2-7
「……はい」
「もしもし…小原?」
鮮美の声は一昨日までと同じ抑揚で、団はほっとする。だが、声の調子が違う。億劫そうだ。
「そうだけど、どうした?」
「ぁ…。今日朝練休む…。先行ってて」
少し息が荒い上滑舌が悪い。風邪でもひいたのだろうか。病欠なんかしたことない鮮美が。
「…どうした?珍しいじゃん。」
「…別に。オレだって体調悪くなるときあるよ。もしかしたら学校も休むかも」
口を尖らせていると思われる話しぶりだが、彼女は本当にそうしているのだろうか。もしかしたらおおらかで目を閉じながら、壁にでももたれて余裕を持った話し方をしているのかもしれない。
「じゃあ帰りになんか風邪によさそうなものとか持ってくよ。ちゃんと体冷やさないようにしろよ?」
「はいはい。オレそんな子供じゃないし」
いつもの鮮美だ。そういえば、とどこかで仕入れた知識がぽんと頭に浮かぶ。
「そうそう、色も体を温めるのに効果的だって。オレンジとか赤とかの暖色系は、視覚的にあったかいって思わせる効果があるんだってさ。赤いブランケット、使わないやつあるから持っていこうか?」
電話口が黙って、声にならない息遣いが変わるのが聞こえた。
メールだったら分からない。手紙だったら筆跡でなんとか。対面していたらはっきりと分かるオーラが、電話越しからひしひしと伝わってきた。
「いらない。俺モノトーンとか、寒色系が好きなんだ。ダーク系とか」
強い口調で拒絶する鮮美。団はしかし反論する。
「でも昨日赤が好きって…!」
「あたしは!」
団の反論を、鮮美が無理やり遮った。…まただ。また鮮美が違う人になろうとしている。
いや、むしろこれが本来の鮮美なのか?
「…あたしは、赤なんか、嫌い」
最後は途切れるように、電話は切れた。
耳には通話が途切れた音ばかり残る。
「…なんだよ――」
なにかが、おかしいよ。
団は携帯をパタンと閉じると、ため息をついてソファーに座った。
――しばらくたって。もう電源を切ってしまおうか。そう考え始めたときだった。
手の中で携帯が振動する。
雑用だったり訳が分からない言葉だったり。自分にとって切って離せない人だから、どんな用件でも聞かなければいけないし、それ以外の方法が分からない。けれど。
…もうやめてくれないかな?
泣きそうになりながら、団は電話を開いて通話拒否のボタンを押そうとした。
だがそれは意味のないことだと知る。
バイブは通話を記していたのではなく、メール受信。しかもメールの到着先は、団の受け取るメールの大部分が存在する『部活』フォルダではなかった。
『受信トレイ』に未読フォルダが一件あります。
登録しているメルマガは全くない。電話会社からの連絡は電話会社専用のフォルダが自動でつくられている。
「誰だ…?」
家族も受信トレイに入ってくるが、さっき連絡がきたのにまたくるなんてことはないだろう。団はいぶかしげにボタンを押して、確認した。
件名 藤和高校連絡メール
差出人 藤和高校
藤和高校全校生徒のみなさんへ。
本日藤和高校は、本校生徒が事件に巻き込まれたことを受け、全学年臨時休校とします。詳しいことは学級連絡網を通じて連絡します。生徒は家庭学習に励んでください。
また、質問等は藤和高校ホームページに設置されている学校掲示板を利用すること。電話には対応できません。
警報が出たときくらいしか出ないメール。事件…だと?
団は家事のローテーションを頭からかき消し、固定電話をプッシュした。コール音をもどかしく思い、つながった相手にかじりつくように声を出す。
「幸祐!メール見たか!?」
電話口からは階段を移動する音が聞こえる。
「見た。…なにか関係あるね」
幸祐は部屋に上がったらしく、ドアをばたんと閉める。
「…調べられるか?」
「もちろん。…みんな休校になってひましてると思うからブログとかホームページ更新すると思う。小原はパソコン使えるよね?学校裏サイトに張り付いといてくれないかな?同時並行でネットニュースもお願い。あと、テレビはニュースサイトにつけっぱなし。いろんな局見てね。携帯料金大丈夫なら、知り合いのブログ片っ端から訪問して、うわさ程度でもいいからなんでも調べて。こっちもいろいろあたるから」
「分かった」
同時作業なら慣れたものだ。団は幸祐が連絡網を受けた時点でまた連絡を取り合うと約束し、作業に入る。
朝のニュースでは、どこの局も高校生殺人事件を扱っていた。
○県F市の公立高校に通う男子高校生(17)が倒れているのを、通行人が発見。110番通報。男子高校生は病院に運ばれたが、死亡が確認された。死因は腹部による切り傷から失血死と見られている。
間違いない。ただの直感だが、死んだのは昨日鮮美とトラブルになっていた、東村数平だ。