9話 "言葉の民"
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「説明しろ、アルバ=ノービレ。これは騎士団長命令だ」
レオナルドの命令が森の中にこだまする。
アルバは血で汚れた眼鏡を外し、レオナルドに向き直って告げた。
「草陰に隠れていたもう1人の"言葉の民"による攻撃を弾き損ねました。まぁ団長様がご無事ならそれはそれで」
「違う!キミは一体何なんだ!」
レオナルドの突然の剣幕にアルバはビクリと肩を跳ねさせた。
横目でリッキー達を見ると、武器を構えてジリジリと警戒の体勢を取っているのが分かった。
「……皆さんのご想像通りの者です。そこに転がっている男と同じ、"言葉の民"です」
アルバは持っていた短剣の持ち手部分をウィリアムの方に向けた。
「ずっと気になってそうでしたから、お貸しします。私の命の次に大事なものなので、必ず返してください」
ウィリアムは小さく頷いて短剣を受け取り、1歩後方へ下がった。
その間にモゾモゾと動いた男が、口に入れられていた手袋をようやく吐き出してレオナルドとアルバを睨みつけた。
「おいお前、今ノービレつったか」
「お前に発言の許可は」
「うるせぇごちゃごちゃ言ってねぇで答えろ」
「…ノービレですが」
「マジかよ……お前、ノービレのくせに帝国の犬に鞍替えしたってのかよ?ふざけんじゃねぇ…お前がいなくなったせいで俺たちがどんな思いで」
「ちょっと本当に黙ってくれるかな」
男の口がチャックのようにムギュっと閉まり、文字通り喋ることができなくなった。
アルバは鬱陶しそうに髪をかけあげて深呼吸し、レオナルドに深々と頭を下げた。
「レオナルド=ダンダリオ団長に対し、信頼と信用を裏切る結果となりましたこと、誠に申し訳ございません。烏滸がましいことを承知の上で進言させて下さい。一度拠点に戻り状況確認をお願いします。皆さんの傷の手当が優先と存じます。ご心配されずとも、私は貴方様に着いていき尋問を受ける所存です」
こうしている間にもアルバの足元には左肘下から流れ出た血で血溜まりができ、リッキーたちも擦り傷や切り傷で汚れている。
レオナルドは大きくため息を吐くと、鎧の裾飾りの布部分を引き裂いて頭を下げ続けるアルバの左腕を巻き始めた。
「っ団長様何を」
「大事な情報源を失血死させる訳にはいかないからな。戻るぞ、リッキーこの男を捕虜として…」
バチンとムチを打つような音ともに拘束していた男が森の奥に消えていった。
追おうとした一行の目の前に屈強そうな別の男が立ちはだかる。
「同胞は返してもらうぞ………その銀髪、なぜ生きて…いや今はどうでもいい。貴様らの幸運もここまでだと思え」
屈強そうな男は木の影に溶け込むように姿を消した。
「とにかく戻るぞ。アルバ、キミもだ」
天幕は異様な空気が漂っていた。
それもそうだ。
ただの調査遠征のつもりが、奇襲にあって重軽傷を負わされたのだから。
死者が出なかっただけでも幸運だった。
さらにそこへ、レオナルドがアルバを横抱きにして慌ただしく戻ってきたことでさらに異様な空気は加速した。
「救急セットを1つ俺のところに持ってきてくれ!それから国に救援要請を頼む!」
「団長これを!救援要請の早馬はすでに走らせています!」
「いい判断だ」
レオナルドはそのまま団長用の天幕に入っていく。
アルバを椅子に下ろし、左腕の布を外して傷を洗い流し始めた。
青い顔で痛みに耐えるアルバを後から入ってきたメルダに任せ、レオナルドは自分の机にもたれかかり様子を窺う。
結局アルバは森を出る直前に失血による貧血を起こし動けなくなってしまった。
気丈に振舞ってはいたものの、血の気の引いた青い顔はレオナルドに焦りを呼び寄せた。
思わず考えてしまった。
この人を失ってしまう、と。
──俺は……俺は一体どうすれば……
「団長さんの、すべき事は何ですか」
いつものハキハキとしたアルバの声が聞こえた。
レオナルドはいつの間にか俯いていた顔を上げると、正面に向き合う形でアルバが座り、止血しきっていない左腕を三角巾で吊った状態でも毅然とした態度でこちらを見ている。
彼女は覚悟を決めたのだ。
「“言葉の民”アルバ=ノービレ、開拓騎士団長様の尋問をお受けいたします」
「…なぜキミはそこまで自分を律していられるんだ?」
「そうあれかし、と育てられたからです。私の生まれ育った家は特に、己を律し、言葉を大切に扱い、我らの王…族長たる者を守護せよと教えられてきました」
「我らの王とは何だ」
「“紐持ち”の中で森に選ばれた者。森に住む妖精たち…私たちは隣人と呼んでいましたが、あの子たちが森の言葉を代弁するんです。それを聞いて私たちは選ばれた者を王とし、統治を任せるのです」
「では世襲制ではないと?」
「かつては、としか。奇襲を仕掛けてきた彼らはどうなっているかは分かりません。何分、私は森を離れすぎました」
「ならばキミの知っている一番古い情報は何だ」
「一番古い…“火の森戦役”、ですね」
沈黙が流れる。
とんでもないワードが飛び出したものだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。“火の森戦役”は帝国の建国史として扱われるものだぞ、歴史学者たちがあれこれ講釈を垂れている事を話すわけじゃ」
「私が当事者だ、といえばいいですか?」
「とう、じしゃ…?いや、待て待て、待ってくれ。そんな事ありえないだろう?“火の森戦役”は600年も700年も前の話だ、そんな長い間生きている人間…なんて…」
嫌だ、認めたくない。
目の前で毅然としている彼女が、まさか。
そんなレオナルドの心境を汲んでか、アルバは困ったように微笑んだ。
あぁ、彼女は、本当に。
「…王国兵が侵攻してきたことに王は反攻に出る事を指示し、私も私の家族も皆、王と共に抵抗しました。争いの中王国兵が放った火魔術が木を燃やし、気を取られた瞬間に私は頭部に傷を受けて動けなくなりました」
「アルバ!大丈夫か!」
「申し訳ありません、私のことはもう」
「何言ってんの!あなたは生き残らなきゃ!」
「でも姉さん…こんな怪我じゃ、どうしようも」
「エル!もうここはもたない!泉に民たちを誘導するぞ」
王は木を焼く炎を操り大きな壁を作り上げる。
王国兵はしばらく足止めできるだろう。
「行くぞアルバ、もう少しの辛抱だ」
「泉に着いた時の記憶はありません。王に抱えられた所までは覚えているのですが…目覚めた時には決着がついていました。森は半分焼け落ち、森で死んでいった仲間たちを乱雑に扱う王国兵に歯向かおうとしましたが動けなかった。黒焦げになった根や蔦が足に絡まって止められた…私は森に生かされ、悪夢を繰り返し見せられて、今ここにいます」
誰も何も言えなかった。
壮絶すぎたこともそうだが、教えられた歴史と違いすぎる。
自分たちの前身となった王国兵が粗暴を働いたなど、信じられない。
「ならどうして…どうして憎いはずの帝国で博物館ガイドをやっているんだ。そんなもの、キミにとって苦痛でしかないだろう?」
レオナルドの振り絞るような声に、アルバは目を閉じただ微笑んだ。
「どうしてでしょうね…最初は憎くて憎くて仕方がなかったけど、街で暮らす人たちを見ていくうちに森に住んでいた仲間たちを重ね始めてしまったんです。復讐したところでみんなは帰ってこないし、失った森の半分は戻らない。苦痛はあれど、一種の諦めですね」
アルバは気怠そうに深呼吸した。
話に夢中で気が付かなかったが、三角巾越しに血が滲んでいた。
「アルバっ」
「…もう1つ、お話しましょう」
「ダメだ、キミの体調が最優せ」
「今しかないんです!」
ふう、ふう、と肩で呼吸をしながらアルバは声を荒げた。
呼吸を整え、静かに告げる。
「今日一番の調査結果ですよ、レオナルド団長。“ししおう”は帝国の歴代獅子王の事を指すのではありません。正しい発音は“スィ・シ・オゥ”、私たちの古来の言葉で種を撒く王という意味です」
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