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1話 帽子のガイドさん

3/20 修正しました

 ウィリティング帝国首都・ウィルト市。

「火の森戦役」で功績を上げた騎士団の団長が築いた大都市。

その都市郊外に惑わせの森に接する形で建設されたのが「国立歴史博物館」である。


「……このように、火の森戦役で住処を追われた人々が残した物を回収、修復することで彼らが生きていた証拠となります。近くでご覧になられる際はお手に触れませんようお願いします」

「ガイドさん、この壺みたいなのも修復したの?」

「はい、当館が建設されてすぐに修復されたと聞いています」

「ガイドさん!このテントみたいなのは何?」

「はい、そちらは研究によりますと、生活用具に雨がかからないようにしておく簡易の倉庫のようなものです」

「ガイドさん」

「ガイドさーん」

「ねぇガイドさん」

 来館者たちは1人のガイドを立て続けに呼ぶ。

呼ばれたガイドは丁寧に聞かれた質問に答えていくが、到底1人で捌ける人数ではなくなってきた。

そこへ長身痩躯、ブラウンの長髪を緩く編んだ男が質問攻めのガイドの横に立った。

「ご来館の皆様、大変申し訳ございません。当ガイドは次のツアーの準備にかからなければなりませんので、残りのご質問に関しましては別のガイドか館長の私にお申し付けください」

 館長の鶴の一声にガイドは小さく安堵の息をついたが、来館者たちは納得いかない様子だ。

「せっかく“帽子のガイドさん”のツアーに参加できたのにもう時間なの?」

「私まだ“帽子のガイドさん”に答えてもらっていませんのよ?お時間いただけませんこと?」

 ブーブーと文句の雨霰に“帽子のガイドさん”が口を開いた。

「皆様、“帽子のガイドさん”をご指名いただきありがとうございます。私は命ある限りこの歴史博物館でガイド職を務めてまいりますので、また日を改めてご指名いただきましたらガイドさせていただきます。今後とも“帽子のガイドさん”ことアルバ・ノービレをどうぞご贔屓に」


 閉館間際の時間。

異常確認を兼ねて館内を散策中の“帽子のガイドさん”ことアルバの元へ、同僚が手を振りながら歩み寄ってきた。

「お疲れさまアルバ。聞いたぜ?今日もまた熱烈な来館者がいたって」

「お疲れさまイーサン。今日はサインを求められていないからマシな方だよ。お時間いただけませんこと?はあったけど」

「それを熱烈って言うんだぜ」

 イーサンはわざとらしく肩を竦めてため息を吐き、アルバは大袈裟だと笑う。


 “帽子のガイドさん”に爆発的人気が出たのは6年ほど前からで、とある貴族のご令息にガイドを行って評判が広がり、貴族・平民問わずガイドの申し込みが増えた。

 何も特別な対応をしたわけではない、とアルバは答えていたが、当時を知るイーサンはわかっていた。

 相手が貴族でも平民でも態度を変えることなく一貫して聞かれた質問に丁寧に答える、ガイドの基本中の基本を徹底しただけなのだと。

 丁寧さの中にどこか気品もあって、それでいて知性も持ち合わせているとなれば、貴族の面々も彼女は一体何者だ?と噂が広まりあちこちで“帽子のガイドさん”の名前が出る。


「まぁ、アルバの人気のおかげでこの博物館も有名になってさ、あちこちからお客さんが来てくれるわけだし?」

「私としては注目するのは帝国の歴史であって欲しいところだけど」

「それは俺だって思ってるよ。ただアルバの負担を俺が…」

「あ、落し物。イーサン申し訳ないけど受付に届けてくるから、点検任せてもいいかな?」

 アルバは壁の隅に落ちていたイヤリングをハンカチで拾い上げた。

 何かを言いかけたイーサンだったがアルバの申し出を断る理由はなく、アルバを見送るとがっくりと首を垂れた。

 たまたま通りかかった清掃員のおばちゃんに背中をぽんぽんと優しく叩かれたあと、とぼとぼと点検を再開したのであった。



 翌日。

この日も絶え間無い“帽子のガイドさん”指名でアルバは朝から多忙を極めていた。

昼休憩も取れていないほどに。


──……さ、流石にこの忙しさで昼抜きはまずい…


 なんとか合間を縫ってバックヤードに引っ込んだアルバは昼食用に持ってきていたサンドイッチに齧り付いた。

 ハムとレタスだけのシンプルなものだが、アクセントにマスタードを少し塗ってある。

丁寧に食べている時間もないので、行儀は悪いががっついてしまおう。

2つ目を食べ終え、3つ目に手を伸ばそうとした時だった。

「まま〜…ままどこ〜」

 3、4歳くらいだろうか、女の子の今にも泣きそうな声がバックヤード入り口から聞こえてきた。

アルバはサンドイッチに伸ばした手を引っ込めて、大急ぎで歯を磨き水を飲んでバックヤードの入り口に顔を出した。

予想通り、女の子が犬のぬいぐるみを抱きしめて座り込んでいた。

「こんにちは、小さなお客様。こんなところでどうしましたか?」

「…ぐす……っま、まが……ままがぁ〜うわぁぁん」

「あらあら迷子のお客様。一緒にお母様を探しに行きましょう」

 アルバは失礼しますね、と泣きじゃくる女の子を抱き上げて博物館の中をぐるっと1周したがなかなか見つからない。

 館内放送で呼びかけるために受付まで来たところで小綺麗な格好をした女性がキョロキョロと辺りを見渡していた。

「すみません、こちらの…」

「まぁエミリー!」

「!ままっ」

「お母様でいらっしゃいますね、良かった」

 はい、とアルバは抱き上げていた女の子を床に降ろし、母親に引き渡した。

 よく見ると母親の耳には昨日拾ったイヤリングと同じものが輝いている。

「失礼でなければ、なぜお子様と離れてしまったのかを伺っても?」

「はい……お恥ずかしい話ですが、昨日博物館の中でイヤリングを落としてしまって…今日娘を連れて探しに来たんです。祖母の形見なので絶対に見つけないとと思って探していたら娘を見失ってしまって」

「そうでしたか。今後落とし物をされた際はご自身で探して回るよりも、まずは受付にお問い合わせをお願いしますね。それと、お子様の手をしっかりと離さないように…ジーン、昨日預けたイヤリングの持ち主が見つかったよ」

 アルバは受付担当のジーンに声をかけ、昨日拾ったイヤリングを母親に手渡す。

 母親は大事に大事に受け取ると、両手でぎゅっと包み込んだ。

 娘の手を離してまで探すぐらいだ、よほど大事な形見なのだろう。

「……エミリーちゃん、でしたね。お母様みたいに手をぎゅーってしてみて下さい」

「ぎゅうぅ?」

「そう上手です」

 女の子がぎゅっと握った手をアルバが大きく包み込む。

小さくて丸くて可愛らしい手。

「お母様と一緒に食べて下さいね」

 そうして開いた手の中には小さな飴が4つ転がっていた。

「わぁ……ガイドさんありがとう!」

 先程まで泣いていた女の子は笑顔で母親と手を繋ぎ、博物館を出て行った。

 その姿を見送って間もなく、博物館の外が騒がしくなった。

黄色い歓声がやけに響く。

「何事?」

「開拓騎士団のダンダリオ団長が戻ってきたんですって!こんな明るい時間にお戻りなんて珍しいから、街のみんなが歓声をあげてるのよ」

 外の様子を見に行ったスタッフもやや興奮気味で答える。

(開拓騎士団、ねぇ…)

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