3-5
職員室に入った瞬間、学年団の教師から、鮮美は顔を見られた。視線をそらすことなく後ろ手で扉を閉めると、すぐに応接室に促される。それに従い、やはり注目されながら職員室を横切った。
入った応接室とは名ばかりで、普通にパイプ椅子と円卓が並んでいた。ただ、壁や床、椅子の色が赤いというだけだ。高級感を演出するためだろう。円卓は部屋の内装と合うようにこげ茶色。鮮美は軽い頭痛を無視しながら、勧められた椅子に腰を下ろした。
「…はじめまして。今回の事件を担当する小原です」
「おなじく、岩砂です」
警察関係者――刑事。先に鮮美の向かい側に座っていたのは彼らだった。外見年齢からみて、おそらく小原の父親と、彼の元で研修している新人だ。そこに学年主任と担任、生徒指導部長が鮮美の後ろに控えて固唾をのんでいる。
最初に口を開いたのは岩砂だった。
「えーと、最初に言っておきますが、僕たちは第一発見者である君を疑っているわけではありません」
嘘をつけ。
「あくまでもお話を聞きたいだけです」
そんなの警察の常套句だろう。
「…よろしいですか?」
「ええ」
鮮美は感情をおくびにも出さず、余裕の態度を崩さなかった。
「…では、氏名と住所、簡単な略歴からお願いします」
予想に反して、若い岩砂が主導権を握っている。…研修の一環なのだろうか。ただ、そんなの気にする必要もない。
「鮮美深紅。199×年、11月24日生まれ。
幼稚園にはいっていません。生まれたときはこのあたりに住んでいたようです。
小学校は1年から3年までを東京。4年から5年が長崎。6年生で新潟。
中学は1年が京都。2年が北海道。3年生で鹿児島です。そこからここにきました。
学校名は覚えていますけど…今書きますか?」
小原刑事はボールペンをせわしなく動かしていた。鮮美の視線に気づき、短く後で調べるといった。
おそらくこんなものは無意味。しゃべる抵抗をなくすためだろう。
「…ご両親は、どんな仕事をされていたんですか?」
すでに過去形か。調べているくせに。
「母親は専業主婦。父親は資産家の息子でありながら、家を勘当されたとか。歴史の教員免許を持っていたので、予備校教師として生計を立てていたみたいです。他にも民俗学や風俗、伝説や伝承、史跡歩きが趣味でしたから、それらの論文や資料を大学に持ち込んだり」
「…では度重なる引越しも?」
「ええ。父のフィールドワークに家族全員でついていった形です。私に語学も堪能になってほしかったとも。…方言の」
岩砂はそこでいったん口を閉じた。
「…ご両親は、もういませんね?」
「…ええ。まだ犯人は捕まらないんですか?せめて手がかりだけでも掴んでるんじゃないんですか」
鮮美は質問に答えながら質問を返した。疑問符を打ち返さなかったから失礼にはあたらないだろう。学校側は少し動揺した。私は両親のことを、学校に詳しく言っていない。
「いいえ…。たとえ情報があったとしてもお話できません。捜査情報ですから」
「人からは根掘り葉掘り聞くのに、何も教えてくれないんですね」
岩砂は黙った。
口を開こうとする教師たちに、小原刑事が目線で制す。岩砂に目配せした後、手元の資料を読み上げた。
「F市一家殺害事件。去年の夏、高校1年生の娘が帰宅すると、彼女の両親、鮮美香佑と鮮美真紅が血を流して倒れているのを発見。警察と消防に連絡したが、二人はすでに死亡。おびただしい出血量有。……だめですよ、いくら学生で、被害者だからといっても、学校くらいには連絡しなさい」
小原刑事はそれだけで主導権を握った。
「ご両親が亡くなった後の生活資金は?アルバイトの形跡もないね」
「父親が勘当されるとき、手切れ金をもらったそうです。そこから引越し費用や資料代、生活費を出しています。死亡届は出したので、勘弁してください。あと、生活資金のことは、黙秘権を行使します」
「了解。…それにしても君は調べたところ文武両道才色兼備、いうことなしだね」
「セクハラで訴えますよ」
「ああ悪い。それは勘弁」
「めんどくさいのでやりませんけどね」
言葉のキャッチボールがスムーズになされ、小原刑事はスマッシュを打つ。
「…一人で住んでいるのなら、アリバイなんてないね」
5時間目のチャイムが鳴った。