3話 ご指名いただきましたので
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事の発端はツアー中のアルバに歴史学者を名乗る男が無作法に話しかけたことだった。
「貴様が歴史博物館の有名ガイドか。ふん、こんな奴が歴史学者を上回る程の知識を有しているとは信じ難いが…」
「………お客様、申し訳ありませんがただいまツアーの最中でございます。ご要件を受付にお伝えいただき、少々お待ちいただけますと」
「は?そんな庶民どもに歴史を説いたところで何の役にも立たんだろう?なら貴様のその頭脳は歴史学者たる私が使ってやる方が余程良いだろう」
「それはお客様のお考えに過ぎません。ここに来てくださるお客様は帝国史に興味を持ち、少しでも知識を身につけて帰りたいと思ってくださる方々ばかりです。役に立つ、立たないは関係ありません。お引き取りください」
「庶民風情が意見するとは生意気な。貴様は私の言うことを聞けばいいのだ、さっさと私と共に来い!」
「お断りします!お引き取りくださいと申し上げているんです!」
「そうやって掴みかかるのは、学者のすることなのか?」
「なっなんだ貴様っ……て、帝国兵?なぜこんなところに」
「あんたにゃ関係ないだろう。で?見たところ貴族の何かしかであるあんたは、こちらのガイドさんの仕事の邪魔をすることが仕事なのか?」
「うるさい!貴様こそこのコピーニ=ペストスルーに対して無礼を働くことが仕事か?一兵卒風情が学者に偉そうに…」
「ちょっと待ってください。コピーニ=ペストスルー博士?つい最近帝国建国史について論文を出された?」
拳を免れたアルバが驚いたように声を上げた。
学者・コピーニ=ペストスルーは目を輝やかせながらレオナルドの手を振りほどき、アルバに詰め寄る。
「私のことを知っていたのか!なら話は早い、私と共に」
「あなたが出された論文はほぼ先達の研究者、学者の論文をそのまま使っていることを知らないとでも?」
突然の暴露に博物館中が静まり返った。
聞こえるのはヒソヒソと話す音と、ペストスルーの荒い呼吸音だけ。
「貴様何をっ」
「私は来館される皆様に帝国史をお伝えすべく、発表された論文は全て目を通しております。その上でペストスルー博士の論文を読みましたら、まぁ引用の多いこと。あなたの考察はどこにも見当たりませんでした。故に、私はあなたについて行きたくないと申し上げたのです。どうかお引取りを、そして二度とこの博物館へ足を踏み入れないようお願いいたします」
語気を強めたアルバの気迫にペストスルーは腰を抜かし、床に座り込んでしまった。
それを近くに控えていたのだろう執事風の男がペコペコと頭を下げながら、主人を抱えて出入口の方へと歩いていく。
その間にざわつく館内の収拾にあたっていたアルバは落ち着いた頃を見計らって兵士に声をかけた。
「兵士さん、危ないところを助けていただきありがとうございました。博物館にご用でしたらまず受付に…」
「アルバ!こちらの方は開拓騎士団団長のレオナルド=ダンダリオ様よ。あなたに用があって来館されたの。ここは私とイーサン達に任せて、館長室に向かってくれる?」
横からジーンが声をかけ、そのまま来館者を捌き始めた。
ヘルプに来たイーサンも、早く行ってくれ、とばかりにアイコンタクトを送ってくる。
アルバはお礼はするから、と声をかけ、改めて兵士・レオナルドに向き合う。
「開拓騎士団団長様と知らず、大変失礼をいたしました。館長室へご案内します」
「あぁすまない。ところで一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
「知り合いから凄腕のガイドと聞いて老齢の者を勝手に想像していたのだが」
先を歩いていたアルバの足が止まる。
「……団長様、初対面の人間に、そういうのは、言わない方が、よろしいかと」
なんだ、この失礼なやつは。
一悶着あって館長室。
ノックの後、ゲルフォルトの穏やかな声が聞こえてきた。
ドアを開け、先にレオナルドを通しアルバも中へ入る。
「突然の訪問、申し訳ない。開拓騎士団団長、レオナルド=ダンダリオだ」
「歴史博物館館長のゲルフォルト=ベッキオです。ルーラー選帝侯の書状、拝見いたしました。当館ガイドのアルバにも書状を見せてもよろしいでしょうか?」
「構わない。というよりも読んでもらう方が話も短くて済むだろう」
「…拝見します」
アルバはゲルフォルトから受け取った書状に目を通していく。
“国立歴史博物館館長殿
突然の書状で驚かれたと思うが許してほしい。私はモルテナウス=ルーラー、旧ウィルト王国領を任されている。
私の幼馴染で開拓騎士団団長のレオナルド=ダンダリオから"火の森戦役“に関係しそうな話を聞き、貴館に所属するそれに関する歴史に特化した学芸員がいることを思い出してね。
皇帝陛下も700年前の”火の森戦役”を起こすまいと考えておいでだが、年々増える国民に住む場所を提供するには森を開拓するしかない。
そうなると何かをきっかけに火の森戦役と同等のことが起こらないとも限らない、と。
故に、火の森戦役に詳しい者をガイドにつけ、ダンダリオ団長の問題を解決し、帝国の繁栄の一助となってもらいたい。“
要約ではあるが、内容はこんな感じである。
読み終えたアルバは顔を上げると、いつの間にか制帽を脱いでいたレオナルドが紅茶を飲んで待っていた。
よく見ると左胸や襟元には勲章が並んでいる。
──……左胸の最上段、あれは帝国建国記念日に功労者へ贈られる一等勲章。その横は開拓騎士団団長の証。博物館の中に歓声が聞こえるくらいの人気だもの、それ相応の実力者のはず。お化けとか平気そうな感じだけど……えっあの髪…──
レオナルドの黒髪に窓の光が当たってキラッと何かが光った。
なぜ気がつかなかったのだろう。
彼の一部だけ輝く蜂蜜色の髪に。
「団長様、その、髪の毛は」
「あぁ、曾祖母からの遺伝でここだけがなぜか蜂蜜色なんだ。曾祖母は素晴らしい魔術使いだったと聞いているから俺の誇りなんだ」
レオナルドはあどけない少年のような屈託のない笑顔を見せた。
これがギャップ、というやつなのだろうか。
「…アルバ、君の意見を聞かせてくれるかい?」
「……えぇ。でもまずは団長様の問題についてお話を伺ってから、私の意見を言いたいですね」
話をふられて驚いたのか、レオナルドはカチャンと音を立ててティーカップを置いた。
「お、俺の話、だな。笑わずに聞いてもらえると助かる」
「えぇ、どうぞ」
「よし……ここから北西に行った先の森を巡回していた際、子どもとも大人とも取れない不思議な声を聞いた。いや、聞いたというよりも耳元で囁かれた、が正しいかもしれない。その声は”ししおうがかえってきた”と言ったんだ」
「“ししおう”…?」
ポツリとアルバが漏らす。
窓から差し込む光でメガネが反射し、その奥の目は見えないが明らかに動揺している。
「何か知っているのか!?」
「い、いえ、帝国史で何人か“獅子王”の称号を冠した者がいたことは知っていますが、森の中で聞いたという話は初めてで」
「そうか…」
「ですが、森はかつて“言葉の民”が治めた領地。不思議な声を聞いたという話が無いわけがない」
動揺が落ち着いたのか、スッと立ち上がったアルバはにこやかに告げる。
「ご指名いただきましたので、ガイドさせていただきます」
「…!そうか、よろしく頼む!」
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