チャプター4 V・A・A!!! ②
「スカージ、これは警告だ。まだ抵抗するなら、罪が重くなるぞ」
俺はそう言って、渾身のスイングを見せる。その使い方、剣じゃなくてバットやん。
瞬間、うまい具合にブラックホールの事象が書き換えられ、これまで吸い込んでいたものを
吐き出し始めた。
おかげで、今までは上方へ吸い上げられそうになっていた鈴たちが、今度は上方から吐き出
される力で床に倒されてしまった。
ブラックホールからは、吸い込まれてそうめんみたいに伸びていた安倍が巻き戻し映像みたいに戻ってきて、そうめんサイズからスパゲッティーサイズに、そして人の形へと徐々に回復。鈴たち同様、床に押し付けられた。
「ぐうぅッ! お、の、れ、ぇええええええええええええええええええッ‼」
自らの能力までも俺の【想征剣・疑似継承】に改変されたスカージが、上方からの重圧に耐えきれず、怨嗟のような雄叫びを上げて倒れ伏した。
「スカージ・ヴィンセント。お前を殺人未遂、並びに、器物破損の現行犯で逮捕する!」
俺はスカージの喉元に剣を突きつけ、言い放った。
勝負あったな。不格好な活躍ではあったが、なんとか全員を死なせずに済んだっぽい。
と、一人だけ安心ムードの俺だが、俳優状態の俺は様子がおかしい。
「おい、マクレーン! まだいるか? この能力の止め方を教えてくれ!」
『悪いが俺もよくわからねぇんだ。俺のときは確か、戦場の瓦礫か何かでずっこけて、頭を打った衝撃で止まった記憶があるが、確証は無ぇぞ?』
俺の問いにマクレーンが答えると、
「だったらわたしに任せなさい。おりゃあああ‼」
鈴が上着を引き裂いて、背に生えた翼を大きく広げた。そして持ち前の怪力で重力に逆らい立ち上がると、ドシン、ドシンという体格以上の重量を思わせる足音を響かせ、俳優状態の俺へと歩み寄る。
「栄治。わたしが駆け付けるまでの間、よく一人で頑張ったわね」
鈴は、激闘で生じたアドレナリンをかき消すほどの美しい笑顔を、俺に向けた。
「できればもう少し、被害を抑えたかったところだけどな。これは帰ったら始末書地獄だ」
照れ隠しで苦笑を浮かべる俺。
「幸い死人は出さずに解決できたんだし、あんまり気にしないの。わたしも一緒に書くから。あ・と・は」
眩しい笑顔で俺の目の前に立つ鈴。俺は俳優状態。そしてもう一方の俺は傍観者状態という奇妙な構図。
こ、これは傍観者の立場から言わせてもらうと、あれですよ! アクション映画とかでよくある、吊り橋効果的な心理で惹かれ合った主人公とヒロインの、き、キスシーンですよ!
「わたしがあんたの尻拭いをやって、ハッピーエンドよォッ‼」
そう叫びながら、鈴は俺の脇から胴部に腕を回し、バックドロップで投げ飛ばした。
ですよね。マクレーン曰く、能力止めるには頭に衝撃が必要ってお話ですもん。
せめてチョップとかにしてくれれば――。
傍観者の俺がそんなことを思いながら見つめる先で、俳優状態の俺が博物館の床に頭からめ
り込んだ。その瞬間、傍観者側の俺も意識がブラックアウトするのだった。
★
その後、セイヴは自分が犯した過ちを認め、反省の態度と共に、能力を解除。そうして目覚めた署長やピッグズを始めとする異能課の面々が博物館に駆け付け、事件は収束した。
セイヴは、後から宣言通りに駆け付けた鴉の同行依頼に同意。病院で怪我の治療を受けた後、統括センターに赴いて意志能力の登録を済ませ、改めて警察署で取り調べを受ける話でまとまった。
安倍は白目を剥いて気絶したまま病院へと搬送され、スカージも、ピッグズとアクアのコンビに見張られる形で病院へと向かった。彼らはすべての治療を終えた後で再度、身柄を拘束される手筈だ。
俺と安倍も異世界人とはいえ、本来なら統括センターで能力を登録しなければならないらしいが、安倍はあの状態だし、俺は俺で事件の後処理でとても手が空かない。だから、鴉からしばらく猶予をもらうこととなった。
マクレーンはというと、【想征剣・疑似継承】を継承したら消えるとかって話だったのに、未だにマントの背後霊状態でピンピンしていた。
『まさか、俺ってやつは永久にこうなのか⁉ 【なかなか死なない】って言ってもよぉ、限度ってもんがあるだろうによぉ』
と、嬉しいんだか悲しいんだかわからない涙を流してる。
「あなたのお父さん、とても娘思いな人ね。わたしの両親はそうじゃなかったから、よくわかるの。……不思議なのだけれど、あなた達みたいな親子関係を守ることが、わたしの理想なんじゃないかって思ったわ。今までの罪をきちんと償って、別の道からもう一度、理想を目指すつもりよ」
去り際、セイヴは鈴にそう言っていた。
「あなたの罪状は、武装組織を利用してお金をせしめたってだけでしょ? その額が額だから、
それなりの刑期がつくかもしれないけど、若いんだし、まだいくらでもやり直せるわ」
「わたしをそこまでで止めてくれたのは、お巡りさん。あなたのおかげよ? 忘れないわ」
「俺? 俺なにかしたっけ?」
自分を指差して、俺は直近の記憶を辿るが、鈴のバックドロップもあってか、蜂刺されがとてつもなく痛かったことしか思い出せない。
「――したわ。人助けをね」
と、セイヴは微笑を残してパトカーに乗せられ、病院へと去っていった。
応援が駆け付けたあと、再度出現し、償いとでもいうかのように傷口を舐め続けてくれていたセイヴの蜂が、俺の肩と鈴の腕から離れ、パトカーに着いていく。
おかげで、俺たちの怪我は病院に行くほどのものではなくなっていた。
セイヴの蜂すげぇ。
「頭は平気?」
飛び去る蜂たちを見送りながら、鈴が聞いてきた。
「俺はまともな人間だぞ」
「そういう意味じゃないわよ。さっき投げたじゃないの」
「ついに死んだかと思ったけど、何故かピンピンしてる自分が恐いぜ」
「死ぬわけないでしょう? 手加減したもの」
「タイル張りの床に穴が開くほどのパワーでよく言うぜ! 余計な始末書増やすなよ! これが映画の世界じゃなかったら頭陥没してるところだぞ!」
一件が片付いて少しは心が安らぐかと思ったけど、全然そんなことなかった。
「あの程度で音を上げるなんて、まだまだね。――って言いたいところだけど」
鈴はクスっと可愛らしく笑って、
「いい顔になったわよ? あんた」
バチィン! と俺の背中を叩いた。
「いってぇ! 背骨が粉々になったらどうすんだ⁉ 軟体動物は御免だからな⁉」
ほんと、鈴と一緒に仕事してると心身が嫌でも鍛えられるよ。
映画【フォース・オブ・ウィル】のパート1はこれで完結だ。
安倍の言っていたエンディングは、そろそろか?
恐らく俺と安倍は、自動的に元の世界――あのワンルームのアパートへ戻るのだろう。
なら、ここらで、鈴とお別れか。
「……なぁ、鈴。時間いいか? 言わなくちゃいけないことがあるんだよ」
「なに?」
と、首を傾げる鈴。彼女はどうしてこんなに可愛いのか。
俺は深呼吸して、覚悟を決める。これでお別れなら、言っておきたいことがあるんだ。
「俺、もっと強くなるよ。鈴に負けないくらい、立派な警察官になってみせるから」
「ど、どうしたのよ急に、……強くなってくれるのはいいわ。頑張りなさい? そうすれば、わたしの肩の荷が下りるってものよ」
ああ、なんというか、達成感もあるけど、やっぱり寂しいな。
「……」
俺が言葉を紡げず、鈴を黙って見ていると、彼女の顔がまた赤くなってきた。




