10話 報告
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皇帝の元に火急の知らせがもたらされた。
「ご報告します!惑わせの森遠征調査中のダンダリオ開拓騎士団が、何者かによる奇襲を受け負傷者複数名とのこと!」
「負傷者の数は」
「重軽傷合わせ14名、特別同行の歴史博物館ガイドのアルバ=ノービレ女史も重傷との報告です!」
「同行させた一般人に怪我を負わせるなど騎士団長は何をしている!陛下、即刻召喚し責任を取らせるべきです!」
横で報告を聞いていた内務大臣がキャンキャンと吠え立てたが、皇帝は静かに黙らせた。
「死者数の報告がないという事は、ダンダリオ団長は任務を全うしている。彼も少なからず負傷しているはずだ、手当と休息が取れ次第報告に参るよう通達せよ」
「陛下!?そのような処遇は甘すぎます!」
「では其方は、奇襲に遭い全力で抵抗し生きて帰ってきた者に奇襲に遭ったことが罪だと、儂に残酷な申し渡しをせよと指図するのだな?」
皇帝は執務室の椅子にもたれ、横に立つ内務大臣を見上げたその瞳に金色のような蜂蜜色のような模様が浮かんでは消えていく。
有無を言わさぬ重圧の瞳に、内務大臣は口を閉じ頭を下げて退室していった。
皇帝はやれやれといった風に長くため息を吐くと、体を起こし左下の引き出しを開けた。
休憩にどうぞと皇妃が持たせてくれた今日の茶菓子と数々の思い出の品が入っているその引き出しは、言わば皇帝の宝箱。
皇帝は宝箱の最奥にひっそりと隠すように置かれていた白い箱を開けた。
1冊の分厚い革手帳を取り出してパラパラとページをめくっていく。
──いやはや、何の因果かのぅ……
2ヶ月ほど前、たまたま公務に空きができ午睡の時間を取った時のことだ。
自室のロッキングチェアに揺られていると、クスクスと女子供の笑う声が聞こえた。
誰かそこにいるのか、と問いかけようにも口は動かない。
誰がいるのかと目を開けようにも開かない。
図書庫の 壁側 一番奥の棚の一番下 茶色の手帳を 探して
美しい女性の声だった。
鈴の鳴るような、春の木漏れ日に包まれているような優しい声音。
手帳とは何だ、と心の中で問うてみた。
手帳は手記 この手記はあなたの心許すものにしか見せてはならない
手記は手紙 この手記を読めるものにしか見せてはならない
心せよ 帝国の皇帝 手記は持つべきものの手に
一気に目が覚めた皇帝は共も付けず図書庫へと向かう。
不思議なことに誰とも会わずたどり着き、庫内ももぬけの殻だった。
女性の声に従い壁側の棚一番奥、さらに一番下に屈み込んで手帳を探す。
年季の入った本同士が折り重なっているその奥に隠される形で、綺麗な茶色の手帳がそこにあった。
丁寧に取り出して表紙をめくると、綺麗な字でこう書かれていた。
“この手記を読んでいるあなたへ”
“このページのみを帝国文字で書いています。どうかこの手記を古語が読める方に渡してください。そしてどうか、私たちの事実を知ってください。読んでいるあなたが心の優しい方である事を願って。”
“側妃 エ(涙の跡か何かで滲んで読めない)ノービレ”
皇帝は息を呑み服の中に手帳を隠して図書庫を出た。
自室は皇妃や子供たちもよく来るため隠せない。
であるならと、執務室の引き出し内宝箱の中に隠すことにした。
木を隠すなら森の中、宝を隠すなら宝物の中。
そして現在。
手記は誰にも見つからず、たった1人を除いて存在を知るものはいない。
皇帝は手記を箱に戻し何事もなかったかのように侍従長を呼び出すベルを鳴らした。
1分と待たず侍従長が現れ、ご用命をと頭を下げる。
「ルーラー卿をここへ。もともと彼との会合があったから城内にいるはずだ」
「かしこまりました」
「それから人払いを頼む。ネズミ1匹許してはならぬ」
「御意に」
侍従長は短く答えて退室した。
30分後、ノックの後に姿を現したのは呼び出されたモルテナウスだった。
「皇帝陛下、モルテナウス=ルーラー参りました」
「急に呼び立ててすまなかった。少し詰めたい話があってな」
皇帝の近くに寄れというジェスチャーに従い、モルテナウスは皇帝と机一つを挟む距離まで近づいた。
「お主のところには遠征部隊からの報告は来ているかね?」
「はい。森にて奇襲にあったと」
「よろしい。であれば例の手記の件を、遠征報告の直後に進めようと思うが…お主の考えを聞きたい」
「私の考え、ですか?」
「お主が幼い頃に出会ったという博物館の女史、あの者を今回の遠征に同行させた事を儂が知らぬと思うてか」
モルテナウスのポーカーフェイスが崩れる。
この皇帝、どこまで知っているのか。
「……そこまでご存じなのでしたら、今私が考えていることもお分かりなのでは?」
「それはお主の買い被りすぎよ。儂は魔術はからっきしだからな、カッカッカ」
「でしたら私から1つ」
「…聞こう」
「帝国内の歴史学者をも凌駕する知識の持ち主の彼女を、遠征の功労者として招聘する方が大臣たちも文句は言えないでしょう」
「学者たちのように爵位でも与えると?」
「褒賞は選択肢を与えれば良いのではないでしょうか。私の部下に彼女の人となりを調べさせましたが、地位財産に目が眩むような欲深さは見られなかったと報告を受けておりますので」
ふむ、と皇帝は顎髭を撫でつつ何やら考え、悪い事を思いついた子どものように無邪気に微笑んだ。
「女史の人となりについては儂が直々に見るとして、お主の言うとおり遠征の功労者として招聘する書状を出させよう。お主も同席すると言えばレオナルドも断れまい」
「私も、ですか?」
「お主がおらねば、なぜノービレ女史の遠征同行を許可したか説明できぬであろう?それに手記の件もお主抜きではできぬ」
皇帝は椅子の背にもたれかかりニコニコと笑っている。
「儂はな、モルテナウスよ。この帝国の起源を知りたいのだ。そのために地獄のような事実を突きつけられようとも、それを受け入れる覚悟は出来ておるよ」
モルテナウスは皇帝の覚悟に最敬礼でもって応えた。
皇帝が覚悟を決めたのだ、自分も知る覚悟をしなければならない。
たとえそれが、地獄への渡し船になろうとも。
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