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第4話(最終話) 綿詰めの恋

「……僕が早く生まれ変わることを祈ったから、安心させようとずっと隠れてたみたいです」


 翌日、事務所にて。

 膝の上でケイが作ってくれた小さなボールにじゃれているマシュ丸のぬいぐるみを見ながら眉間を押さえる。


 あの後、僕は廃ビル内でケイに起こされた。


 悪霊には気を失う直前で打ち勝てたらしい。

 取り憑かれていた男性も栄養失調や体を傷めてはいたが、命に別状はなかった。

 安堵していたところに当たり前の顔をして現れたのがぬいぐるみに入ったマシュ丸の霊である。


 主人想いの忠犬ではあるだろう。

 ただ、凄まじい拍子の抜け方をした。

 これより前からチラッと姿を現すくらいしても良かったんだぞ……!


「マシュ丸がこの中に入ってるの? マジで? 動くぬいぐるみは沢山見てきたけど自分が作った子が動くのって凄い体験だわ……」

「その、ケイのぬいぐるみはこういう用途と相性が良いみたいですね。普段はここまで馴染まないので。まるで生きてるみたいですよ」

「! たっくさん想いを込めたからね! もしかしてこの特技を活かせば今後も布伏さんの役に立てるんじゃない?」


 そう笑いながら言ったケイに「結構真面目に役に立ちますよ、というかこちらから協力を依頼したいです」と伝えると再び「マジで?」と口にして固まってしまった。

 フリーズしてるなら重ねて色々伝えてしまおう、と僕は言葉を続ける。


「正式に弟子として紹介してもいいレベルだと思うんですよ。僕にはまだ自信はありませんが、あなたとなら共に成長できる師弟を目指せそうなので」


 僕なんかが責任を持てるかはまだ未知数だ。

 しかし共に過ごしてきた時間のおかげで、この子のためならなにがなんでも責任を持ってこれからの道を示したいと思えるようになった。

 僕にとってはとても大きな変化だ。


「そこでですね、ケイ。うちの実家に来ませんか」

「ほあ!?」

「奇声!?」

「いや、別の意味に聞こえただけ!」


 また不思議なことを言うなと思いつつ実家へ向かう約束を取り付ける。

 父からしたら孫弟子だ。

 今までは見習いどころじゃないほど形だけだったけれど、ケイのぬいぐるみの有用性がわかったからにはその使い方を話し合うためにも紹介しておいたほうがいい。


 そう思い「父にも紹介します」と伝えると、ケイは再びおかしな声を発した。



 僕の実家は東京から三つほど県を跨いだところにある。

 まあまあ大きい家だが田舎だからだろう。

 そうケイに説明すると「無自覚こわ!」と即座に返された。本当に田舎で大きいだけの家なので少し不服だ。


「まぁ緊張しなくていいですよ。……と言いつつ、僕は僕で緊張してるわけですが」

「怖いお父さんなの?」

「いや。でも仕事に関しては別でして……。今回の件を説明するのに僕のヘマを伝えることになるんで説教ルートかなぁと」


 情けないところを見せてすみません、と言うと凄い勢いで首を横に振られた。


「布伏さんは情けなくなんかない。むしろ人として尊敬してるもの」

「そ、尊敬? 僕を?」


 そう、とケイは頷く。


「仕事で使うぬいぐるみは汚れもなくて綺麗だったでしょ。布伏さんは人形が怖いのに丁寧に扱ってた。それだけでぬいぐるみ作家の目から見ても尊敬できる」


 すごいよと言い重ねられてむず痒い気持ちになった。

 好きな子にここまで言われて嬉しくならないなんてことがあるだろうか。

 これから父親による説教が待っていようが耐えられるくらいだ。


(やっぱり好きなんだよな……すごく好きなんだよなぁもう……)


 師匠失格だと思っているとケイがつんつんと袖を引いた。


「あのさ」

「はい?」

「門をくぐる時だけでいいから、手、掴んでていい?」


 緊張して、とか心細くて、などの理由は言わず、ケイはそれだけ短く伝えてこちらを見上げた。


 いやもう玄関の中に入っても掴んでていいですよと食い気味に言いたかったが、ぐっと堪えて「いいですよ」と笑みを浮かべる。

 するとケイは安堵した様子で笑みを返した。


 手を握られる。

 細くて柔らかい手だ。とても温かい。


 浮ついた気持ちで門をくぐり、名残惜しく思いながら手を離して玄関へと向かう。

 よし、ここからは師匠としてしっかりとしなくては。

 ケイに不安を与えてはならない。


 そう思っていたのだが、玄関の戸を開けるなりぬいぐるみが靴棚の上に飾られていて腰を抜かしそうになった。

 件の僕にトラウマを与えたぬいぐるみだ。


 前は居間にあったのにわざわざ玄関に移したのか!?

 しかもガラスケースに入れて!?

 背景に季節に合ったポスターまで貼って!?

 頭に乗ってる帽子は手作りか!?


 少し見ない間にオシャレになった女の子のぬいぐるみ。

 それを凝視していたケイが目をまん丸にして言った。


「こ、この子だ! 私の探してた子!!」

「――えっ!?」


 先ほどとは異なる驚きを込めてぬいぐるみを再度見る。

 ……合縁奇縁というのは人形相手にも使える言葉だったらしい。


     ***


 父に挨拶を済ませ、その後にぬいぐるみについて訊ねたところ、それを初めて見つけたのはケイの出身地と同じ場所だったと判明した。


 寂れた公園に霊の入れ物になった人形が落ちており、手作りだろうに酷い状態だったそれを不憫に思った父が祓って連れ帰ったそうだ。

 しかし家で他の霊の触媒にされ、そいつが僕を狙ったわけである。


 二度も取り憑かれたぬいぐるみ。

 今回の件で二度も取り憑かれかけた僕。


 まさかこのぬいぐるみに親近感を感じる日が来るとは思ってもいなかった、と帰るために再び向かった玄関で思う。

 父は忙しくて見送りには来れなかったが、ケイのことは気に入った様子だった。

 とても特異な才能のため、活かし方については後日改めて話し合おうという話になっている。恐らく霊が二度も憑いたのもケイの才能の影響だったんだろう。だとすれば本当に強力だ。

 それまでに知人や友人からも意見を聞いておいてくれるらしい。


 こういったパイプは僕にはまだないので素直にありがたい。

 ――案の定説教をされ、それ自体には耐えられたもののケイの前で子供のように叱られたこと自体に受けたダメージはそれなりだったが。


「……あ、でもこのぬいぐるみがケイの目標だったのなら、師弟関係も終わりなのでは……、そ、その、この子、連れ帰りますか?」


 自分で言っておいて動揺してしまった。

 敢えて大きめの声で訊ねるとケイはきょとんとしてから微笑む。


「何年もこうして飾って可愛がってもらえてたなら、それでもう十分だわ。ありがとう。……本当にありがとうね」

「わかりました、……あの……僕、短い間だけどケイと師弟になれてよかっ……」

「なに言ってるの、まだ弟子は続けるわよ?」


 え、とケイを見る。

 彼女はにんまりと笑っていた。


「でも目標は達成しましたし、それに除霊師の師匠としてはまだまだ未熟だと今回の件でバレたと思うんですが……」

「布伏さんって心配性よね」


 ケイは「私はあなたの弟子を続けたいの」とはっきりした声で言った。


「それにね、私の成長を見てほしいし、あなたの成長も見たいもの」


 まだ師匠として未熟って言うなら見せてくれるんでしょ?

 そう言ってケイは僕の顔を覗き込む。


 彼女のそんな姿が眩しく感じられた。

 まだ人形は怖い。けれど好きな子の頼みなら頑張れる。

 心の中でそう即答できたことが、なんとなく成長のように感じられた。


「ええ、そうですね。成長か、……」


 今の僕ではこの子に気持ちを伝える気にはなれない。

 師匠として、ではなく人間として。

 だが成長した後なら、また違った心持ちで向き合えるのではないだろうか。

 自分に師匠は務まらないと思っていたのに、いつの間にか変化があり、この子の師匠でありたいと思えたように。


 気持ちを伝えた結果がどうなろうが、そのすべてを受け止められるくらいに成長したい、そう思う。

 僕は今ここで出せるなけなしの勇気を振り絞り、それでいて余裕を見せようと努力しながら袖を引いていたケイの手を軽く握った。


「師匠としてだけでなく『僕』の成長を見せられるように頑張りますね、ケイ」

「ひゃ!? あっ……うん! 楽しみにしてるわ!」

「じゃあ嫌じゃなければですけど――今から僕のことは武見って呼んでください」

「っえ!? な、なんで。いやその全然オッケーだけどっていうか嬉しいけど!」


 真っ赤な顔が可愛らしい。

 この感想もいつか正直に伝えられるようになろう。


「僕だけ呼び捨てはズルいじゃないですか、それに」


 そう思いながら笑みを浮かべ、決意を込めながら伝える。


「成長を見せるって言ったところなので」


 ――人への感情もまた、綿のように少しずつ詰められていくものなのだろう。

 彼女によって今の僕になったのなら、それを少しずつ見せていきたい。

 小さな第一歩だけれど、僕としては上々ではないだろうか。


 その背を押すように、懐からマシュ丸の小さな鳴き声がした。

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