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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第四章 第二の事件
24/81

4-3

 最近の携帯電話は便利になったものだ。と小原は思う。ワンセグで情報収集、パノラマ設定にできる写真機能。電話とメール、プラス電卓があった時代からはずいぶん進化した。

 結局藤和高校に電話をしても、鮮美はもういないとの返事。どうか寄り道していませんように。何事も早めのほうがいい。

 ふうとまたも息をついたとき、彼の携帯が着信を告げる。覗き込まれた同僚にたびたびからかわれてきた名前。

 かけてきたのは、マドカ。


「ふーん、事件現場ってこんなんなってるんだ」

 行きたがっていたにしては冷静な鮮美。普段は小学生たちが多いこの公園。あたりは野次馬と、それをおさえる警官。子供はいない。ときおりフラッシュがたかれている。隣の駅近くにある地方紙総局員がすっ飛んできたのだろう。そこそこの人だかりができており、狭い歩道から溢れそうになっていた。

「…もういいだろ。帰ろうぜ」

「ん」

 素直に踵を返した鮮美。二人で歩き出す。数歩もいかないうちに、血相を変えた刑事と思われる男性が走ってきた。

「あ。…ちょうどよかった!」

 彼は鮮美に詰め寄ると、彼女の腕を掴んだ。

「ちょっときてくれるかな?」

 穏やかだが有無を言わせない態度。彼女はなにも言わない。団は耐え切れなくなって、刑事の腕を掴んだ。

「待ってください。いきなりなんなんですか?」

 彼は少し困った顔をした。

「すまない。F市警察署刑事課勤務、岩砂だ」

 彼はそういって名刺を渡してきた。……親父と同じ職場。

「あくまで参考人だから…」

 まずい。何人かの野次馬がこっちを見ている。参考人だろうがなんだろうが、変に注目を集めないにこしたことはない。こんの、馬鹿刑事!

 …と、心中で罵倒することにして。

「っ…、人見てるじゃないですか!逃げませんから、ちょっと離れててくださいよ」

 岩砂はそう指摘されて初めてあたりを窺い事態に気がつくと、目撃証言を採っている下っ端刑事のふりをしてくれた。だがやはり完全に離れたわけではなく、携帯電話をいじりながら時折こちらの様子を窺っている。

 抜け目ないな。若くても刑事。

 団は携帯を取り出すと、迷わずその番号にかけた。


 刑事は2コールで通話に出る。

「なんだ?」

「どういうこと?」

 主語がなくても言いたいことがわかる。家族だからか。……いや、時間を節約するためより少ない言葉で会話してきた産物だ。

「…詳しくは言えないが、鮮美がこの事件に関わっている可能性が出てきた」

「そんなの可能性の話だろ」

 電話越しの声は、怒気をはらんでいる。

 小原はゆっくりと階段を降り始めた。

「鑑識にまわしているが、物証もあるよ」

「そんなの…っ!」

「とにかく…誰かそのへんに刑事いるだろ?まあそいつの言うことよく聞いて。俺も今からそっちいくから」

 返答の変わりに電話は切れた。いつもは切る側だったから、この感覚は新鮮だった。

「ったく。馬鹿息子」

 小原は岩砂から送られてきたメールを見てからメールをしまうと、彼らが待つ場所へ歩き出した。

  ――小原がついた先には、不機嫌極まりない息子と、なだめている新人刑事、今起きていることなどどこふく風といった体の参考人の姿があった。

 個々人の性格がよく現れていて、噴出しそうになったがこらえる。そんなことはマンガ媒体か子供の世界でのみ許される。

「鮮美さん。事件現場で、君のものと思われるカッターが見つかった」

 学生二人は一様に驚いた顔を見せる。女子生徒の方は男子生徒以上に表情を崩壊させ、右手をスラックスのポケットに突っ込む。彼女は固まった後、青ざめた顔をした。

「…鮮美?」

 小原は息子の呼びかけに重ねがけをする。

「…きてくれるね?」

「――っ」 

 鮮美は裏切られたような素振りを見せると刑事を見る。

 彼女は、うなずいた。

 三人が去ろうとしたとき、団は無言で進路にふさがった。

「…邪魔するな」

 静かな警告に団はひるまない。

「絶対おかしい。何かの間違いだ。オレは鮮美と一緒に帰ったし、それに――」

「それを調べなおすのが刑事だ」

 彼の横をすり抜けていく三人。

 団は何も言えず立ち尽くす。

「っざけんじゃねえよ……」

 そのつぶやきは、届かない。

 道路を挟んだ公園では相変わらずのざわめき。時折走る乗用車の排気音。そこに、なにかの音が近づいてくる。

「ちょーーーっと待った」

 間延びした声とともに、我慢できる程度の音を出す原チャリ到来。降り立ったのは細身の女性。

「あんたら、デリカシーなさすぎなのよ。場所くらい移動しなさい」

 ヘルメットを取りながらねめつける女性は、小原と台頭に、臆することなく言い放つ。

 くるりと彼女はまわると、高校生二人に声をかけた。

「ご飯まだでしょ?食べに行きましょ。取材経費でおとしたげる。…っと。君は、団の友達かな?よろしく。」

 二人はあれよあれよという間に連れ出された。

「甘いもの大丈夫?――うん、じゃあ喫茶店行こう。団!あんたもっとしゃきっとしなさい!竹刀もいいけどイマドキの武器は論理よ。THINK OF RIDUME!」

 テンションの高い女性に連れられ、遠ざかっていく二人。

「おい、文月!」

 その呼びかけに、立ち止まる一人。

「…来たいならくれば?私はあなたのやり方に反対はしないけど、私は私のやり方でやる。あなたたちは公機関で、聞いたことは全て記録になる。でも、私は私の独断で聞かなかったことにできる。…鮮美さんだっけ?どっちに行く?」

 鮮美は振り返り、刑事に告げる。

「ご飯を食べに行きます」

 文月はそれを聞いてにっこり笑うと、またも歩き出した。

「じゃあ行きましょうか」

 この三人を、刑事二人は、特に小原はため息をつきながら追った。

「…小原……くん、この人は?」

「…小原さん、あちらの方は?」

 鮮美は儀礼的に、岩砂は本心からその場の人物に問う。

『小原文月、新聞記者。』

 彼らはそこでいったん区切る。

「オレの母親」

「俺の女房」

 小原家の男は、重い息をつくのだった。


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