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都会でもなく田舎でもないF市。そこのトップレベルである市立藤和高校。常にどこかの部活動が全国大会に出場し、毎年垂れ幕がかかる。かといって部活一本・勉強一筋というクラス編成はされておらず、内外から文武両道と名高い学校。人気もそこそこあり評判もいい。唯一の弱点といえば、美男・美女が他の高校と比べて少ないこと。進学校なので風紀に厳しいことも関係しているのかもしれない。
そこで、ひときわ注目を集める存在がいた。
「鮮美先輩よー!」
「写真撮らなきゃ!」
朝。高校に行くのに徒歩圏内の場所。騒ぎの中心となっているのは、不細工でもそこまでかっこよくもない男子高校生の隣だ。
「…鮮美、おまえもうグラサンかけていこうぜ。それか道変えよ」
彼、小原団は朝もはよから熱心なファンを横目に隣へ向けてつぶやく。所属している剣道部の朝練に毎日参加しているので朝ははやいのにファンが絶えることはない。しかも一般生徒でゆるい部活の構成員多し。ごくろうなことで。だが騒がれている当人鮮美は平然としている。
「…小原に迷惑かけるんだったら、オレが一人で行くけど?」
笑顔がまぶしい鮮美に、団は脱力するしかない。おまえがそれを言うか、と。
鮮美は、団が今まで会った中でこれ以上ないほどきれいな人間だった。170センチの身長、肌はなめらかで不健康と言えないぎりぎりまでの白さ。カッターシャツにダークグレーのベスト、紺のネクタイ。その下にグレーのスラックスという制服姿でも、体の細い線が分かる。まあ合服だからっていうのもあるけど。
「…おまえ分かってる?自分のこと。今まで変質者に絡まれたり隠し撮りされてネットに画像流されそうになったり、プレゼントでもらったものに盗聴器とか発信機とか仕込まれてたり。一人で出歩いてたらまずいだろ。実際襲ってきたやつもいるし」
幾度となく繰り返してきた言葉に鮮美は眉を上げる。
「いや、全員返り討ちにしたからいいじゃん。知ってるだろ?オレの腕」
そう言ってやつはくいと竹刀の入ったケースを持ち上げた。
レギュラーではないが、剣道部でもトップクラスの実力を持つ鮮美。たまにキャプテンの団でも負けるほどだ。それさえも実は鮮美が力を加減している。下手をすれば、どの運動部でもレギュラーを奪えるくらいの運動能力を持っているのに。
「けど、お前と、暴走してきた女子。女子を竹刀で打ったらあとあとやばいじゃん?」鮮美は不服そうな顔で、しかし黙っていた。鮮美は面倒ごとを極端に嫌うから思い切った行動をとらない。文科系クラブの女子と本気でやりあったら、向こうがただでは
すまないだろうし。それにしても鮮美の美貌は生きていくのに邪魔すぎる。
俺はシャッターを切ってきた生徒を一睨みして、また取り留めのない話に戻った。
藤和高校の校門は朝早くから開いているが、教職員駐車場には物好きな早朝出勤者の分しか停まっていない。生徒の声もなくしんと静まり返っている。二人は体育館の靴箱に靴を置くと、靴下で廊下を歩いた。
「じゃあ俺便所寄ってから道場行くよ。ノックは四回するから、ちゃんと中から鍵かけて着替えろよ?あと――」
「分かったって。ったく、小原はオレの保護者かよ?」
軽口をたたいたあと道場へ歩いていく鮮美を、団は見送った。
鮮美は同性の前でも絶対に更衣をしない。季節によっては体操服やシャツを下に着込んでいていつの間にか着替えている。体育の授業が終わったあとは猛ダッシュで帰り、誰かが更衣教室に入ってくる前に済ませるか、時間によっては運動部であることを利用して帰りのSHRはジャージで過ごす。どうしても着替えなければならないときは、トイレに駆け込んでいって個室で着替えている。
本人から聞いた話では、昔ケータイのカメラで更衣中のときを撮られたらしく、それがトラウマになっているらしい。だからどれだけ信頼できる同性の友人でも、これくらいの配慮はしてほしいようだ。
…面と向かっては言わないけど、お互い分かっている。踏み込めない領域。本当は信頼なんてされてないのかもしれない。でも俺は、鮮美のことを、助けていきたいと思う。高校くらい楽しまなきゃ。
部活でも鮮美の更衣のときに人がいないよう、こうして早朝練につきあったり、二人で誰よりも遅く練習したり。たまに部長特権を利用して鮮美だけ引き止めて誰かと鉢合わせないようにしたり。――おかげで顧問からは練習熱心だと覚えもめでたいが、そんなのは副産物でしかない。
過剰だなんて思っていない。むしろ、やりすぎるくらいでちょうどいい。
団は、鮮美が着替え終わった時間を見計らって道場へと歩き出した。