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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第二章 小さな事件
11/81

2-6

――団が家にたどり着いたのは、八時を回ったころだった。防犯用として明かりはついているけど、中に人はいない。団はいつものようにラップがかけられた夕飯を温めた。

 レンジから温まった食品を取り出すと食卓で食べず、壁をぶち抜いて一続きにしたリビングに皿を持っていく。ガラステーブルに置き、テレビをつけ、機械的に咀嚼した。

 生徒手帳に張ってある時間割をぱらぱらとみて、今日中にやらなければいけない課題を確認する。明日も普通に学校だ。明日になれば鮮美は戻る。そう自分に言い聞かせて予習課題を開く。遅々として進まない作業に団は幾度となくシャー芯を折った。


カーテンを閉め忘れた窓から、白んでいく空が見える。団は耳障りな音を不快に思ってがばりと起きた。

「…うわ」

 テレビは垂れ流し。自分はしわくちゃの制服姿。ノートは開けっ放しでシャーペンが転がっている。…寝てた。何だこのライフスタイル。両親が徹夜とか連勤とか、家に帰るなりバタングーっていう姿を見すぎたから自分こそは規則正しい生活を送る社会人になろうと思っていたのに。

 団はテレビを消して、ノートを見やる。記憶が飛んでいる。別にアルコールを取ったわけではないけれど。――どうやら予習は全部やったらしい。昨日の自分に乾杯。

…ではなく。家事は全部ほったらかしだ。

「えーっと、これは…」

 やはり両親の影響で、破滅的な忙しさには慣れ、要領のかまし方も団は心得ている。

 時刻は午前五時。まずは乾燥機つき洗濯機に、籠一杯にたまっている洗濯物を放り込みながら自分は風呂。そのあと食料チェックして、自分の朝と昼、誰かが帰ってきたら食べられるように保存が利く食品を作る。いざとなったら自分の夕食用にもなる。この流れでいこう。

 団は携帯を通話可能な防水ビニールに包みながら風呂に入った。電話には親がいつ帰ってくるかの連絡が不定期でかかってくるので、肌身離すなといわれている。電話してくるのは急に帰れない緊急事態、つまり事件が起きたとき。メールを打つ間も惜しいという事で、携帯に早口で電話してくるのだ。買出しをするだのしないだのの比較的ひまな連絡は家の電話にかかることもあるのだが。…どんなときでも二コール以内に出ろとは、親ながらむちゃくちゃだ。授業中とか出れるか。

 シャンプーをしているときだった。着信音とバイブがセットで鳴る。団は泡まみれの手を浴槽にぶちこんで、軽く水を飛ばし携帯をつかんだ。

「…はい?」

少し不機嫌に出てみると、ざわざわとした様子が鮮明に聞こえた。

「団か?ちょっと管内で事件起こってな。でかそうなヤマだからしばらく帰れそうにない。着替えとかとりあえず三日分送ってくれないか?着払いでいいから」

「はいはい」

 刑事課に勤める父親からの電話は切れた。この仕事人間め。もう署に住め。

 こっちの仕事が増えたと思いながら、団は風呂から上がり、替えの制服を着ながらタオルで髪をごしごしと拭く。

 …また電話が鳴った。

 これも親孝行だと思い、手早くとって簡潔に受ける。

「母さん事件?」

 自分で聞いといてなんだが、たぶんそうだろう。父親のときとは比べ物にならないほど騒がしい音が聞こえる。大声や怒声や、ださ、ばささっ、どたーん。という音。…なだれかな。

「ええそうよ。サツ周りと現場取材と聞き込みまわるからしばらく帰れない。荷物だけ取りに行くから玄関先に五日分の着替えとカロリーメイ○と○○ジョイ、ウィー○―にリポビ○ン入れたかばん置いといてくれない?」

 よくもまあそんな食事と不規則な睡眠で倒れないな。あんたいくつだ。いつまで大手新聞社の社会部で第一線張るんだ。だが口にはしない。

「分かったよ」

 団は電話を切って首にタオルをかけ、食パンをくわえながら親の荷造りをする。

 着替えと洗面用具と栄養食品。父親にはとりあえず髭剃り、母親には予備の化粧ポーチでも入れとくか。休日にこういう準備は小分けにしているのでわりと楽だ。かばんの中にパンくずが入っていても勘弁。そこらへんは許してほしい。

 団は二枚目のパンをほおばりながら、タッパに白ごはんと冷凍していたしょうが焼きを入れた。時間はまだ余裕がある。コーヒーメーカーでコーヒーを作り、一方でお茶を沸かし、夕食の下ごしらえをしていたときだった。

 携帯電話がまたも鳴る。

 相手を示すディスプレイには、漢字二文字。親でもフルネームで電話帳登録している団は、かけてきた人物を思うと心が跳ねた。

 連絡先を教えても、かけてくることのなかった鮮美。

 苗字が下の名前にも取れる彼女は、誰からも深紅と呼ばれていない。ある種の近寄りがたさがあるせいだろう。教師を除くと呼び名はいつも「鮮美さん」だ。

 だから鮮美と呼ぶ団は、そう呼んでいるのを鮮美が許してくれていることで少しだけ親近感を持ってくれているのかと期待してしまうし、団自身も他の生徒より仲がいいと思っていた。また、おそらく呼べないだろう下の名前を呼ぶ妄想のようなものも入っている。

鮮美という姓を、彼女の下の名前だと思う、滑稽な妄想。

 団は戸惑って、二コール鳴っても出られないでいた。

 鮮美は昨今の高校生には珍しく、携帯電話を持っていない。パソコンメールも使えず、連絡手段は固定電話だ。向こうからの連絡は電話に決まっているのに、いざくると緊張してしまう。それに、昨日のことも。あれはなんだったのかと。…そんなの、話さなきゃなんも分からないじゃないか。コール音に急かされるよう団は意を決して携帯をとり、その勢いで通話ボタンを押した。


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