チャプター3 ⑩
スカージめ! 長年自分を信じて着いてきた少女を、躊躇いなく傷つけやがった!
「負ける、ものか!」
と、セイヴは白い歯を食い縛り、青緑に輝く蜂の大群を展開。神父の動きを妨害しようというのか、広大な展示ホールに散開させる。だが、中空のブラックホールのせいで蜂たちも思うようには飛べず、ホールの隅々には行き渡れない。
「全員で円陣を組んだほうがいい。孤立していては方々から攻撃される」
鴉の冷静な分析と指示で、鈴、セイヴ、鴉、俺の四人は、マクレーンの意志が残る展示ケースのすぐ傍で、背中合わせに円陣を組んだ。
「おお! 【ブラック・ホール】よ! 私に更なる力を見せてくれるのですね!」
とかなんとか、ぶつぶつ言ってる神父の動きが、もっと速くなった!
ホールの外周――壁際を移動するスカージの動きが、肉眼では全く捉えられなくなったのだ。
それだけじゃない。
ホールの中心に浮かぶブラックホールの引力までもが、強化されている。スカージの意志能力が、更に進化したに違いない!
「まずい! スカージの能力がこれ以上進化したら手に負えなくなる! みんな吸い込まれちまうぞ!」
と、俺が警告する間に、床に倒れ伏していた安倍が、意識が戻らないまま中空へと浮き上がり、そのまま流れるようにしてブラックホールへと吸い込まれていく。
安倍は音もなく身体を引き延ばされ、本当にスパゲッティーみたいになってしまった!
「これはすごい! 人がスパゲッティーのようだ!」
とかって、スカージが楽しそうに叫んでる!
くそ! 俺の左目のスロー再生能力が使えさえすれば、スカージの動きも捉えられるのに!
「みんな、お互いに手を繋いでちょうだい! わたしの能力で守るわ!」
歯噛みするしかない俺の手を取って、鈴が叫ぶ。
「【|わたしの信念は揺るがない《アイアン・フィスト》】‼」
すると、全員の身体を銀色の膜が一瞬覆い、肌や服に溶け込んで見えなくなった。
コーティングすることで、敵の斬撃から身を守る作戦か!
「これで防御策ができたのね? ならあとは、誰かが【剣】を継承する間、神父様の攻撃を防
ぎ続けるのよ!」
セイヴが言うと、鈴が鴉に振り向き、
「あんた、ご自慢の黒い翼で、敵の能力とか消せるんじゃなかった?」
「俺の能力は吸収と放出。正確には、他人の能力を消すのではなく、感情を出し入れするものなんだ。この翼、――もといジャケットは借り物で、能力を消すことはできない」
自分の能力を口外することを極力避ける鴉も、さすがにこの状況では情報を共有せざるを得ないみたいだ。
なるほど。カーアクションのときに、敵の感情を【吸収】で吸い取ったり、【放出】で別の考えを送り込んだりして、行動を操っていたわけだな。
さっき、スカージの水の球体が崩壊したのも、スカージの敵意を吸い取ることで、能力を解除させたからだろう。
「それなら、スカージの感情をもう一度吸収できないのか⁉」
「さっきはできたが、今は奴の動きが速すぎて無理だ。感情の出し入れが間に合わない」
俺の問いに、鴉は首を振った。
『作戦会議が重要なのはわかるが、早くしやがれってんだ! マントが攫われちまう!』
と、マクレーンが悲痛な叫びを上げたときだった。
「ぐッ⁉」
突如、鴉が苦悶の声を発した。彼の右胸に、ロープフェンスに使われている金属製のポールが突き刺さっている!
博物館内で列整理のために縄を使ったレーンを形成するときに用いる、細い棒状の柱だ!
【アイアン・コーティング】は薄い金属皮膜。ある程度の物理攻撃には耐えられるが、ポールのように、激突時に威力が一点に集中する細い獲物はダメか!
「悪足掻きは止めて、その場に跪きなさい。私に服従すれば命までは奪いません! これも神のご意思! ありがたく従うのです!」
ホールの外周から、高速移動するスカージの声が響く。
「か、鴉ッ‼」
俺は左腕で鴉を支える。肉を抉られた肩に強烈な痛みが走るが、どうにか耐え、展示ケースの残されたガラス窓に、彼を寄り掛からせた。
「済まない、不覚を取った。一旦消えるが、後で駆けつける。持ち堪えろ」
鴉が意味のわからないことを言ったと思ったら、彼は無数の黒い砂塵に姿を変え、消滅した。
「あの忍者なら平気よ。簡単に死んだりしないわ」
鈴の言で思い出した。鴉は日本で古くから続く忍者の家系で、忍術的な意志能力も継承しているって設定があった気がする。つまり、今までここにいた鴉は、分身の術だか変わり身の術だかを使った偽物だ。
「まったく、こっちは生身だってんだ!」
ホルスターから銃を抜く俺だが、呆気なく引力にさらわれてしまった!
「なにやってんのよ!」
「すみません握力二十五なんです」
惨めさに、俺は弱々しい声で言った。
「あなた、女なの?」
セイヴにまで呆れ顔をされた。
「男です、一応……」
俺はもっとか細い声で言った。
「もう! こうなったら栄治! あんたが【剣】を受け取りなさい!」
鈴が周囲を警戒しつつ叫ぶ。
「今の攻撃で、神父様がこっちに投げた武器の到達時間がわかったわ! 二秒よ! 神父様の手を離れてから二秒で、わたしたちの誰かに命中する!」
「なら、周りにある武器になりそうなものを監視するのよ! その中のどれか一つが消えたら、二秒後に攻撃が来る!」
セイヴの分析をもとに、鈴がすぐさま対抗策を指示。
スカージ本体を目で追えないなら、動いていないものの変化を見るしかない!
「――ん? 時間?」
セイヴの時間という言葉を聞いて、俺はあることを思い出した。
極度なホラーと極度なスプラッター系以外の映画ならジャンルを問わず好きな俺は、SF映画もよく見る。それで、【インターステラー】という名作の影響を受けて、ブラックホールについて調べたことがあったんだ。
「そうだ! 時間だ! 時間の流れが違うんだ!」
「急に何を言い出すのよ⁉」
俺の素っ頓狂な発言で、鈴の額に怒りマークが浮き出た。
「ブラックホールは、中心部の穴に近づけば近づくほど、時間の流れが遅くなるんだよ! 鈴がぶっ壊した玄関のドアとか、安倍が穴に消えるとき、ゆっくりとした動きだったろう? 外側にいる俺たちの方が、時間の流れが早い。だから、中心部のものはゆっくり動いているように見える状態なんだ!」
『てことはあれか? クソ神父の野郎はこのホールの壁際を主に移動していやがるから、ホールの中心付近にいる俺たちよりも時間の流れが早くて、その分、移動スピードも速いって認識で合ってるか?』
「あんたの言う通りだ、マクレーン。スカージは一度、ブラックホールの中から出てきたよな? あの時、最初はゆっくりだったが、外側にいくに連れてどんどん速くなった。あいつの動きが速くて、俺たちが遅れを取ってるのは、位置の違いによって生じる時間の差によるものだ!」
「それじゃ、わたし達がホールの壁際に移動すればいいってことよね? 時間の流れの差が無くなるんだから、あいつの動きも見切れるようになるわ!」
「そうだ。外側へ移動するんだ!」
鈴の言に俺は頷いた。
「神父様がそれを許してくれるかわからないけど、やるしかないわね」
蜂たちの動向と静物の監視に集中しているからか、振り向かずにセイヴが言う。
『とっとと継承して、壁際へ行きやがれ栄治! 奴をぶちのめさねぇと、みぃんなやられちまうぞ!』
マクレーンが叫ぶ。
「マクレーン! 拳を頼む! どこへやればいい? ここか⁉」
『違うそこじゃない! こっちだこっち!』
「いや、だから、こっちってどっちだよ‼」
『こっちって言ったらこっちだろ! 上だ!』
「だったら最初から上って言ってくれよ!」
『ちがう! そっちは行きスギィ!』
またもわちゃわちゃ状態に!
俺の左目よ、頼む! 今この映画の正念場なんだ! 力を貸してくれ‼
俺が祈ったその瞬間、運よく左目に変化があった。
《観客視点発動》
目の前に、片膝をついて拳を構えるマクレーンの姿が観えた。
『ちゃんと俺が見えてるか?』
「ああ。あんたほどタンクトップが似合う男はいないぜ」
互いに不敵に笑い、俺たちは拳を付き合わせた。
「あんたの【剣】、受け取らせてもらうよ」
『ああ。娘を頼んだぞ、栄治』
途端、俺の視界は真っ暗闇に閉ざされた。




