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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第四章 第二の事件
22/81

4-1

 「何読んでるの?」

 鮮美はもう一度聞いた。

 団は反射的にテキストを隠す。しかし彼女はどうみても見逃してくれそうにない。

「別に……」

 だめもとで団が目をそらすと、鮮美はつかつかと近寄ってきた。

 距離が、詰まる。

「見せて」

「いや…」

「見せない理由は?」

 静かだが強い口調に反論できないでいると、テキストを鮮美にひったくられた。

「吸血鬼……ふーん。」

 特段表情は変わっていなかった。彼女は興味深そうだが、ものすごい勢いでページをめくっているだけ。

「隠し事はよくないねえ小原君。こんなおもしろそうなものを見せないなんて」

 いたずらっぽい声の鮮美に、心の中で反論する。

『お前だって、俺に言ってないことたくさんあるくせに』

 だが、声に出ていたようだ。

 鮮美はテキストのページめくりをやめた。

「オレは小原に嘘ついたことないよ」

 その声はどこか白々しかった。

「そんなこと…」

「真っ赤な嘘も、バレない嘘もつかない。だから、言う必要のないことは言わない。…人が生きていくのって、これでよくない?」

 鮮美は透明な目で、感情がまったく読めない声で小原の前にいた。

 どこかに挑戦的なニュアンスがあると、小原は思った。


――30分前。

「もっとケーサツ仕事しなさいよね。学校裏サイトで鮮美深紅のこと書かれてて、削除遅れたから週刊誌がかぎつけちゃって。……新聞社こっちのほうはなんとかなったけど、めぼしい週刊誌はもうそろそろ発売でしょ?どの社もスクープ出しちゃうわよ、見込み記事で」

 電話の声に、刑事はため息をつく。

「仕方ないだろ……。まあ、チェックが甘かったのは認めるよ。だが、鮮美は限りなく黒に近いグレーだ」

「グレーです。ただし黒に近いよっていう記事を出すのが嫌なのよ。ほんとに白だったら責任取れるの?っていいたくなるわ。けど…」



 近くには、刑事岩砂が担当している殺人事件の被害現場。少し歩くとコンビニ。もうすこし歩くと商業施設。頭を冷やせと命令された岩砂は、公園のベンチに座り込んで携帯で会話していた。

「…てっめえいきなりかけてくんなや。仕事中だっつの」

 相手は少年犯罪課に勤める同期。

「あ、わりいわりい」

 時間の都合もあり、彼はさっそく本題に入った。

 黙って聞いていた相手は声の調子を変える。

「あ、それはお前が悪い。凶悪犯罪は10代でも起こせるし、性別だって関係ない。犯罪は誰でも起こす可能性がある。怨恨場当たり関わらず」

 岩砂は肩を落とした。

「そっか…そうだよな…オレはたぶん、どんな人でも信じたいのかな。……この仕事向いてないかも」

 電話の相手は数瞬黙る。

「…この仕事で信じるって難しいぞー。容疑者を信じるのか、被害者を信じるのか。どの証言を信じるのか。全部変わってくるじゃん?…お前は何事も割り切れない性格だからさ、とことん粘るんだと思う。そんな刑事も必要だと思うよ」

 岩砂は鼻をすする。

「おまえ…」

「…まあ。凝り固まった考えをせず柔軟に。おかしいと思ったら調べる。信じたいならとことん信じる。これでいいんじゃない?…自分で言っててすっげえ難しいことだと思うんだけど」

「ははっ!!確かに!」

 ひとしきり笑ったあと、息をつく。腕時計を見ると、こんな時間だ。

「ありがと。悪いな、仕事の邪魔し――」

 視界の端に、物体が映った。

 それはほんの短い間で、彼はなにが起こったのか理解できなかった。

 遅れて、落下物が地面に落ちる音がした。

「……おい、どうした?岩砂?」

 若い刑事は、公園で小さな子供を遊ばせていた親たちの前を疾走し、その現場へ向かう。

 学生服。男子。血だまり。――飛び降りにしては、多量。

 彼がうつぶせの学生を仰向けにすると、――腹部に大きな切り傷。

 彼は公園を抱える高層マンション、その非常階段を見上げると、携帯を握り締める。

 遅れてやってきた公園の利用者の悲鳴。小さな子供の泣き声。

「誰か警察と救急車呼んで!あと絶対現場から動かないで!!」

 岩砂の叫びに、何人かは携帯を操作し始めた。

「事件だな、岩砂!?近くに小原さんいるか?」

 同期の声を聞きながら、彼はマンションの入り口へ向かって走る。

「ああ、もう少ししたら近くの、事件の裏とりにコンビニ行く予定。だった!その近くの高層マンションで殺人だ!」

 階段を駆け上がる。現場はもう少し上か。

「分かった。小原さんにはこっちから連絡する。切るぞ!」

「ああ!」

 電話をポケットにしまう時間をも惜しみ、階段を駆け上がり続ける。

 マンション6階。非常階段。

 その踊り場で、真新しい血痕が飛び散っているのを、岩砂は発見した。


――「たとえ第二の事件が起こったとしても、警察は鮮美さんを調べるでしょう?どっちにしても、不利だわ」

「……」

 刑事は黙ったままだった。

 その電話にキャッチホンが入る。

 彼は妻との電話を切り、次の電話をとった。


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