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道具  作者: 筑紫川やなせ
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パーティ(2)

今回から鍵括弧と()を一字下げしないで書きます。


 囁きが広まる中、淡々と一花は道を歩む。

 その横目で、ひそひそと令嬢が顔を歪めていた。


「見て。あのドレスとアクセサリー。高級店でしか買えない、最高級品ですよ? いったい誰のお金で払ったのでしょうね?」


「そうですわねえ。それも大変興味深いですが」


「聖女様がいきなり『ご加減を崩された』件について、あのお方に聞きたいですわ」


 片方の令嬢がくすりと笑い、扇子で口を隠す。


「聞きましたわよ。その前にアイゼンベルグ令嬢が『紅茶を淹れるのが非常に得意』だと噂になっていらっしゃったことも。なんとも奇怪ではございませんこと?」


 くすくすと笑い合い、一花に視線を向ける。軽蔑と享楽が交じっていた。





「「ボルトン伯爵様のおなりです!」」


 その瞬間、大きな声が響いた。楽団が音楽を止め、場はしーんと静まりかえる。


 コツン、コツンと階段を降りる音が響いた。


「皆様。本日はパーティにお越しいただき、感謝いたします」


 貴族の視線の先には、上品で濃いグレーの服を着た男性が立っていた。しわがれたどこまでも響く威厳の放つ声だ。


「それでは、始めましょう」


 伯爵がシャンパングラスを掲げると、先ほどとは違った音楽が流れ始める。静寂は一気にざわめきにかわり、パーティが始まった。




 オープニングダンスが始まり、周りの目は中央に集まるが、一花は気にも留めず壁際でリジェクトを探し続けていた。


(黒髪、青い目……)


 一花はマリーから聞いた、リジェクトの特徴を心のなかで反芻する。


 一花が辺りを見渡していると、ざわざわと音がした。いつの間にか令嬢たちはほかの男性と腕を組み中央へと向かっている。


「あら、お似合いですこと」


 くすりと小さな声で令嬢がささやいた。勝ち誇ったような侮蔑の視線で一花を睨む。ほかの令嬢たちもその様子を見てにやけていた。


「…………」


 令嬢が通り過ぎたあとも、一花は無反応で笑いながらリジェクトを探そうと歩いていると、いつの間にか壁際に一花だけがぽつりと残っていた。


『早く義務を果たしなさい』


 一花の脳内に母親の声が聞こえる。ボロリと一花の景色が色あせていく。彼女はよりいっそう暗く沈んだ目になり、その手は陶器のように冷たくなっていた。


 そんな時だった。


「お久しぶりです」


 いつの間にか横に並んでいた男に、一花は反射的に顔を向ける。


 視線の先には、海のように深い青色の瞳、闇夜のように溶けて消えてしまいそうな黒髪の男、リジェクト・エラルドが立っていた。


「占いの通りだな……」


 ぼそりとつぶやくリジェクトの声は一花に届かない。彼は彼女に手を差し伸べ、怪しい笑みを浮かべる。


「僕と一曲、踊りませんか?」


(義務)


 一花はすぐに差し伸べた手を受け取る。手袋越しの彼の手はじんわりと温かい。


「はい」


 一花はにこりと笑う。その顔を見てリジェクトは少し口を開けた。


(……もしかして、本当に記憶喪失なのか? てっきりまた変なことを考えているのかと……)


 あとで考えようとリジェクトは目を瞑り、一花と腕を組む。彼女の身体はリジェクトが驚くほど冷たかった。


「それでは、行きましょう」


 一花たちが中央へと足を進めた瞬間、ざわめきが起こった。


「嘘でしょう?」


「何を考えているの?」


 周りの貴族の視線が突き刺さる。一花ではない。リジェクトだ。その視線には軽蔑動揺が交じっていた。


「私生児の分際で……」


 その声を聞いた瞬間、リジェクトは少しぴくりと眉を動かした。


「……気にしないでください。よくあるんです」


 リジェクトは一花に笑顔を向ける。何を考えているのかは彼女にはわからない、いや彼女にとってどうでもいいことだった。


 やがて、曲が始まったときリジェクトは足を動かし始めた。一花もそれに続いてくるりと一回転をする。

 

 毒のズキズキときしむ体を隠し込んだ、軽やかな動き。


 完ぺきな所作、すぐに消えてしまいそうな危うさ、計算された真似事の笑み。


 その姿は、まるで生きているとは思えないほど美しかった。


 その様子を見て周囲からはまたもやざわめきが起きる。



「これがあの令嬢なのか? 非常に荒々しいと噂だったが」


「もしや、本当に記憶をなくしたのではないか?」


「だが……何はともあれ、本当に美しいダンスだ」


 その言葉を聞いた瞬間、周りの空気が一変した。


 一花を称賛し、その姿に見惚れるものもいる。


 そんな中、令嬢たちは気に入らないかのように一花を鋭く睨み、ひそひそと話し合っていた。




「……ずいぶんと賑やかになりましたね」


 リジェクトが辺りを見渡す。


「当たり前ですね。渦中の令嬢がいるんですから」


「あなたが居合わせたパーティで聖女の毒殺未遂事件が起き、王家に資金の横領という名目で婚約破棄をされる。終いには記憶喪失……」


「話題にならないほうがおかしいですよ」


 リジェクトはダンスの回転に合わせて一花の耳元へささやく。


 仲睦まじげに話しているように見えるが、実際には冷たい空気が流れていた。


「冤罪でしょう?」


 リジェクトはふっと笑う。一花はリジェクトの瞳を虚ろに見上げた。


「……ボルトン伯爵家は庭が美しいと評判らしいですよ。あとで庭で待ち合わせをしませんか?」


 庭で話をしよう、という提案だろう。かすかに一花の動きが鈍った。


(……王家と関わりを持つ)


 母親、バレッタの顔が脳裏に浮かぶ。


「……わかりました」


 一花が返答をしたあと、リジェクトは彼女に顔を近づける。


「ボルトン伯爵家には廊下に庭へと繋がるドアがあります。そこから行ったほうがいいでしょう」


 社交界において若い男女二人だけで行動するのはスキャンダルにつながる。リジェクトはそれを避けるために提案したのだろう。


 一花はこくりと頷き、やがてダンスは終わった。


 リジェクトと別れたあと、一花が廊下に直行しようとする。


 しかし、彼女ぞろぞろと複数人の令嬢に囲まれた。令嬢たちは笑っているものの、目の奥は笑っていなかった。



「大変すばらしいダンスでしたわ。さぞ練習されたのでしょう」


 取り巻きのトップの令嬢が、口に扇子を当て目を細め、一花をじっと見つめる。


「ええ、まるで過去という重荷をすべて『どこかへ置いてきてしまえる』ような軽やかさ、私のような凡人にはとても真似できませんわ」


 取り巻きの令嬢が口に手を当てた。


「聖女様にもぜひこのお姿を見せて差し上げたいですわ。ですが、その時には毒見もしっかりとしないといけませんわね?」


「何が入っているか、たまったものではありませんもの……」


 トップの令嬢は扇子越しにでもわかるくらい醜く顔を歪ませていた。取り巻きの令嬢たちがクスクスとあざけるように笑う。


(さあ、どう反応するのかしら? いくら着飾っていようとダンスが上手くとも、あなたの醜い内面は隠せないのよ?)


 トップの令嬢はくすりと扇子越しに口を三日月型に描く。


「…………」

 しかし、一花は笑っていた。その姿に令嬢たちは少したじろぐ。


「……殿下にも陽だまりのようなあの御方がお似合いでしょう。あなたには少々荷が重すぎますもの」


「そうですわ。公爵令嬢という肩書だけがあなたの取り柄ですもの」


 動揺して一花に苦し紛れの皮肉をぶつける。その瞬間、一花はお腹に合わせていた手を動かし始めた。令嬢たちは来たかとぴくりと反応する。


「……お褒めいただきありがとうございます。申し訳ないのですが、用があるので行ってもよろしいでしょうか?」


 一花がドレスの裾をつかみ一礼をする。令嬢たちは目を丸くした。


 こんなことをされたら過去のバレッタなら叫び、令嬢に襲いかかろうとして周りに止められていたはずだ。


 そして令嬢たちは「談笑中にいきなり怒り出してしまいましたの」と、うるうると演技くさい涙を浮かべ肩を震わせていただろう。


 ただ、一花は違った。一花の目は怒りでも、悲しみでも、軽蔑でもない、何の感情も籠っていない。他人事のように事実を眺めていた。


 取り巻きの令嬢たちはたらりと冷や汗を流す。


 何も言わない令嬢たちに対し、一花は庭のもとへ行こうとする、その時。


 ドンッ


 バランスを崩した一花が体を庇おうとしたときには、硬い大理石の地面の強く鈍い音が響いていた。


 一花のドレスの裾に、トップ格の令嬢の体重がかかっている。


 ドレスに足をかけた令嬢は一花を突き刺すように睨む。その目には馬鹿にされたという屈辱が混じっていた。


 地面に這いつくばった一花を令嬢たちは驚きながらも、すぐに嘲笑し始める。


 しかし、一切の痛みも無さそうに、人形のように立ち上がろうとする一花。令嬢たちは恐れおののき、化け物を見るような目で逃げていった。



(……痛い)


 一花はドレスで隠れた足首を見つめる。骨が削れたような鋭い痛みが走っていた。足首の痛みが、全身に広がる毒の痛みと混ざり合っていく。


(……瓶を取り替える……庭に行く……)


 一花は顔色一つ変えず、痛みをこらえて立ち上がる。普通なら気絶するような痛みだが、そこにはただ目的を果たさなければならないという義務があった。






 やがて一花が廊下に出向くと、リジェクトに教えられたそれらしい扉が見えた。


 彼女がドアを開けると、華やかなパーティとは無縁の、喧騒の月夜が広がっていた。冷たい空気がひやりと体を針のように刺す。


「来ましたね」

 扉の横から声がする。一花が横を向くと、そこにはリジェクトが立っていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。励みになります。

次回予告 リジェクトの提案

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