意識過剰になるかもしれない、とでも考えて、鮮美は発言をセーブしたかもしれない。だから団はわずかな間を逃すような真似はしなかった。

「補足すると、鮮美が学校でイメージされてるのは、完璧超人。なんでもできる優等生タイプにみせかけて、ガリ勉でも暗くもなく、誰にでも公平に接する、非の打ち所がないっていうやつ。俺は鮮美といる時間が長いけど、悩み事は聞いたことがないし、さっきのも、はじめて聞いた。それに、鮮美は今まで怒ったり不機嫌なところをみせたことがないから、みんな余計に怖がってた、かもしれない」

最後の部分は、鮮美に心を重くさせないため付け加えた。

「参考程度に記録しておこう。……それで、不機嫌だった君とクラスメイトは、どんな話を?」

父親でさえ、あるいは父親だからか。冷たくされたのか、精一杯の愛情のつもりなのか、団にはわからなかった。

刑事の問いに、鮮美は重い口を開く。

「……何をみたか覚えてる?って聞いて、一応、って答えられました。だから私は、忘れろ、誰にもいうな、と、竹刀をだして、喉元に突きつけて、睨み付けて、言いました。東村くんは、わかった、といって、私は竹刀をおろしました。」

ふう、と長くて重い息が彼女の口から漏れる。冷めかけの紅茶を一口口に含み、鮮美はうつむきながら続けた。

「忘れてくれて嬉しい、ありがとう。いつものように、私は振る舞って、そう言いました。そしたら、ヤンデレ、って言われた気がします。確かに俺は忘れたけど、誰かに聞かれたら思い出して、俺は言うからって、言われました。私がなにも言えないでいると、彼は出ていきました。東村くんはクラスでも明るいグループで、メールやネットで友達同士でやりとりをよくしていて、じゃあもう私の隠していたことなんて、広まってしまうんじゃないかと、私は誰とでも話すけれど、特定のだれかとは距離を詰めすぎないようにしていて、そしたら、私は明日から避けられてしまうのかなと」

鮮美は特定のグループに属していなかった。ほとんどの同級生にすら、あらゆる超越性から一目おかれ、憧れの人で人気はあるけれど、たやすく近づけない。そんなふうな共通認識をみんなが持っていた。授業や行事での共同作業は組みたがる人は絶えなかったから、群れる必要はなかったことも、きっと関係している。

まわりは鮮美に近づきすぎようとはしなかったし、鮮美も自分から近づこうとはしなかった。なんでもそつなくこなし、かつみんなに平等だから、翻って鮮美がつまづいたとき、庇ってくれるようなだれかを、団は思い描くことができなかった。

憧れの的に傷がついたとき、きっと人は離れていくだろう。ちやほやされたかったわけではないと思う。彼女なりに最適な距離を今まで保っていたから。そういう意味で、きっと鮮美は環境が崩れるのを恐れた。

「前の学校で自傷してた人がカミングアウトしてみんなから避けられていたみたいに、私もそうなるのかなと、教室で考えていたら」

一旦言葉をきり、彼女は隣の団をみる。今までみせたことがない、力ない笑みだった。

「小原くんが、教室にきました。いつのまにか暗くなっていて、下校時間を過ぎていました」

そのあと二人で一緒に帰って、家に帰っても一人で、気分転換に散歩をしたくなって、あとはこんなことに。

鮮美の独白を聞きながら、ややうぬぼれたことを考える。

なんらかの力に、自分はなれたのだろうか。そばにいることを許されているのだろうか。現に自分は隠したかったことであろう弱味にもなしくずし的に踏み込んでいる。

鮮美が人から避けられても、自分は味方でありたい。

さきほどの弱さを見せられて、そう思わずにはいられなかった。


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