「いらっしゃい。珍しいね、こんなところでお客さんに会うなんて」
「貴方は……、街で噂の地下迷宮の商人ですか?」
「噂になってるのかな。よくわからないけど、商人であることに間違いはないよ」
「どうやってここまで? ここは、地下迷宮の攻略最前線地域ですよ? 商人どころか、有力な冒険者ですらここに辿り着くことは困難なのです」
「まあまあ、そんなことはいいじゃないか。僕は商人で、君は冒険者。ならやることは1つだろう? どんな商品をお求めで?」
「……、別に求めてないですけど……。回復ポーションや食料があれば購入しましょう。ここに来るまでに大量に消耗してしまいました。この階層の残り攻略はボスだけ。手持ちの分だけでは心許ないです」
「優秀な冒険者達だね。僕の予想では何人かは死ぬと思ったんだけど」
「……、見ていたのですか?」
「さて、どうだろう。君たちが攻略を開始したときからずっと後ろにいたのかもしれないし、偶々このフロアで会っただけかもしれない。おっと、武器を構えるのは辞めてくれよ。僕は非力な商人だよ? そんなに敵意を見せられると、怖くなって反撃してしまうかもしれない」
「非力な商人? 貴方が? あの【開闢者】は非力なボスモンスターということですね。SSS級冒険者パーティが3つ合同で討伐に取り組み、30年振りに地下迷宮の開拓が進むという快挙だったのですが」
「よく【開闢者】を倒せたよね。流石は黄金世代の象徴達だ。特に、君は凄まじかった。どんな固有技能を持っているのかはわからないけど、アレを倒せるだけの破壊力を秘めた攻撃なんて初めて見たよ」
「その【開闢者】との戦闘の際、貴方が何故かあの場にいたことを私が知らないとでも?」
「優秀だね。気付かれていたのか」
「他の誰も気付いていなかったので、不思議に思っていました。誰に聞いても、そんなやつはいなかったと……」
「まさか気付かれているとは思わなかったよ。素晴らしい才能だ」
「貴方は、敵ですか?」
「へぇ……。そうとも言えるし、違うとも言える。君はどっちかな?」
「何を……?」
「まだ、早いかな。君はまだ、その領域にいない」
「どういうことですか?」
「それがわからないうちは、どっちでもないよ」
「はあ……。よくわかりませんが、今は敵ではないようですね。それで、回復ポーションはあるのですか?」
「ああ、食料と回復ポーションだったね。今の手持ちはこれぐらいだけど、いくつ買う?」
「……」
「どうしたの?」
「これをどこで手に入れたのですか?」
「創ったんだ。僕は商人であり錬金術師でもある。魔道具だって売ってるよ。興味があるなら見せようか?」
「貴方がこれを? これは50階層のボスモンスターが落とす希少なアイテムを使用した最高級の回復ポーション、いえ、回復という次元を超えたモノです。使用すれば死者ですら生き返る。地上ではこれを【神々の薬】と呼んでいますよ。作成できる錬金術師がごくごく少数である為、市場に出回ることは殆どありません。素材となるボスモンスターも、SSS級パーティでなければ討伐できませんし」
「そうなんだ。良い情報を聞いた。なら売らないほうがいいね」
「ええ。これを誰かに売ってしまえば、貴方を地上に連れ帰るような依頼が出ることでしょう。【神々の薬】を数百本持ち歩いている商人なんて、希少にも程がある」
「情報のお礼に、この食料や回復ポーションは無料でいいよ。じゃあね」
「え、ちょっと待って……。消えた?」
「イリア様! 大丈夫ですか!? ……、どうなさいました? その食料やポーションは?」
「どうなさいましたって、どういうこと?」
「突然イリア様が消えたので、魔力を追跡して探しに来たのですよ」
「ずっとみんなといたはずですが……。あの、街で噂になっている商人と話したでしょう?」
「商人……? なんの話ですか?」
「……。なるほど、何故私だけが彼と話をしていたのかわかりました。神々の薬というレアなアイテムを目の前に、どうしてみんな驚かないのか。そして、私が1人になっていることに、私が気づかなかったという事実も」
「あの、眉唾物の噂ばかりの商人が居たのですか?」
「そうですね。……、ちなみに、その眉唾物の噂とはどのような話ですか?」
「いくつもありますよ。歩いただけでモンスターが弾け飛ぶとか、ボスモンスターをデコピンで倒したとか。一番突拍子もないのは、その商人自体がこの地下迷宮の主であるという話ですね」
「地下迷宮の、主」
「まあ、商人としての腕は勿論、冒険者としての腕も相当なものなのでしょうね。イリア様がここで会ったということは、その商人は誰にも見つからず、ここまで到達したということでしょうし」
「売っている物も相当、いえ、理解を超えた物だった」
「そこまでの商人なのですね……」
「はい。地上に帰ったら、国王に進言しましょう。あの商人を敵に回してはいけない」