パーティ
午後十三時。パーティ当日の日に、一花は淡いピンク色に染まった湯船に浸かっていた。
甘い薔薇の匂いがたちこみ、一花をつつむ。
「失礼します」
マリーが一花の身体に触れ、念入りに磨き上げる。ダンスの過度な動きがたたったのか、身体を触られるたびにズキズキと毒の痛みが走った。
風呂に浸かったあと、マリーは一花の髪を入念に触る。クシで丁寧に髪をとき、少しカールのかかった、光がキラキラと反射した髪を纏め上げる。
「お嬢様。動いても結構です」
しばらくしたあとマリーが鏡を見せる。三つ編みでハーフアップに纏め上げられ、髪から覗くイヤリングがキラリと光っていた。
髪を結んだあと、マリーは紫色のドレスをクローゼットから取り出す。高級店で急遽買った、襟元が詰まったドレスだ。
上質なシルクで丁寧に縫い上げられ、ふんわりとしている。
ーーそして、風呂から四時間後。姿見には見違えるほどしとやかで、気品にあふれる令嬢が映っていた。
サラサラとした髪が結い上げられ、桜色の艷やかな唇。思わず使用人も見惚れるほど綺麗だ。
「それではお嬢様、私たちも公爵様に続いて向かいましょう」
一花とマリーは早々に玄関ホールへと向かった。
一花たちが玄関ホールへ着くと、公爵たちが待っていた。
「おい、遅……」
ヴィルバートが一花をみた瞬間、動きが止まる。それに続いて公爵も一花を見ると、同様に目を見張らせた。
(……家族に挨拶をするのがマナー……それがルール)
「お待たせいたしました。公爵様。ヴィルバート様」
一花はドレスの裾をつかみ、しとやかに頭を下げた。
「あ、ああ……」
ヴィルバートは時間差で動き出し、一花から逃げるように馬車へと向かった。公爵は目を見張るままだ。
「大変申し訳ございません。公爵様」
そこにマリーが沈黙を破った。深々と頭を下げ、公爵に許しを乞う。
「……ああ、特に問題はない」
はっとした公爵はヴィルバートに続く。
(……セリティア)
馬車に向かう道中、公爵の頭にバレッタそっくりの女性が浮かんだ。にこやかに、そして美しく笑っていた。
そして、一花も同様にマリーに促されるように紋章が施された馬車へ乗る。マリーはその後続の馬車へと乗っていた。
馬車の中、ヴィルバートは何も言わず、ただ馬車の外を眺めていた。公爵も下を向き、黙々としている。それに対して一花はにこにこと場違いに笑っていた。
地獄のような沈黙が数十分続き、馬車は止まった。使用人が馬車の扉を開け、階段を下ろす。
公爵とヴィルバートは先に階段を降り、一花もそれに続こうと足を進める。
「待て。お前、自分で降りるつもりか」
ヴィルバートは少し不機嫌そうな目つきで、ため息をつきながら一花に手を差し出す。
一花は少し動きを止めるものの、ためらいもなくヴィルバートの手をつかんだ。
「ありがとうございます。ヴィルバート様」
「……ああ」
一花を馬車から降ろすと、ヴィルバートはすぐに公爵のあとをついていった。
「お嬢様」
石畳の上をマリーが白い息を切らしながら走ってくる。
マリーは手早く馬車で少し乱れたドレスの裾を直す。
「これで大丈夫です。お嬢様……」
マリーが一花をみると、一花の手が寒さで少しかじかんでいた。ぶるぶると震える手に気づくと、マリーは若干表情を曇らせ、きょろきょろとあたりを見渡す。
「……失礼します」
マリーは一花の冷たい手を握る。
「……よく、弟たちや妹たちが寒さで震えるとき、手を握るんです」
マリーの手は暖かった。陽だまりのように暖かさに、一花の手は次第に溶けていく。
「…………」
一花は何も言わず、マリーの手を見つめ続けていた。
「それでは、失礼いたします」
マリーは頭を下げ、夜の闇に消えていった。一花は公爵たちのあとを追い、ドアの光へと進んでいく。
「ねえ、聞きました? アイゼンベルグ令嬢の話」
あざけるように笑い、貴族の令嬢がほかの令嬢に語りかける。
「ええ、自分で毒を飲んだそうですね。しかも記憶喪失だとか」
「いくら王家の資金の横領で婚約破棄をされたとはいえ、そんなことをするとは……」
ーーカツン
きらびやかなシャンデリアが輝いた部屋で、ハイヒールの音が響いた。
令嬢たちはちらりと音の方向へ視線を向けた。貴族の屋敷に、一花が入る。
途端に、一花に視線が刺さった。しかし、一花は物怖じせず微笑みを浮かび続ける。
(……わたしは、やることをやるだけ……)
一花の目的はただ一つ。リジェクトに接触し、王太子の小瓶を回収すること。
暗闇の廊下に、ある男が佇んでいた。
「あなたは今日、運命的な出会いをするでしょう……ラッキーカラーは紫色……」
新聞の端にある運勢を見て、男は新聞をくしゃくしゃに丸める。
「運命ってのは、自分で掴むからいいんだ」
男、いやリジェクト・エラルドは、不敵な笑みを浮かべていた。
波乱の予感ですね。
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