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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第三章 最初の事件
21/81

3-9

 鮮美は結局、終礼にも戻ってこなかった。もうすぐ中間テストだというのに大丈夫か。

 自由の身となった放課後を教室で謳歌…もとい、さきほど配られたテキストに目を通す。

 ざわめきが遠ざかっていく。

 まだまばらな合服姿。

 進む時計の針。

 彼女はまだ帰ってこない。


「――そう、健康保険が…。ごめんなさいね、口うるさくいっちゃって」

「いえ、イマドキ口うるさく言う人のほうが少ないですし、でもそういうほうが愛情あるんだって思います」

 保健室でゆったりとした時間。二人は打ち解けた雰囲気だった。

 だが、現実の時間に戻らなければいけない。

「…これからどうする?おとなしく事情聴取受ける?それとも家に帰っちゃう?」

 さばさばを装いながらも心配する養護教諭の言葉に、鮮美は笑う。

「あとのほうで」

 養護教諭もにっこりとする。

「了解。かばん、教室にあるはずよ」

 生徒は扉のほうに歩いていく。

「ありがとうございました。…ええと」

久世くぜよ。……久世麻有子くぜまゆこ。保健の先生っていう言い方じゃなく、名前で呼んでくれると嬉しいわ」

 鮮美は口でその名を言い、改めて礼をする。

「またなにかあったら来なさい」

 会釈で受けると、鮮美は廊下へ出る。

 静かに扉を閉めると、彼女は口を真一文字に結び、一転無表情な顔をして、階段を上がっていった。



 吸血鬼とは、一般的に血を吸って生きながらえる生物である。日の光に弱く、血の摂取量によっては不老不死となりえる。類まれな美貌を持つと伝えられ、十字架とにんにくに弱い。


 だが、それはほんの一端である。

 



――某大手新聞社、社会部。

「小原さあーん、例の高校生殺害事件、どうなってるー?」

 呼ばれた記者と同年代のデスク…責任者が大声で聞く。

「情報はありますけど載せられません、訴えられる可能性があります」

 にべもなく答える記者の言葉に、デスクは空の紙コップを握りつぶす。

「おまえ、社会部とは名ばかりの遊軍記者小原よ!情報くらい流せや!載せるかどうか決めるのは現場じゃなくてこっちだ!」

 こんなやりとりも日常茶飯事なので、社会部の面子は各自担当の仕事を行っている。

 ふうと息をつき、小原はぼそのそと話した。

「…警察担当者によると、重要参考人として、被害者の同級生が上がってるみたいですよ。ただ、あくまで参考人らしいです」

 デスクはメモ束をつかんだ。

「特ダネで他紙も他局もすっぱぬけるやいかいばかやろー!!」

 叫んだ。 

「あ、でも週刊誌のほうは握ってるみたいよ?」

「よけいたちが悪いわー!!」

 ほけほけとした笑顔にむかって剛速球で投げられたメモ束をひょいとかわす小原。ちなみに夕刊の締め切りはとっくに過ぎている。

「ほら、重要参考人として高校生が任意で事情聴取って書くとするじゃない。日本って推定有罪で考えるから、犯人に思われるでしょ?警察のほうでも通り魔の線が強いみたいだし。わざわざ高校生の将来狂わすようなことしなくても」

 済ました顔の彼女はお茶を飲んでいる。だが、新聞はじめマスメディアはそういう、可能性のニュースも含めて報道するのが仕事だ。事情聴取を受けたのは事実なのだから、事実を書くことは問題ない。事情聴取を受けたから犯人だと警察に疑われている。そう考えるか考えないかは受け取る側によって違う。

「…おまえ、生意気すぎるぜ?ここ、大手。代わりいくらでもいるんだぜ?」

 デスクが笑いながらぶちきれているのを見て、小原は自分のかばんをとる。笑顔で。

「お世話になりました。次の社を探しま…」

「待てや、いや、待ってください小原さんさっきのは冗談です出て行かないで」

 小原の同期でもあり、上司であるデスクは涙目で訴えた。


 

 吸血鬼の伝承はヨーロッパに多く、日本ではほとんど見られない。

 だが、F市においては異常に多く見受けられる。迫害を受けて数が減ったため、開国期に船で上陸したという説がある。


 美貌。日の光に弱い。

 そんなことが掠めたが、嘘だと思った。ただの伝説だ。

「あれ、まだいたの?」

 いつもと同じ、長袖にベスト、スラックス。

 鮮美深紅が立っていた。

「…なに読んでるの?」

 少し低い声に、底なしの穴のように。

 ここにいるのは鮮美のことを少しは知ってる自分なのに、自分の意思に反して、戦慄が走った。


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