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チャプター3 ⑧

『お嬢ちゃん。お前さんの蜂、随分と綺麗に光ってるじゃねぇか。とても悪さするために光ってるとは思えねぇ。俺が言えた口じゃねぇけどな、この汚れきった世界にも、綺麗なものはあるんだって、改めてわかった。お前さんの蜂たちのおかげでな。こんな小さなところにいつまでも閉じこもらせてねぇで、もっと広いところで飛ばしてやるべきだと思わねぇか?』


 ポロリ、と。


「う、うぅ!」


 マクレーンの言葉に、セイヴはその目から大粒の光を流した。


「そこまでだ、セイヴ・ランバート」


 セイヴの背後に回り込んだ鴉が、セイヴの首に、黒い小刀のようなものを突きつけた。

 俺は鴉の動きに一瞬ヒヤリとしたが、鴉はあくまで突きつけただけ。彼に念を押しておいてよかった。


『こいつは、【剣】を継承するまでもなかったかぁ?』


 マクレーンがほっとしたように言った、そのときだった。


「……ッ⁉」


 俺はその現象(、、、、)に気付き、一点に視線が釘付けになる。

 鴉も、俺と同じ方向を見つめている。

 中央展示ホールの広大な空間。その(ちゅう)(くう)の中心辺りに、黒い穴(、、、)が空いていた。


 周囲のあらゆる色よりも濃く浮き立つ黒い穴の周りには、七色をした渦のようなものが見える。まるで七色のドロドロしたオイルみたいな物質が、黒い円の外周を縁取っているかのように。穴の大きさはサッカーボールより少し大きい。

 俺はこのシリーズを何度も見てきたが、あんな穴は見たことがない! 


「あ、あなた方は、神が定めた運命を信じますか?」


 (うめ)き交じりの苦し気な声。振り向くと、スカージ神父が自身を刺し貫く槍を引き抜いて、壁に(はりつけ)られた状態から脱出している!


「私の能力、……【ゼロ・グラヴィティ】は、たった今進化を遂げた。これを運命と言わずに、なんと言えましょうか? 神は私を見ておられるのです。……それ故に、神が、直接手を下さずとも、運命が私に味方する! 神を信じ続ける私に、道を切り開く力を、与えるのです!」


 血に濡れた口をゴボゴボ言わせながら、スカージは中空に出現した黒い穴を振り仰ぐ。

 展開が本来と変わっているせいで、スカージの意志能力(フォース・オブ・ウィル)が進化する要因を作ってしまったのか⁉


「この新しい力、――名付けて【ブラック・ホール】。すべては崇高なる、理想のためにッ‼」


 よくわからないが、得体の知れない異様な雰囲気が漂い出している。

 天からの祝福を全身に浴びるかのように、スカージは両腕を広げて目を閉じる。


「感じます。もはや恐怖など不要! 我が意志に曇りなし! 【ブラック・ホール】よ、運命よ、どうか私を導き給え!」

『野郎、ぶちのめされてイカレちまったかぁ⁉』


 判然としない恐怖に駆られた俺を、マクレーンのぼやきが引き戻してくれた。

 俺はみんなに警戒を促す。


「あれはスカージの、重力を操る意志能力(フォース・オブ・ウィル)の新しい能力だ。あいつが言っているように、進化したんだと思う! 何が起こるのか全くわからない!」


 こんなときに限って、俺の左目は何の能力も発動しない。これじゃパラメータもわからない!


「片付ける」


 鴉がセイヴに突き付けていた小刀を、スカージへ投げつける。だが、小刀は神父に命中することはなかった。

 突如、中空に生じた黒い穴の周りの空間が歪み始めたのだ。黒い穴を中心に回転し、渦を巻くような形で。

 スカージ本体に向かったはずの小刀は黒い穴の方へと軌道を変えた。そして穴に近づくにつれて移動速度が遅くなっていき、渦状の空間に沿ってねじ曲がり、そのまま穴の中へと、まるでスローモーションのようにゆっくりと消えていく。


『おいおい、ありゃどうなってやがるんだぁ⁉』


 俺が思っていることを、マクレーンが言った。


「展示ケースから降りろセイヴ! あの穴から離れるんだ!」


 俺が呼ばわると、涙を拭いたセイヴは展示ケースからひらりと飛び降りる。が、彼女の落下速度が異様にゆっくりだ! 

 俺は側に落ちて――もとい舞い降りてきたセイヴを両腕でキャッチする。

 これは、穴が引き起こした何らかの現象によるものか⁉ 鴉が投げた小刀が急に軌道を変えたことも含め、あの穴に何かあるに違いない!


「よし、セイヴ。このままホールの隅まで離れよう!」


 言って移動しようとしたが、


「な、なんなの⁉」


 セイヴが怯えたような声を上げた。身体に強い抵抗があるのだ。まるで重い荷物を背負って歩こうとしているみたいに。移動しようとすればするほど、反対方向――穴の方へ重く引っ張られる。


「あれは、……あの穴は⁉」

「あれの正体がわかるのか⁉」


 思わず声を上げた俺に、床にしがみつくようにして伏せた鴉が聞いた。

 スカージの意志能力(フォース・オブ・ウィル)――【ゼロ・グラヴィティ】はその名の通り、重力を操る能力。


 スカージが身体的に追い詰められ、命の危機に瀕した反動からか、【ゼロ・グラヴィティ】は主を守るとでも言うかのように、ここへ来て進化を遂げた。確か設定資料集のパラメータでも、【進化性】の部分が高い能力だったはず。


「俺の勘違いじゃなければ、あれは極小のブラックホール! どんなものでも空間ごと歪めて吸い込む! 光さえ呑み込んでしまうって話だ!」


 神父自身も、新しい能力を【ブラックホール】と呼んだあたり、恐らくは本能で能力の詳細を理解しているのだろう。


『ブラックホールってのはあれか、星をスパゲッティーみたいに細く引き伸ばして食っちまうっていうやつか⁉』

「実際は引き延ばすんじゃなくて、粉々に引き千切ってるらしい」


 俺がマクレーンに説明している隙に、セイヴが俺の手を振りほどいて神父に近づく。


「神父様! そんな危険な能力を使う必要はありません! わたしはまだ戦えます! 理想へ近づくことができます!」


 スカージはセイヴの呼びかけに振り向くことなく、虚空に発生させた黒い穴に見惚れている。


「なにを言うのですかセイヴ。理想はたった今叶いました。私はこれよりこの世界を、勇者に代わって改変するのです! この力はそうする資格のある者にしか与えられない!」


 くそ、ダメだ! まるで会話にならない。今のスカージは完全に自分の世界に没入して、他者の言葉を意に介さない。


「だんだん引力が強くなっている! 磨田、安倍に注意を向けておけ。穴に吸い込まれるかもしれん!」

『鴉! 栄治! 俺が入ってる展示ケースも押さえろよ⁉ 俺は透っけ透けだからって影響がないとは言い切れねぇだろう⁉ 俺の最期がひき肉なのは、死んでも御免だぜ⁉』


 左目の能力が切れたせいで姿は見えないが、マクレーンもパニック状態らしい。中空に生じたブラックホールの引力なのか、彼が暴れてるせいなのかはわからないが、マクレーンが叫ぶ度、マントを飾る展示ケースがひとりでに揺れている。


 くそ、この状況、いったいどうすれば⁉

 俺の頬を汗が伝い落ちた、そのときだった。

 中央展示ホールの南側――玄関口のドアが勢いよく開かれた。というより、蹴破られた。

 大破したドアが吹っ飛んで俺たちの頭上を通過し、ブラックホールの引力に捕まった。ドアは重力の渦に沿って捻じれ、次第に動きがゆっくりになり、小刀と同じように消えていく。


 俺は一旦、顔を玄関口に戻す。

 そこに、綺麗な蹴りのフォームを維持したまま、人影が立っていた。



「――冗談みたいなことになってるわね」



 ワインレッドのおさげが靡き、聞き馴染んだ澄み渡る声が響く。

 ホールの床は戦闘によって展示品が散乱し、おまけにブラックホールまで出現している状況を見ても動じない。それほどに戦い慣れたキャラクターといえば、一人しかいない。


「鈴! 回復したのか!」

「お、おかげさまでね! ちょっと寝たらよくなったから、来てあげたわよ!」


 俺が呼ばわると、蹴り足を降ろした鈴は、何故か顔を赤らめて目を逸らす。


「よくここがわかったな」

「警察がやる捜査方法の基本――聞き込みをやっただけよ。ブロンドの美少女とガリガリ眼鏡を見なかったかって聞いて回ったの。大博打だったけど、何とかなるものね」


 鴉の(げん)にサバサバと答えつつ、鈴は肩をグルングルンと回す。


「栄治。ここから先はわたし達の仕事よ! まず状況を報告!」

「【剣】を先に確保しようとしたらセイヴ達が来て、ご覧の通り戦闘中だ! 安倍は倒したが、

スカージっていう、あそこにいる丸刈りの神父の能力がたった今覚醒して、ブラックホールを発生させたところ!」


 俺はできるだけ簡潔に説明した。

 現実の世界では、研修中にテンパっちまって、報告する内容を整理できず、警部補や先輩にどやされたっけ。


「器物破損で現行犯逮捕(ゲンタイ)取りたいところだけど、あの穴を何とかしないと始まらないわね」


 鈴が状況を把握する間にも、空間の歪みは進行し、中空の穴へ向かって、ホール全体が渦状に捻じれていく。

 俺たちはもう、全員が重力の渦に捕らわれてしまっている!


『鈴! 俺の声が聞こえるか⁉ パパだ!』


 義理の娘といえども愛は本物。マクレーンが長年見守ってきた娘を前に声を張り上げた。

 彼の声を聞いた鈴の目が、驚愕に見開かれる。


「――今の声、パパ⁉ パパなの⁉」


 鈴はマクレーンの意志がマントに宿っていることを、誰からも知らされていない。そも、マクレーンの意志がまだ消えずに残っていることを知る人物がほとんどいない。せいぜいニコラス署長と鴉くらいだろう。


 そこにマクレーンを加えた三人は葛藤の末、〝そのとき〟が来るまで、鈴には黙っておくことに決めていたのだ。

 二十一歳になったとはいえ、マクレーンたちから見れば彼女はまだ若いからな。

そのとき(、、、、)〟とは、鈴がより成熟し、【剣】を持つべきピンチに陥ったとき。


『そうだ。パパだ! 覚えていてくれたのか!』

「わかるわよ。わたしのパパだもの! どこにいるの⁉」

『お前の事は署長から聞いていたが、実際こうして見てみると、……大きくなったもんだなぁ』

「マクレーン、あなたには娘がいたのね。しかも、あの綺麗なお巡りさんだったなんて……」


 父子の再会に心を動かされたのか、セイヴは神妙な面持ちだ。無理もない。彼女は自分の親との間に、良い思い出を持っていないのだ。

 マクレーンが勇者の陰謀を防ぐために暴れまくって殉職したのは、鈴が小学校に上がりたての頃。


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