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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第四章 第二の事件
26/81

4-5 (旧:真っ白い部屋で、光を浴びた。)

2015.8.8執筆

「――鮮美深紅さん、あなたは藤和市高校生連続殺人事件で最も疑いをもたれている人物の一人として警察からマークされています。そのことについてどのように感じていますか。また言いたいことはありますか」

「疑われることに驚いていますし、私は犯人ではありません」

 仕事モードとなった母親に、臆することなく鮮美は返答する。事情聴取というべきかどうか、ともかく鮮美との対話役を、なぜか母親が勤めていることに父が口をはさまないので、もしかしたら電話やメールで打ち合わせたのかもしれない。団はそう考えながら、鮮美の隣で様子をうかがった。

「鮮美さんは自分が疑われることに驚いているといっているけれど、警察の側からなにか言いたいことはあるかしら」

父はつとめて穏やかに、鮮美のほうを見据えた。

「学校で事情を聞いたことと重複するが、疑っている理由の一つ目が、君が第一発見者であることだ」

目で促された岩砂は、藤和市の地図をテーブルに広げ始める。事件が起きた場所に、赤く点が書き込まれていた。

「君の、鮮美くんの自宅が、ここだ……間違いは?」

「いえ、あっています」

父は鮮美の自宅を青い丸でかこんだ。藤和高校最寄り駅の北側にあり、駅前の喧騒からはやや離れた住宅地だ。古くから住む人が多いものの、景観を壊さない程度に新築住宅ができたり、借家としてよそからきた人間が移り住みつつある地区だ。徒歩5分で、鮮美が買出しに行こうとしたコンビニがある。

「そして、被害者が発見された場所がここ」

そう示された点は、鮮美の家とコンビニの往復路からは外れていた。あらゆるルートを考えても、東村が発見された現場を通る必要性がない。

「なぜここを通りかかったか。君は学校では、なんとなく、といった。理由がなんとなくでは、警察としては君を疑わざるをえない」

鮮美の表情は、なにも変わっていなかった。おそらくそれは、他のオトナからみても同様で、誰も真意を読み取れないのではないかと思う。

「…スーパーに、行こうと思いました。散歩しながら」

ここ、夜の12時まであいていますよね。そう隣の友人が指し示した場所には、確かに全国展開しているスーパーのチェーン店があった。小原の家からも近く、食料品を買い込む行きつけの店だ。

「夜の11時に女子高生が散歩。危険すぎやしないか」

それは普通の感覚だろう。ただ、彼女はそれを危険だと感じていないだけだ。

「…私は、小さな頃から不審者に襲われてきました。だから、自衛の手段は持っています。それは小原…団くんも知っています」

注目が自分に移ったのを感じ、団は口を開いた。

「確かに、鮮美は学校でも有名なくらいきれいだから、不審者につけ狙われてる。高校までは自分で撃退してたみたいだ。実際剣道も高校からはじめたのに試合にすぐ出られるくらい強い。

でも、女子のファンというか

――ストーカーも増えて、そいつらを竹刀でたたいたら面倒になりそうだから、鮮美に自分でなんとかしようとするなって言った。俺もなんとか手助けするから、って」

守れたら、という、ややおこがましい思いは、ここでは口にしないことにした。

かわりに、学校の先生、特に剣道部顧問の那須さんにも聞いて裏をとって、と添えておく。

「では、散歩をしたくなった理由は」

「それこそなんとなくです、小原刑事」

涼やかな声に、これ以上散歩の件で食い下がることはできないだろうと誰でも思っただろう。

だからか、刑事は質問を変えた。

「君は事件前日に東村くんとトラブルになっていたようだが、その件について教えてもらってもいいかな」

問いかけの形を保ちつつ、それは強制だった。団は父親をにらみつけるものの、刑事は一向に気にするそぶりもない。鞭と飴なら、飴か、母親が助け舟をだす。

「鮮美さん、言いたくないことは言わなくてもいい権利があるのよ」

しかしその発言に、鮮美は頭をふる。

「ありがとうございます、文月さん。ですが、変に隠しておいて疑われることも嫌なので、お話したいと思います」

ここでも堂々と発言し、ついでに皮肉だ。いつもとかわらずに自分のペースを崩さなかった鮮美が、不意に躊躇したように唇を結んだ。

「小原」

こちらを見ようともせず、小さな声でつぶやいた。呼ばれている。いつもの呼び掛けとはニュアンスが違う。こんな鮮美は、おかしいそぶりを見せていた鮮美のときでさえ、なかった。

彼女はいつもと違い、なぜか自信がなさそうにしていた。

「俺は、いつでも鮮美の味方でいる。何を話しても、俺は鮮美の嫌がるようなことをするつもりはないし、広めて欲しくないことを広めるつもりもない」

いざ言葉にすると、ためらいなくするすると口をついて気持ちがあふれ出す。やっと鮮美がこちらをみて、穏やかに笑ってくれた。

シチュエーションがこんなでなければ、心臓がばくばくいいそうなものだった。

団の気持ちも知らず、鮮美は目を細めて、刑事のほうにむきなおる。

「私は去年、両親を殺されました。一人ぼっちになってしまって、どうして私が合宿で家を離れたときに、自宅で殺されたんだろうと、なぜ私は、生きているのだろうと」

鮮美は右手で左腕のブラウスのボタンを外す。その指先はやや震えていた。

「衝動的に、私は――」

もういい。もうそれ以上言わなくていいよ。

団は肩をたたいてやることで、そう伝えようとした。伝わったかはわからなかったけれど、鮮美に先を促すようにする無粋な大人はいなかった。

テーブルには、鮮美の白い腕があらわになっている。手首には細い線のあとがあり、そこだけ肌の色が違う。

あのとき東村は、これをみたのだと思う。鮮美が抱えていた傷を目の当たりにして、恐れたのだと思う。

気づこうと思えば、気づけたはずだ。着替えを瞬時に行い、誰にも見せないこと。常に長袖でいること。もしかしたら、見せないだけで、ほかにも苦しんでいる跡があるのかもしれない。

もういいよ。もう一人で苦しまなくていいよ。

そう伝えたかったのに、なぜ気づけなかったんだと、自分を責める声も聞こえる。

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