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チャプター1 ⑨

 ブリッ! ブリブリブリブリィイイイイイイイイイ!


「――ピッグズだ」


 知ってますとも。今のオナラの音で、目を瞑っていても、あんたがピッグズ・ダーニング警部補だってことがわかる。

 空気を入れて膨張しているかのようにまん丸いお腹とお尻。身長一六〇センチ弱、体重百二十キロ超えの極太な図体(ずうたい)を、取調室のドアに押し込むようにして現れたピッグズが、テーブルを挟んで俺の対面に座る。


 メキャキャ! とパイプ椅子の悲鳴。


「署長から聞いたかもしれねぇが、俺がお前さんの審査官を務める。既に警察官として働いてるってことだから基礎は省略するとして、今からやるのは異能課(ウィルセクション)へ入るための適性試験だ。言っておくが、異能課(ウチ)は万世橋署の中でもダントツの危険(ヤバイ)仕事を回される部署だから、血を見るなんてザラだ。そのへんの覚悟はできてるか?」


 プゥ! 

 と、ピッグズはまた屁をこいて、鼻の上に載せた黒縁メガネの奥で目を細めた。白い肌をテカテカさせた、大福みたいな顔は真剣そのもの。異能課(ウィルセクション)のナンバー2としての威厳が漂っている感じがする。


「覚悟はあんたが登場する前からできてる。宜しく頼むよ」


 本来であれば、相手は目上なんだから敬語を使って当然だが、この世界のやたらと洋画チックな台詞回しの雰囲気に呑まれ、俺もそれっぽく答えてしまう。


「これも忠告しといてやる。俺に嘘は通用しねぇ。これからお前さんに能力を見せてもらうが、ハッタリもごまかしもすぐに見抜くからな? お前が持ってる全力を出し切れ」


 プゥウゥウゥ! 


「ベストを尽くすさ」


 試験の補佐としてテーブルの傍らに立ち、手に持ったボードに何やら書き込む鈴を一瞬見た俺は、かっこいい感じの声を出す。

 アクアは巡回の当番で出動したので、ここにいるのは三人だけだ。


「では始める。ケツの穴締めてよく聞け」


 プゥッ!  プゥゥウ!

 ピッグズは、早漏のタイプかもしれない。


「お前さんの意志能力(フォース・オブ・ウィル)はどんな能力だ? 詳しく説明しろ」

「本来なら見えないはずの光景を、まるで映画を見ているみたいに、左目で見ることができる能力だ。その名も【観客視点(ザ・ヴィジョン)】」

「その能力は、自分の意志でしっかり制御できるのか?」

「……ああ。もちろん」


 嘘です。


「どんなものでも見えるのか? 例えば、壁の向こうの光景は?」

「見える。遠く離れた他の場所の光景も見えるし、ものの動きをスローモーションで見ることもできる。相手の攻撃をゆっくり見ることで、それに合わせた対応が可能だから、この能力を使っている限り、俺に攻撃は当たらない」


 まだ一回しか体験していないので確証はありません。そうであって欲しいと思ってます。


「ほぅ? そいつは興味深いな。試しにこの俺の豪速パンチを躱してみせろ」


 (おもむろ)に上着を脱いだピッグズが立ち上がり、ものすごい大振りのパンチ、もといフックを打ってきた。

 急に都合よく能力が発動するわけもなく焦った俺だが、あんまり大振りだったので余裕で避けられた。


「なるほど。少しはやれるみたいだな」


 プスゥ。プスプス。

 静かなる屁を放ち、ピッグズが椅子に戻る。

 メキャガキャッ! と椅子の悲鳴。


「モノを透過して見ることはできるのか?」

「俺の左目に、不可能は無いぜ?」


 もうこうなったら、とことんやり切ってみよう。ここで採用されなきゃ、エンディングまで立ち回り辛くなりそうだし。


「栄治。俺に嘘は通用しないと言ったよな? ほんとうにできるんだろうな?」


 プリッ。

 やばい。小さな屁と同時に、ピッグズの目がカッ! と見開かれた。無言の殺気が漂い始めた気がする。


「あ、ああ。例えば、あんたの服の中も、その気になれば見える。所持している武器から、パンツの色までな」


 彼の目力に気圧され、ついどもってしまう俺。


「……鈴のパンツの色は何色だ?」


 バキッ! 

 ピッグズが俺にそう質問した瞬間、傍らで記録を取っていた鈴のペンが、彼女の握力でへし折られた。


「そ、それは……」


 無論、俺に鈴のパンツの色なんてわからない。能力が発動していないからな。発動さえしてくれればいくらでもガン見するんだが。


「どうした? 早く言わねぇか!」


 と、ピッグズが血走った(まなこ)を俺に向けた瞬間、

 スパアアアアアン!

 鈴の持っていたボードが、ピッグズの顔面を直撃して砕け散った。ピッグズの黒縁メガネも砕け散り、複数の破片が彼の顔に食い込んで血が出た。


「ッ⁉」


 俺は恐怖を覚えた。確かに、異能課(ウィルセクション)で血を見ることはザラみたいだ。


「わからねぇのか? なら、残念だが実力不十分と見るしかないな」


 プ~ゥウッ!

 ピッグズが平静を装って試験を終わらせようとする。

 俺は必死に記憶を呼び起こす。確か、映画の小ネタ集に、鈴の愛用しているパンツの情報が

あったんだ。


「――そうだ! ライオンさんの可愛らしいパンツだ!」


 どうにか思い出した俺はすぐさま答えた。


「突き刺すにはどっちがやり易いかなー?」


 鈴が、まるで無感情なロボットのように光彩を欠いた瞳で、砕けたボードの破片を手に取り、

その尖った部分を見比べてる。


「いいだろう。磨田栄治、お前を合格とする。ようこそ、異能課(ウィルセクション)へ」


 ブリブリブリィィイイイイ!


「地獄へようこそ、栄治。改めてよろしくね?」


 鈴が指の関節をバキバキ言わせながら微笑んだ。

 合格した喜びと同時に訪れた恐怖に、俺は引きつった笑みを浮かべた。



   ★



 パンツの件で鈴から鉄拳制裁を受けたものの、腰を落ち着けて働ける場所をもらえた俺。


「きゃーっ⁉ なにこのドア! 誰か修理業者を呼んで!」


 巡回を終えて戻ったらしいアクアが、俺が面接のあとで鈴に殴り飛ばされてブチ破ったドアを見て悲鳴を上げた。

でも、同僚たちはみんな揃って、『またか』とため息をつく程度のリアクションしかしない。

 罵声も怒声も破壊も悲鳴もぜんぶ、日常茶飯事なんだろうな。


 見てる分にはコミカルだけど、輪に加わってみるといろいろヤバイなここ。

 鈴は手加減しているとはいえ、殴られるのだって普通に痛い。たぶん、俺はここで文字通り叩き上げられて強くなるか、あるいは死ぬ。

 食らい付いて、前者になるぞ! そうすれば、現実の世界へ戻っても上手くやっていける。

 そんな決意を胸に、夕方にかけて鈴たちに万世橋署を案内してもらい、日常業務のあれこれの基本教育を受けた。


「それじゃ、パトロールがてら、簡単に街を案内してあげる」


 鈴が肩を回しながら言った。

 警察は街のパトロールを毎日欠かさず実施するが、実施する時間やルートは日によってあえてズラしている。決まった時間に同じ場所しかパトロールしないのでは、街全体の平和を守ることにはならないからだ。


 現実世界の秋葉原と、今俺がいる映画の世界の秋葉原は、建物や道路のレイアウトがほぼ同じ。これが街全体に当てはまるなら、案内してもらわなくても対処できそうだ。

 自他が認めるオタクの俺は、アキバ界隈にもよく行くからな。

けど、どこかに現実世界とは大きく違う箇所がないとも限らないから、俺は何も言わず鈴についていく。


「栄治はまだ新米って言ってたけど、運転の経験は?」


 駐車場へ来て、鈴が言った。


「運転なら任せてくれ。これでも技能試験に一発で受かったんだ」


 この映画の撮影では、実際の日本のパトカーが使用されていたこともあって、駐車場に並ぶ車種は馴染みのあるクラウンだ。

 パトカーは車の免許を持つ警官なら誰でも運転できるわけではなく、【普通技能検定A級】と呼ばれる運転試験に合格する必要があるんだが、俺はそれを一発でクリアした。


 鈴が映画で見せるようなド派手なカーアクションの経験はさすがに無いが、俺が今居る映画は、【フォース・オブ・ウィル】の第一作目。カーアクションの場面は、映画の中盤に鈴が見せる一回だけ。俺がやらなきゃならない場面は無い。


「なら、お手並み拝見と行こうかしら?」


 眉を開いた鈴は、運転席を俺に譲った。

 鈴の誘導に従う形で、ハンドルを握る俺は路上へと繰り出す。

 首都高速一号線の高架下を潜り、神田川沿いに浅草方面へ。


「このあたり、昼間はそうでもないんだけど、夜になると酔っ払いが揉めたりするの」


 やっぱり、鈴に案内してもらって正解だ。現実世界では、このあたりに飲み屋街は無いのだが、映画の世界だと、川沿いに飲み屋の建物がずらり。

 街のレイアウトは同じでも、立ち並ぶ建物は別物だったりするんだな。

 もうすぐ夕飯時ということもあって、営業を始めている飲み屋がちらほらある。


「そこ、路肩に停めて」


 言われた通り、俺はパトカーを路肩に寄せ、ハザードランプを点灯する。


「今日はここらへんのお店に巡回連絡(じゅんかいれんらく)なのよ」


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