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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第四章 第二の事件
23/81

4-2

 なんとなくの帰り道。団と鮮美は今日も無言だった。鮮美は無口なほうだ。だから団のほうから話しかけてそこからふくらませていく、というパターンが多かった。いったん団が黙り込むと、会話が発生することはない。

 学校帰り、制服。男女のペアがゆっくり歩いているとなると、まわりからはカップルに見えるのかもしれない。ただ、この微妙な沈黙に包まれ、表情も幸せそうではない二人組みがそう周りから見られるかは疑問だった。

 パトカーが走っている。乗用車も。

 結構なスピードで交通量の多い道を避け、わき道へそれた。

「…事件かな」

 珍しく鮮美が口を開いた。

 不吉なものを感じて、団は顔を強張らせる。

「…だとしても、俺達もうすぐテストだろ?事件はまたニュースで流れるよ」

 鮮美はすたすたと歩き始めた。

「…おい!」

 点滅する信号。ここの信号は長い。彼女は走って渡り終えると、向こう側で微笑んだ。

そのままパトカーが走り去った方向を二人で見やる。左に折れた後直進、つぎの角を右に曲がった。

 鮮美は迷わずその方向に歩く。

「……なんだよっ!」

 団は悪態をつきながら、車道を挟み歩道を彼女と同じ速度、進行方向で歩き始めた。



 公園に似合わないブルーシート。消えることのない血だまり。岩砂が目撃した非常階段6階では、鑑識による写真が撮影されていた。

「――おまえが来たときには、ここには誰もいなくて、凶器も居合わせた人物もいない。そういうことだな?」

「はい、そうです」

 被害者の男子高校生は死亡。いまのところ目撃者はおらず、凶器も発見されていない。

「一応エレベーターの防犯カメラは回収するけど、たぶん映ってないだろうな」

 小原はそうため息をついた。

「しっかしおまえが非常階段駆け上がったときに事件関係者とすれ違わなかったってことは、別のルートから逃げやがったな。いったん上の階に上がって時間を見計らって出るか、反対側の非常階段使うか…」

 規模が大きいマンションなので、非常階段は2箇所に設置されている。また、エレベーターは奇数階にしか止まらない設定になっているので、6階は階段を使っても特に怪しまれることはない。

「…一番初めに現場についたのに、すみませんでした」

 岩砂はうなだれる。

「…いや、おれたちが離れたからだ。俺が頭を冷やしてこいって放り出したからな。気にするな」

 鑑識がKEEPOUTの紐をくぐりながら慌ただしく動いていく。刑事二人は7階へ至る階段に一歩退いた。

「…あの、小原さん」

「なんだ?」

「この写真みてくれませんか?」

 岩砂は携帯電話を取り出した。メール機能は使いにくいが、高画質が売りの機種。その携帯が一枚の写真を画面に映した。

「おれがここにきてすぐに撮った現場写真です。ここ、みてください」

 彼が指差したのは写真の中の小さな物体。

「なんだこれ?」

 小原の問いに答えるように、岩砂は画像を拡大する。

 それは、ある文房具の姿になった。

「…カッター?」

 岩砂は階段にポケットから、ビニール袋に入れられた黄色いカッターを取り出す。

「これです」

 もとは会社で使っていた業務用のカッターナイフ。少し大振りで、ダンボールも楽に切れる類のものだ。そこには劣化したセロハンテープで、小指の爪ほどの黄ばんだ紙が貼り付けられていた。

 昔、支給された物品が他人と混じらないようにした、大人版名前シール。紙に記されていたのは朱肉で押された人の名前。

 円の中に書いてあった文字は、


 団は次の信号を渡り、鮮美に合流した。

「ついてこなくてよかったのに」

 団はむすっとしながらも、鮮美の隣を歩く。

「いいんだよ。どうせ事件ならあんまり会ってない親父にもたぶん会えるだろうし」

 鮮美は考えるような顔をする。

「ああ、あれ、小原のお父さん」

 団は顔を上げる。

 鮮美と団の家族が鉢合わせたことはない。家に上げたのはあのときだけ。学校への待ち合わせも鮮美の家の近くだ。どこかの飲食店やデパートで働いているのなら別だが、一般人とは縁がない仕事だ。滅多なこと、いいニュースを除くと関わらないほうがいい仕事といえる。

「いい刑事さんだね。事情聴取のときちょうど小原さんだったから」


「岩砂、何人かで鮮美をひっぱってこい。任意。テスト期間中だから、今から帰るか、もう家に帰っている頃。俺は藤和高校に電話をかけてまだ残っているか確認する」

 岩砂は紐をくぐると階段を駆け下りた。

 小原は何度目になるかわからないため息をつくと、ビニール袋を鑑識に渡す。

 素人目だが、押された判も紙も、テープも劣化。彼のまぶたからは、鮮美と押された判が頭から離れなかった。


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