チャプター4 V・A・A!!! ①
《観客視点発動・新規能力=【想征剣・疑似継承】との連動開始》
闇の中で、左目にそんな文字が立て続けに表示された。
そして、視界が開ける。
そこは博物館の展示ホール。左目の【観客視点】が、映画を観ているかのように戦局を映し出している。
俺は、まるで神視点のごとく、あるいは幽体離脱したかのように、第三者の立場で戦場を俯瞰した状態になっていた。身体の感覚が全く無い。
これは直感でわかる。まさに、俺は今この場を、観客として見ている。
「床の短剣が消えた! 来るわ!」
鈴が叫び、その場に緊張が走る。
「【グリーンホーネット】! 守って!」
「Never Never Never Never Never Never‼」
セイヴが蜂の群れを呼び戻し、味方陣営の東側の半円を覆うように展開。
一方で、鈴が西側の半円にかけて銀の拳を連打。
こうして円を描くように防御網を展開し、スカージ神父の攻撃を防ごうとする二人だったが、
「行動が〇・五秒、遅れましたね」
彼女たちの防御網をすり抜け――その内側に立ったスカージ神父が、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「後ろ!」
「っ⁉」
鈴とセイヴが即座に振り返る、まさにその瞬間。
「運命は私に味方するッ!」
スカージが上段から振り下ろした短剣が、マクレーンへ拳を突き出していた俺の右腕を切り落とした。
だが、痛みも衝撃も無い。
鮮血が上方のブラックホールに引かれ、俺の右腕と共にブワリと吹き上がる。
「神のご意思に逆らう不届き者たちに、正義の裁きを!」
スカージは短剣をぐるりと一閃。背中合わせの鈴とセイヴの首を切り裂いた。
「セイヴ、あなたの望みは叶いますとも。私が社会構造を組み直した暁に、社会そのものが、全人類の養護施設となるのですからね!」
手向けとばかりに豪語するスカージだが、短剣から伝わる感触に違和感を覚えたか、眉を顰めた。
短剣は鈴とセイヴの首を的確に捉えた軌道で通過した。
ところが、変化がない。
恐らく、神父は切った感触が無いのだろう。
「……私としたことが。切ったつもりが、スカをしてしまいましたか!」
スカージはもう一度短剣を振るう。しかし、やはり切った感触が無いらしい。
彼にとって奇妙なことは他にもあった。スカージは俺たちとほぼ同じ位置にいるから、時の流れも同じはずである。つまり、一撃目から数秒が経過している今、俺たちが微動だにしないのはおかしい。スカージに対して何らかの反応を示すはずである。
見れば、切断したはずの俺の腕も、元通りになっているではないか。
「なんだこれは? この妙な感じは、何らかの能力か⁉」
得体の知れない違和感を抱いているのだろう、スカージの額に汗が光る。
「これ以上、お前の好きにはさせない」
今のはまさしく俺が言った台詞だが、自分の意志で発言した感覚が無い。自分自身を第三者として見ているような感じ。
だから台詞を言ったというよりは、聞こえたという表現が正しい。
切断されたはずの俺の右腕はなんともなく、しかも何かを掴んでいた。
それは今まで存在していなかったものだ。隠し持っていたのでも、拾ったのでもない。
たった今、手の中に姿を現したのだ。
「どういうことです⁉ あなたの右腕は、この短剣で切り落としたはず!」
狼狽えた様子のスカージが凝視するのは、俺の右手が掴む、スカイブルーに輝く刀身を備え
た長剣――【想征剣・疑似継承】だ。
「お前にとっての常識は、もう常識じゃない」
俺は悠然と言い放つ。
「【想征剣・疑似継承】は、征服する剣だ。これを持つ者のためになるよう、あらゆる事象を征服し、改変する力がある。ただしランダムに。それでも、持ち主の悪いようにはならない」
ランダムに事象を改変するのか! それならもしかすると、俺がまるで幽体離脱したみたいに、第三者の立場から自分の言動を観察しているのは、【自分自身を、自分自身で制御する】という当たり前の事象が、【自分自身の言動を、映画を観ているかのように観察する】みたいな感じのものに改変されているからかもしれない!
俺の眉毛、太ッ!
俺の顔が劇画みたいに濃くなって見えるのもそのためだろう。
さっき左目に、《【想征剣・疑似継承】との連動開始》とかって表示されてたし。
要するに、これから剣の能力によって、本来なら起こり得ないような特殊な現象が起きるってことだ。それも、俺の意図とは無関係に、俺のためになるように。
「どうやら、遅れを取ったのは私のようですね」
スカージの額から、大粒の汗が流れた。
俺が見つめる先――まさに映画俳優と化した俺が、スカージに剣を振るう。
彼はそれを避けて後方へ跳躍。ホールの外周へと移動し、再び速度を加速させた。
「継承できたのはいいけれど、油断は禁物よ? 神父様はブラックホールの引力を、自分に都合のいいように操れる。わたしたちは引力に引っ張られてスムーズに動けないのに対して、あの方は自在に動き回れてる。あの方が影響を受けるのは時間の速さだけ」
と、セイヴが俺に忠告してくれているが、第三者視点でその様子を観察しているからか、声が遠く聞こえる。
『奴だけ何にも引っ張られることなく、このホール内を自由に動き回れるのか! 道理でさっきブラックホールの穴からコンニチハしやがったわけだ! チートな野郎だぜぇ!』
継承が済んだマクレーンだが、まだ消えることはない様子だ。
「私の能力がわかってきたところで、高速で移動する攻撃を防ぎきれますか?」
そんな声がホールの外周から響き渡った瞬間、一度に数本のナイフが飛んできた。
俺は剣を一振りし、飛来したナイフを迎撃。
「あいつ、本当に神父が本職なの⁉ ナイフ捌きが恐いくらいに巧いわよ⁉」
目を丸くする鈴目掛け、またもナイフが来た。
「改変ッ!」
出したこともないイケボを、俳優状態の俺が出してる!
俺が言い放つと、飛来したナイフが見えない何かにぶつかったかの如く静止し、床に落下。乾いた金属音を響かせた。
改変は俺の身体にも及んでいた。たった今まで苦しめられていた引力から解放されたのだ。
これで俺も、スカージと同様に自由に動き回れる!
「お前の動きは、完全に見えている!」
俳優状態の俺はカッコつけて言うと、その場で飛び跳ねた。
剣を中途半端な位置に掲げた蟹股の姿勢で。なんとまぁ! ダサいッ!
しかもそのまんまの姿勢で高速飛行。外周を移動中のスカージに追いつき、壁際で切り結ぶ。
「――バカな⁉ なぜ動けるのです⁉」
蟹股の姿勢で俺が振り下ろした剣を、盾で防ぐスカージ。
「これが【想征剣・疑似継承】の能力だ。相手がどんな能力を持とうと、それが生み出す事象を征服し、書き換える!」
「能力の一部しか発動できない疑似継承でさえ、これほどとはッ!」
スカージの顔が見る見る青褪めていく。
この事象改変、俺の意志で自由に操れないのがネックではあるが、今はこれに頼るしかない。




