虚飾の笑み
公爵家のパーティ会場に戻る前、リジェクトが一花にぽつりと口にした。
「先程の話は、令嬢の主導ということで」
リジェクトはふっと笑みを浮かべた。
「……はい」
一花はすぐに返事をした。その実リジェクトから何を言われているが理解できていなかったが。
♢ ♢ ♢
一花たちがパーティ会場に戻ったあと、貴族の視線が集まる。じっと一花たちを睨み、ひそひそと話し合っている。
その中である男が一花たちの目の前に表れ、ぺこりと一礼をした。
「第二王子様、公爵令嬢様にご挨拶申し上げます」
私は〇〇家の〇〇と申しますという退屈な定型文を述べたあと、貴族は口を開けた。
「先程、公爵様と新しい事業のやりとりについて話しているのが聞こえ……」
「差し支えなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
男は作り笑いを浮かべて答える。その裏には何を企んでいるか暴いてやろうと下卑た笑みを浮かべているのは、リジェクトには明白だった。
周りの貴族は別の話題を話し合っているものの、耳を一花たちへと傾けていた。
「ええ。もちろんです」
リジェクトは笑みを浮かべる。その笑みは先ほどとは違い、穏やかで無害そうだった。
「令嬢の主導で、ある事業の相談を公爵様にしていたんです」
「令嬢の主導……ですか?」
男は目を丸め一花を見る。一花は、一瞬間をおいて目を細めた。
「はい。私の主導です」
リジェクトが目を伏せる。
「公爵様も構想を気に入っていただけまして、ぜひ支援をさせていただきたいと」
貴族から若干ざわめきが起こった。リジェクトは予想していたと言わんばかりに周囲を見る。
「令嬢の構想ですって」
「あの令嬢が?」
「公爵が支援を?」
「それほど仲がいいのかしら」
「二週間前のパーティでも令嬢の介抱をしたらしいわ」
様々な噂が綱渡りのように広がっていく。リジェクトはその様子を嘲るものの、顔には出さなかった。
「それで、その構想とは?」
男が質問をする。一花のほうに向けて。リジェクトがじっと一花のほうを見つめる。
「わかりません」
「え?」
一花は首を傾げる。
「わかりません」
周りの空気が、一瞬凍った。男は馬鹿にされていると考えたが、あまりにも淡々に知らないと言うものだから、その考えは消え失せてしまった。
リジェクトは慌てて口を出す。
「これからの構想の行き先についてですか? それならまだわかりません」
(この状況を理解していないのか?)
リジェクトは一花の言葉を思い出す。
『義務を果たすことが、私の存在価値なのです』
(……もしかして)
リジェクトは眉をひそめて一花を見た。
「ああ……。構想の内容についてです」
貴族の男はなんだというふうに肩をすくめる。
「言えるのは福祉に関する事業ということだけです。ですが、令嬢はとても商売に造詣が深いのは確かですよ」
リジェクトは流れるように嘘をついた。彼の特技だ。
「……そうですか」
ですがと続けて、男は一花の方を見る。
「お二人の仲がそこまでいいとは知りませんでした」
貴族の視線が集まる。リジェクトは穏やかな笑みで、心でせせら笑いを浮かべる。
「……ええ。僕もこのような仲になるとは想像がつきませんでした」
リジェクトは一花を見る。彼は以前のバレッタの後ろ姿を思い浮かべていた。
♢ ♢ ♢
「おい、バレッタ」
一花の目の前に、ヴィルバートが現れる。リジェクトと離れている間、人の間を割ってきたのだ。
丁度誰もいない壁のあたりで、ヴィルバートは一花の前に立つ。
「はい」
一花はにこりと笑顔を作る。ヴィルバートは眉をひそめて、小さな声で話す。
「お前、事業などと……」
「第二王子と結託して何を企んでいるんだ」
ヴィルバートを一花をきっと睨む。その目は正義感と義務感にみなぎっていた。こいつの横行を暴いて、お父様に報告してやろう。そのような意思が目ににじんでいた。
「私は義務を果たしているだけです」
一花はにこりと胸に手を置き答える。ヴィルバートは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前、いつまでその演技を続けているんだ」
「不愉快なんだよ。気持ち悪い」
ヴィルバートは馬鹿にしたような顔で一花を見下ろす。
「そんな演技をしたところで、誰もお前なんか見ないんだよ」
一花の手がぴくりと動いた。ただ、変わらず笑顔でヴィルバートを見上げる。
「……ヴィルバート様は、私に何をしてほしいのですか?」
ヴィルバートは怪訝な顔で目を細めた。
「……その演技を止めろと言っているんだ」
「私は演技をしていません」
「ですのでその要望に答えることはできません」
ヴィルバートはあっけにとられた顔で一花を見つめる。
「……お前、本当に記憶を無くしたのか?」
一花はバレッタの言葉を思い浮かべ、目を細めて答えた。
「はい」
ヴィルバートは目を開き、顔を伏せた。バレッタに暴れてほしかったかのように、残念そうに、不快そうに。
「……もういい」
「お前とは会話する価値もない」
ヴィルバートはそそくさと人混みの中に紛れていった。最後まで自分が勝ち誇ったかのような顔で。
「お話は終わりましたか?」
すると、リジェクトが後ろからスタスタと現れた。彼は笑顔でヴィルバートの後ろ姿を眺めていた。
パーティ会場のシャンデリアがキラキラと輝き、一花のイヤリングが揺れる。リジェクトはそれをちらりと見た。
(……情を持つな、か)
リジェクト自身、情を持ち込みすぎていることにはとっくに気づいていた。ただ、どうしても彼女を見ていると過去の自分の写し鏡を見ているようで、こそばゆい気持ちになるのだ。
(今までの行動を見て確信した)
この女は本当に命令に従わないと生きていけない人間なのだと。
以前の性格との乖離の原因はわからないが、あの父親から察するにこの性格がアイゼンベルグの影響なのは確かのようだ。
(……ならば)
(奪えばいい)
リジェクトは一花に手を差し出し、自身の胸に手をそえる。
「……アイゼンベルグ令嬢」
「今度事業の視察のために、街へ行きませんか?」
彼は拒絶を許さないほど完璧な笑みで、少しの慈悲と、少しの試みを加えた表情を浮かべた。
「これは計画に必要なことです」
一花はその言葉を聞くと、すぐに返事をした。
「はい」
貴族たちがざわりと囁きを立て、また突飛のない噂が広がっていく。ただ、渦中の人物の心情は、ここにいる全員が読み解くことはできなかった。
リジェクトは一花の耳に近づき、ひっそりと言う。
「それと、先程の言葉は気にしなくていいんですよ」
「…………どの言葉ですか?」
一花の返答にリジェクトは思わず笑いそうになった。
「気にしてないなら構いませんよ」
リジェクトは笑みを浮かべた。
♢ ♢ ♢
一花、主にリジェクトが他の貴族と会話をしているあっという間にパーティは終盤に近づいてきた。
このパーティで様々な噂が立った。貴族は爪弾き者のリジェクトとあの悪女の関係を話土産に持っていくにちがいない。
来客が帰って行く中、リジェクトは公爵のほうへと向かい頭を下げた。
「公爵様。今宵は素敵なパーティへと招待していただき誠にありがとうございます」
リジェクトは公爵へと冷ややかな視線を送る。
「いえ、私も事業の話を聞けて貴重な体験ができました」
公爵は低い声で答えた。あの警告をまた喚起させるかのような、どすのきいた声だ。
「では僕はこれで……」
リジェクトは最後に一花に視線を送りパーティ会場を後にした。
♢ ♢ ♢
パーティが終わり一悶着したところで、重々しいドレスから解放された一花は、再び療養のためベッドから出ることを許されなかった。
暗闇の部屋で一花はぼーっとベッドに横たわる。
ベッドの布がさらりと一花の肌を包んだ。暖炉の灯りが暗闇の部屋を明るく照らす。
一花は、ヴィルバートの言葉をぼんやりと思い返していた。
『誰もお前なんか見ないんだよ』
ヴィルバートの視線はどこまでも冷たく、「 バレッタ」を憎んでいるものだった。
「…………」
一花は母親と父親を思い浮かべる。母親の彼女を見る視線は、「葉山の女」、そして「都合のいい道具」としてしか見ていなかった。
ゆっくりと考えているうちに、一花はゆっくりと眠りに落ちる。
マリーやリジェクトを思い返すと、彼女の手は少しだけじんわりと温かくなった気がした。




