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式のあと教室に入ると、出席番号順に入るように黒板に書かれていた。男子から奥に詰めていくので、当然のことながら彼女と席は離れた。クラスメイト達も彼女のほうをちらちらと見る。だが、グループをつくろうとしている女子も彼女には声をかけにくいようだ。普通に席に座っているだけなのに、近づきがたさがある。話しかけるのさえ恐れ多い。おそらくこれは共通の意見だ。
そんなクラスの空気もいざしらず担任が入ってきて、お決まりの挨拶と生徒の自己紹介がはじまった。学校が発表した情報とクラスの出身地と中学を聞いて総合すると、入学者は市内出身者が半数ほど。そして県内が約半数。順当といえば順当だ。単位制とはいっても他にあるし、それは県外でも同じ。たまたま偏差値が高いほうなだけで、越境受験者なんかはいない。部活に打ち込みたければ私立があるし、わざわざ偏差値が高いところで両立を図ろうとしてぼろぼろにならなくてもいい。
少ない例外が、彼女だった。彼女の紹介のときは、誰よりも静まり返っていた。
だからよく覚えている。
「――鮮美深紅です。K県から引っ越してきたのをきっかけに、藤和高校に入りました。K県県立大付属中学出身、元フェンシング部です。よろしくお願いします」
少し遅れて、拍手が起こった。
南に位置するK県。その割には訛りがまったく感じられなかった。東京にいたらモデルスカウトされてしまいそうだが、そこはやっぱり地方に住んでいたこともあるのだろう。
ただ、彼女はそれ以上自分のことを語ろうともしなかった。
自分の自己紹介のことなんか、覚えていない。
放課後。クラスメイトたちは携帯電話のアドレスを交換したり、おしゃべりに花を咲かせたりとなにかと忙しそうだった。俺は適当に席近くの人たちと簡単な話をして別れたあと、教室を出ようとしている彼女を見つけた。
みんな話しかけたいのだとは思う。躊躇しているだけだ。
後を追うようにナイロン製の指定かばんを掴むと、勢いよく飛び出した。
「鮮美さん!」
彼女はゆっくりと振り返る。
「…なに?」
日の光が常に差し込むよう設計された廊下。白い廊下とクリーム色の壁に優しく反射する。警戒されていないがいぶかしむ表情。団は声をかけてから、話す内容を用意していなかったことに気がついた。
「…えっと、あの……。部活って、何入るの?」
我ながらてっぱんネタだと思ったが、変に『なんでもない』と言うよりはいいはずだ。
彼女はしばらく面食らっていたが、そのあとすぐに答えた。
「剣道部。ド素人なんだけど、刀使う武道好きだから」
このとき俺は思わずガッツポーズをとりたくなった。踏みとどまったけど。
「おれも剣道部。中学からやってる。それでさ…」
ここから先は、黙ったら負けだ。いったん黙ったら再度しゃべるのに時間がかかる。
だから言え。女子にびびるな、いくらきれいだからといっても!
「…もしよかったら、今から見学行かない?」
彼女はずりおちてきたかばんを抱えなおす。
「…うん!」
そしてゆっくりと微笑んだ。
それからはずっと一緒にいた。普通に、友達として。
俺も鮮美も普通に友達ができたし、わけ隔てなく誰とでも話している。ただ、特定のグループに入らず自分から話しかけにも行かない。来るもの拒まず。去るもの追わず。だからよくカップルに間違われたことがあるけど、なんのことはない。よく観察していれば、鮮美のほうから話にきたことなんて、一回もないと分かったはずだ。
誰よりも近くにいたと、断言できる。それでも、そんな優越感何の足しにもならない。
だって、鮮美のことをなにもしらない。
幸祐のように昔からのつきあいがあるとたいがいのことは知っているけど、それにしたって高校からであっても、本当に密なつきあいで、クラスも、部活もと四六時中一緒にいるのなら何らかの情報が入ってもおかしくはない。中学時代、家族関係、自分のこと、内面、悩み。
鮮美からは不自然なほどまったく情報が入ってこなかった。強いて言えば通り魔に悩まされていたことくらい。
隣にいることを許してくれていたんじゃない。ただそこにいるだけだ。別に何の感情もない。自分じゃなくてもいい。自分である必要はない。
信頼なんて、されていないんだ。その他多数と変わらない。
でも、それでもいいよ。
望むならどんな形でだっていい。
食材の買出しに作りおき食品づくり、部屋の掃除に宅急便の采配と、仕事を無心に行っていると、日はとっぷりと暮れていた。ふと思う。明日からは普通に授業が行われる。そのとき鮮美はどうなるのだろうかと。また、鮮美を見る目は変わるのだろうか、と。
こんなことを考えている俺もまた、偽善的で彼氏・親友面をしているのかもしれない。ややこしくするのかもしれない。自分で考えて、自分のことが心底嫌になった。