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チャプター3 ⑨

 鈴は鈴なりに、義父の死に見切りをつけた。そしてマクレーンの意志を継ぐかの如く警察官になったのだ。そんな、苦難を努力で乗り越えた鈴に、重い過去を振り返らせるようなことがあっては、メンタル的な意味で将来に響くかもしれない。


 数多の理由があってこそ、マクレーンも署長も鴉も、秘密を保守してきたのだ。

 しかし、マクレーンは今ここで、娘に近づいた危機的状況を目の当たりにし、鈴に直に話しかけるという選択肢を取った。


 話しかけて自分を認識させることで、鈴に【剣】を継承するつもりなのだろう。

 確かに、鈴のメンタルへの影響は計り知れない。今でこそマクレーンはマントに意志を宿し

ているものの、【剣】の継承が済めば消えてしまうだろうからだ。辛い別れを、もう一度鈴に負わせることになる。

 だが、もはやこの状況を打ち破れる可能性があるのは【剣】くらいだ。


「……」


 俺はぐっと口を引き結ぶ。

 したんだ、マクレーンは。別れの辛さと引き換えに、鈴に立ち向かう力を託す覚悟を。

 本来のパート2の展開だと、マクレーンは鈴に会い、自分が姿を消してしまったことを謝り、和解するだけなんだ。だから彼が消えることはないし、能力の継承も為されない。そもそもスカージの能力が覚醒せず、【剣】にすべてを賭けるような展開にならないからだ。


 でも、今回は違う。


『今まで寂しい思いをさせたろう? 悪かった。本当はな、今はまだお前に話しかけちゃいけないんだ。お前の決意を揺らがせちまうかもしれない。後に引きずる、なにか悪いものを残してしまうかもしれない。だけど、そうも言っていられない状況になっちまった』


 マクレーンの意志が宿るマント。それが入れられた展示ケースの上端も、少しずつ、確実に形を歪ませ、黒い穴の方へと渦状に細くねじれ、吸い寄せられていく。

 このままでは、マクレーンの意志が宿るマントも吸い込まれてしまう。


『鈴、パパの言うことをよく聞け。これからお前に意志能力(フォース・オブ・ウィル)を継承する。この能力を使えば、今のクソったれな状況を打開できるはずだ。でも一つだけ注意点がある。この能力のことは秘密だ。絶対に誰にも言うんじゃないぞ?』

「パパが、能力をわたしに? こう聞くのもなんだけど、それならパパが能力を使えば……⁉」


 察しのいい鈴は言葉を切った。違和感から何かに気付いた様子だ。


『パパはな、もう身体を失くしちまってるんだ。このマントに俺の意志が残っているに過ぎない。だから姿も見えないし、俺自身は能力を使えないんだ』


 だからこそ、継承するなら今しかない。愛する娘に最後の希望を託したいと思うのは、きっと、父親として当然なんだ。


「パパ、……そこに、いるの……?」


 鈴が、揺らぐ瞳を展示ケース――マントへと向ける。


『ああ、パパはここだ。けどな、悪いんだが、お前に能力を託したら、パパはここからも、おさらばしなくちゃならなくなる。だから、覚悟して聞いてくれ』

「いなくなるって、どういうことなの⁉ そんなの嫌よ! せっかくこうして話せたのに!」


 鈴がマントの展示ケースへと駆け出す。

 急に父親の声だけが聞こえて、継承だの、消えるだのと言われているのだ。取り乱さないほうが難しい。


「うぉおッ!」


 俺は気合の叫びと共に、マントの展示ケースに飛びついた。

 鴉に(なら)って床に伏せるので精一杯だったが、こうなったらヤケだ! 吸い込まれないようにすればするほど手一杯になるなら、むしろ吸い込まれながら動き回って、起死回生を狙ってやるぞ! 

 展示ケースは既に上三分の一が捩じ切られてバラバラになっており、その破片群(はへんぐん)が十メートルほど斜め上方に位置する穴へと移動中だ。


「吸わせてたまるか!」


 俺は、まだ形を保っている展示ケースと床とをボルトで固定するステーを、両手で押さえた。ていうか、ボルトが緩んでガバガバだぞこれ! そりゃ揺れるわけだよ!

 どうにかケースが浮き上がるのを阻止――しようとしたんだが、ほとんど無意味だと思い知らされた。空間全体が歪み始めているんだから、たとえケースを押さえたとしても、床や俺自身が次第に巻き込まれてしまう。


 空間の歪みが増すにつれ、視界も奇妙な感じになってくる。平坦なはずの床が少しずつUの字型に湾曲し、天井も同様にひん曲がって見える。ホール全体が、ブラックホールを中心に球状になり始めているんだ!


「よせ磨田! 下手に動くと逆効果だ!」


 さすがの鴉も俺の無茶に声を荒げる。彼の姿も、床に沿う形で湾曲して見える!


「パパ! ケースの中にいるの⁉」

『ああ! パパはこのマントに宿ってる。鈴、拳を出せ! 意志能力(フォース・オブ・ウィル)の継承は人によっていろんなやり方があるが、俺の継承の場合は、互いの拳と拳を突き合わせるんだ。直に触れられなくても、位置さえ合えばできるはずだ! 急げ!』

「嫌だって言ってるでしょう⁉ あの穴はわたしがなんとかするから、継承なんてしないでよ! もうどこにも行かないで!」


 鈴が子供の頃に、心の奥底に理性で押さえつけたもの。それが今、マクレーンを父として愛するが故に、溢れ出してしまっている。


『聞くんだ、鈴。パパはいつでもお前の(そば)にいる。約束する。だから今はパパの言うことを信じて、能力を受け取ってくれ。それであのクソ神父をとっちめるんだ』

「っ!」


 鈴は歯を食い縛って顔を伏せた。そして、


「――わかった! これからもわたしのこと、見守っててよ?」


 決意に眉宇(びう)を引き締め、固く握った拳を展示ケースに向けて突き出した。

 そのパワーで、展示ケースのガラスが粉々に砕け散る。


『鈴、そっちじゃない。拳をこっちによこせ!』

「こっちってどっちよ⁉」

『もうちょっと上だって! 今度は左! いやそっちは右だろ! 行きスギィ‼』


 所々不器用なのも、親子って感じだ。二人でわちゃわちゃやってる。


『よし! ぴったり合ったぞ! これで継承されたはずだ! どうだ? 鈴。頭の中に、能力の使い方が浮かんできて、わかるようになるだろ? 自分の能力が発現したときと同じように、誰に教わるでもなく、なんとなく頭の中で理解できているような感じがするはずだ!』

「……あれ⁉ ダメみたい。なにも浮かんでこない!」

『なぁにぃ⁉ 畜生ッ! 継承しないたぁどういうことだぁ⁉ この【剣】め、よくわからんが、人を選びやがるのか⁉』


 焦りの声を上げる鈴とマクレーン。

 嘘だろ⁉ 継承失敗か⁉ 鈴には継承する適性が無いってことなのか⁉

 俺たちの脳裏に【絶望】の二文字が過った、そのときだ。


「――ッ⁉」


 拳を突き出した鈴の腕が、突如急接近してきたスカージによって切り裂かれた!

 スカージの移動スピードが速くて、間近に迫るまではっきりと視認できなかった。


「鈴ッ!」

『鈴ッ!』


 俺とマクレーンが同時に叫ぶ。

 スカージは腹部に槍の大傷を負って重傷のはずだ! なのに、今の高速移動はなんだ⁉

 次の瞬間、


「ぐあッ⁉」


 今度は俺の肩が、横方向から迫ったスカージに抉られた! 接近は察知できたが、奴のスピードに反応しきれない! 

 どうなってる⁉


「栄治!」


 肩をやられた衝撃でよろめいた俺を、鈴が片手で支え、共にケースの側で体勢を保つ。

 そんな俺たちの傷口に、セイヴの蜂たちが引っ付いてきた!


「セイヴ⁉ な、なにする気だ⁉」

「落ち着いて。今のわたしに、あなた達への敵意は無いわ。蜂たちを使って血を舐め取って、蜂蜜(はちみつ)で出血を抑えてあげる」


 狼狽える俺にセイヴが言った。彼女は俺たちから数メートル離れた場所の展示ケースに背中を預け、上方への引力に耐えていた。セイヴの背後に立つ展示ケースも、マクレーンが宿るマントの展示ケースと同様、上部が削り取られて舞い上がっている。


「わたしの蜂は、能力で生み出している架空の(しゅ)。だから実在の蜂が持つ能力は大抵扱えるの。ミツバチしかできない蜂蜜の生成も、例外じゃないわ。そして蜂蜜は、傷の治りを早くできる」

「大人しく反省する気になったの?」


 鈴の問いに、セイヴは鼻を鳴らす。


「敵の敵は味方というだけよ。神父様の理想とわたしの理想には、齟齬があると判断した。だからあの(かた)はわたしの敵。……すべての恵まれない子供たちを助ける施設を作る。それがわたしの理想なのに、あの方の力は、破壊しか生み出さない」

「それじゃ、あんたが裏で悪党どもを利用して大量の資金を集めてたのは、養護施設を建てるためだったの?」

「……そうよ。神父様にお金をたくさん集めるように言われたの。それがわたしの理想に近づく行為だと信じていたわ。あの方についていくことがわたしの希望だった。けれど、今になってわかった。神父様の理想は、子供たちの救済とは違う、別のもの」


 語るセイヴの眼差しは、とても悲しげだ。


「セイヴ、私は残念です。共に理想の実現を目指してきたのに、ここで寝返るのですか? この私の力で、差別化されて歪み切った世界を破壊し、一から作り変えるのですよ? 審判の日が始まるのです。それを生き残るのは、私に忠実に従った者だけだというのに」


 どこからともなく、神父の声がする。彼の姿が見えないと思ったら、なんと、ブラックホールの中から顔だけ出してる! 

 なにあれ⁉ 不気味で恐いんですけど⁉


「あなたは、不平等を平等にすると言いました。差別され、理不尽な思いをした人々を救うとも。けれど、実際にやっていることはただの破壊行為。それでは、恵まれない子供たちを救うことにはなりません!」


 セイヴの主張を聞いてか聞かずか、スカージはブラックホールを抜け出し、展示ホールの端へと飛翔する。出だしはゆっくりとした動きで、次第に加速。それから円形のホールの壁際に到達した途端、目で追うのも困難な速さとなり、ホールの外周をグルグル回り始めた。

 とても重傷を負った者の動きには見えない。


「セイヴ、貴方はまだ年若い少女に過ぎない。視野そのものが狭いのですよ。木を見て森を見ていないのです。子供たちを守り育てる養護施設を建てた程度で、救いがあると? 否ッ! この歪んだ社会構造そのものを破壊しなければ、真の救いなど無い!」 


 神父の声が俺たちの周りを駆け巡って、全方位から順繰りに聞こえてくる。


「人生の幸福度(こうふくど)に差があるのなら、皆平等に不幸になればいい! そうした後、私に付き従う者に、より多くの幸福を与える仕組みを構築することで、正しい人々だけが救われる世界が誕生するのです!」

『お前さんが神様にでもなるってのかぁ?』


 マクレーンの声。


「慎みなさい、顔も名前も不明の継承者。私はあくまで、神のご意思を代行する身に過ぎない。運命が私に味方するのは何故か。それは私が神のご意思に従い、信じているからに他ならない。

これが正しい行いであるが故に、私は運命に味方され、傷を負った今も、こうして立っていられるのです!」

「うぅッ⁉」


 セイヴが悲鳴を上げた。見れば、彼女の背後――展示ケースに短剣が突き刺さっている。

 セイヴを狙って、いつの間にか剣が投げられたんだ。

 首筋を切られたらしく、苦悶の表情で自分の首を抑えるセイヴ。その白い指の隙間から、赤い血が流れ始める。


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