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チャプター1 ③

 見張りつつ、安倍が言い放った【力】や【完全なもの】というフレーズが気に掛かり、夏虫や自動車が奏でる喧騒の中、室内の会話に耳を澄ます。

 中二病じみた言動を見せた安倍の稚拙さから、件のフレーズに特に意味はないと捉えてもいいが、何か危険な武器を隠していないとも言い切れない。自信満々といった態度も不可解だ。《麻薬中毒者(ジャンキー)》かもしれない。


「おい! なにしてる⁉」


 俺が警戒心を強めるや否や、中から警部補の大声が飛んできた。


「警部補!」


 俺は思わず中へ飛び込み、|それ(、、)を見て言葉を失った。

 ワンルームの内部――その壁際に置かれた五〇インチくらいのテレビがノイズまみれの映像を映しており、奴が――安倍が、テレビの画面に、自分の頭を突っ込んでいる!


「ッ⁉」


 絶句する俺や先輩たちの眼前で、テレビ画面が波紋のように歪み、安倍の身体がさらに中へと入っていく(、、、、、、、、)


「ま、待て!」


 巡査部長がテレビの|中(、)へどんどん入り込む安倍の足を掴む。

 奴は感触でそれを察知したか、足を暴れさせる。

 顔面に奴の蹴りを喰らった巡査部長が吹き飛び、部屋の中央に置かれていた丸テーブルに後

頭部を強打。白目をむいて気絶した。


「どうだ! 見たか? これが完全なる僕の力(、)! 誰も追って来れないだろうから、置き土産に教えてやるよ!」


 とうとう両足も画面の向こうへ消えた安倍の声だけが、狭苦しいワンルームに響く。


こっち側(、、、、)に来れるのは、今日、このテレビに映っているものと同じ映画を見た奴だけ! ハハハッ! 今日だぞ⁉ 今日見た奴だけだ! 追いかけたいか? 僕を捕まえたいか?」


 安倍の愉快気な声が、神経を逆なでしてくる。


「捕まえたいなら、今すぐレンタル屋に走るんだな! ネット配信でもいいぞ? この|入口(、、)が閉じる前に映画を少しでも見ることができれば、僕を追跡できる! さぁ、この映画のタイトルはなんだ⁉ 誰がわかる? 誰が間に合う? ハハハハッ!」


 声はそれきり途絶えた。

 何なんだ⁉ 一体何が起こっているんだ⁉

 俺も先輩たちも、驚愕と困惑に言葉が出ない。

 テレビのノイズが薄れ、元の映像が映し出される。それは見知った光景だった。つい最近も見た街の風景を映した映像に、俺はハッとなる。


「これ……知ってる」

「どうした、磨田。この映像で、何の映画かわかるのか?」


 警部補がそう聞いてきた。


「はい。何回も見たことがあります」


 そう。俺はこの映画を知っている。誰よりも知っている自信がある。さっき自室で見ていた、

一番好きな映画だからだ。

 タイトルは――【フォース・オブ・ウィル】。


「まさか!」


 俺はテレビに近づき、恐る恐る画面に触れた。すると、まるでゼリーに触れたかのような感

触とともに、画面がノイズに覆われて再び歪み、俺の指が中へと入り込んだ(、、、、、)

 マジかよ!

 どんなカラクリかわからないけど、どうやら俺も安倍と同じことができるらしい。


こっち側(、、、、)に来れるのは、今日、このテレビに映っているものと同じ映画を見た奴だけ!』


 脳裏で安倍の声が流れる。奴は、同じ日に同じ映画を見た人間が、まさか自分を逮捕しに来た警官たちの中にいるとは思わなかったのだろう。

 生憎だったな。ここに一人いるぜ。


「警部補、俺、|入れる(、、、)みたいです!」


 俺が振り返ると、警部補の隣に立つ先輩たちが恐怖と焦りで表情を歪めており、


「よせ磨田!」

「そんな得体のしれないモンに易々(やすやす)と触るな!」


 と、俺を制止しようとする。


「お前たちはアパートを包囲しろ! 安倍は何らかの小細工でどこかに隠れているに違いない! 行け!」


 そこで警部補が厳格な顔で指示を出し、先輩たちは血相を変えて飛び出していく。


「――磨田。本当に入れそうなのか?」

「はい。奴の言っていたこの|入口(、、)ってやつが、いつ閉じるかわかりませんが……今なら行けると思います」


 警部補に聞かれ、俺は再度、テレビ画面に指を入れ込みながら答えた。

 すると警部補は自身の手を伸ばし、画面に触れた。しかし、彼の指は画面の中へ入らない。


「お前にしかできないようだな……」


 映画の吹き替えで聞きそうな渋く深い声で、警部補は言う。


「警察官は、犯人を目の前にした場合、自分がいかなる状況下にあろうとも動じず、気をしっかり持って行動を起こさなければならない。恐怖に勝つんだ」


 警部補の言葉を、俺は黙って聞く。


「俺は応援を呼び、今起きていることを上に報告する。信じてもらうのは難しいかもしれん。だが、ここにいた全員が証人だ。今アパートの周囲を取り囲んでいるが、もし安倍が本当にこの映画の中に逃げたとしたら、もう俺たちにはどうすることもできない。お前以外には(、、、、、、)。……磨田」

「はい!」

「奴を追えるか?」

「追います! 追わせてください!」

「何が起こるか、誰にもわからないんだぞ? それでもやれるか?」

「やります。俺はそのために、警察官になりました!」

「……よし。安倍の追跡はお前に任せる! こっちのことは俺に任せろ!」


 まだ新米の俺を信じてくれた警部補に、俺は敬礼する。


「了解!」


 必ず、期待に答えてみせるぞ!

 俺は覚悟を決めて画面に向き直る。そして片手を画面に入れ、肩、片足と、塀を跨ぐような要領で入り込んでいく。


「気を付けるんだぞ? 奴を捕まえて、こっちに戻る方法を聞き出すんだ!」

「はい!」


 俺は最後に警部補の顔を見て頷き、全身を画面の中へと飛び込ませた。


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