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入ったのは、商業施設内に店を構える日当たりのいい喫茶店だった。文月は店員を呼びとめ、メニュー表を見もせず注文する。
「ケーキセット3つ。ケーキはチョコとイチゴとモンブラン。つける飲み物はコーヒーと紅茶とココア。あと、単品でコーヒー二つ」
店員は慌ただしく注文をとると、経費削減のためだろう、コーヒーの砂糖とミルクについて尋ねた。
「セットのほうはどっちもください。単品のほうはブラックで」
「かしこまりました」
店員が去ると、刑事は文月をじろりとにらむ。
「俺は牛乳入れるっていったよな?」
「僕も砂糖がないとちょっと…」
小原はにらむ対象を岩砂に変更する。
「…お前、砂糖は邪道だぞ?」
「いいじゃないですか人それぞれで」
コーヒーひとつでやいのやいの。高校生二人は大人の意外な一面を見て目をぱちくりさせている。
刑事たちの醜い争いを見て、やってられないという体の文月。
「ったく、私の中では刑事はコーヒーって決まってるのよ。ちなみにブラック。あと、あんたたちの分はそっちの経費で落としてね」
「んなっ!?」
奇妙な音程の小原。喫茶店奥、6人がけの大きいテーブル。そこに陣取る妙な取り合わせに、ウエイターは疑問を挟むことなくケーキセットを三つ、ブラックコーヒーを二つ置いた。
「ごゆっくりおくつろぎください」
ケーキを見つめる五人。
「じゃあ私モンブランとココア」
大人気なく自分の希望を述べ、いそいそと皿とカップを取る新聞記者。団が頭を抱えながら鮮美を見ると、先に選ぶよう促している。
「……俺はチョコとコーヒーで」
鮮美は最後に残ったショートケーキと紅茶を取って。
「さっ、ここは飲み物のおかわり自由だから、遠慮なく食べなさい!」
つまり食品はこれ以上頼まないというわけか。文月はモンブランを嬉しそうに見ると、大きく取り分けて食べはじめた。
「んー!」
鮮美は優雅にショートケーキを食べている。絵になるような上品さだ。一方の文月はココアを一気に飲む。
…モンブランとココア。どっちも甘いよな?もう絶対糖尿病予備軍なってるよな?
団は甘さ控えめのチョコケーキをすきっ腹に押し込むと、牛乳と砂糖を入れてごくごくと飲んだ。男二人の恨めしそうな視線は気にしないことにする。
「ごちそうさま!」
まだこっちは半分以上残っているというのに、文月はぺろりと平らげていた。ああ、食べるのが早いのはいつものことだ。だが。
「…あのさ、たまには野菜とか食べろよ。もうこの際コンビニのサラダでも、なんなら弁当でもいいや。お菓子みたいな保存食ばっか食べてたら身体壊すぞ」
文月がたまに家で料理してくれるときはバランスのいい食事をつくり、ともに食べていた。ただ家より出先で食べることが多い母親は、その出先で、聞いたら人が平静ではいられないような食生活を送っている。
「そっちこそ、半一人暮らしなんだからって揚げ物ばっかり食べてんじゃないでしょうね」
あんたのお菓子よりましだろう。それに、たまには頼るけど基本的に料理は自分で作る。だから団は頭を抱えながら答える。
「…ちゃんとやってるよ」
「なら私も『ちゃんと』やってるわよ」
…どこをどうとったらちゃんとやってるになるんだ。ついさっき論理と理詰めについて語っていたのに。屁理屈とか言い訳にしか聞こえないのは気のせいじゃないだろう。しかも「ちゃんと」の部分が小さいし。
…この母親に舌戦で勝ったことは一度もない。おそらく父親もだ。両親そろってなんと食えないというか油断ならないというか。
「さて、二人と二人組はごゆっくり。ちょっと携帯触らせてもらうわね」
文月はさっそく首から提げていた仕事用の携帯をいじりはじめた。操作ボタンの音を「入」にしていたら、音が鳴り止まないであろう操作さばき、メールを200通以上やりとりする女子高生顔負けだ。
無言状態が続いたので団は観察してみる。岩砂はねこ舌なのだろうか。難儀しながらコーヒーを飲んでいる。鮮美は生クリームと一緒にイチゴを食べ、そのあとすぐに紅茶で中和している。ケーキについているイチゴは、クリームの味に慣れてしまったら酸っぱい。
小原――団の父は、文月と同じように携帯を操作していた。仕事柄見慣れてはいるけど、食事中に他ごとをされるのは少し哀しい。団たちが食べている間、岩砂にもメールがきたり、文月に電話がかかってきて席をはずしたりと、人の移動が続いた。そのさなか、まず団が、続いて鮮美が食べ終わると、打ち合わせていたかのように文月が口を開く。
「…じゃあ、はじめましょうか。」
文月は大学ノートとペン、ボイスレコーダー。岩砂はノートパソコンとデジタルカメラ。小原はかばんからクリアファイルを取り出す。
場所は、商業施設の喫茶店。
これからはじまることを考えると、実に不似合い。