チャプター3 ⑦
「うぐッ‼」
鳩尾へ完璧に入ったらしい。安倍は体内の酸素を吐き出して倒れ、うずくまった。
「降伏しろ。さもなければ命をもらう。今の俺は非公式で動いている。つまり何をしても記録には残らない。監視カメラも管理員に頼んで切らせてある」
と、鴉に勧告されたセイヴは、しかし薄く笑う。
「好都合ね。わたしがあなたを殺す記録も残らない」
「これ以上邪魔をされては困りますねぇ」
そこへ、スカージがどこから集めたのか、大量の水でできた球体を飛ばしてきた。水の球体で鴉を包み込み、呼吸を奪うつもりか!
鴉が翼で絡め取った槍をスカージへ投擲するが、滞空する球体が庇って槍を呑み込む。球体内は激流で満ちており、槍が球体に刺さった瞬間、激しい水圧に見舞われ、中でぐるぐる回ってしまう。
あれに呑まれたら脱出できないぞ!
「ッ!」
だが鴉は気迫と共に、自ら球体へ飛び込んだ。そして次の瞬間、激流渦巻く球体が幻であったかのように爆散。
「な、何をしたのです⁉」
これにはスカージも狼狽えたような声を上げる。
「俺はさっき、能力を殺すと言ったがな?」
水に濡れた様子すらなく、片翼をはためかせた鴉は間を置かず槍を拾い上げ、スカージへ特攻する。
「ぐぁああああああッ⁉」
鴉の槍を腹部に食らって吹っ飛び、壁に縫い付けられる形となったスカージは、血反吐を散らし、がくりと項垂れた。
す、すごい! ちょっとやりすぎだが、鴉はスカージを無力化した! これであとはセイヴ一人!
「神父様っ!」
セイヴはここへ来て、初めて動揺の色を見せた。
幼少の頃から親しんできた神父が、目の前で傷つけられたからだろう。
「セイヴ! こんなことはやめろ! スカージ神父は君を利用しているだけだ! 君の理想を叶えてくれはしない!」
と、俺はセイヴに訴えかける。
「あなたはわたし達の何を知っていると言うの? わかったような口を利かないで!」
セイヴが眉を吊り上げた。普段は落ち着き払っているように見えても、彼女はまだ十代。意
志も揺らぎ易く、道を見誤りがちだ。
けど、だからといって更生への道が無いわけじゃない。
「警察は君のことも調べてるから、わかるよ。……君はとても優しい子だ。誰かのために悲しんで、誰かのために笑って、努力して、行動を起こすことができる。そういうのってな、誰にでもできることじゃないんだぜ?」
「黙って! 神父様以外の大人は信用しない!」
首を振るセイヴ。
「どうして頑なに拒むんだ?」
俺がそう言うと、セイヴはキッと睨んできた。
「わたしが、お酒に溺れた親に酷い扱いを受けていたとき、あなた達お巡りさんは、誰も助けてくれなかった! わたしがこの能力に目覚めて、自分で制御ができなかったときも、やっぱりあなた達は、わたしを見捨てた!」
かつて、そういうことがあったのだろう。そんなセイヴを、自分の手駒として役立つと見た神父が匿った流れだ。
これが人間社会に蔓延る理不尽な闇。
セイヴ達が壊そうとしているもの。
――言い分はわかる。
わかるよ、セイヴ。
君を見捨てたお巡りさんは、確かに間違ってる。
「わかるよ。言葉にできないくらい、辛い思いをしてきたんだろう? お巡りさんを代表して謝らせてくれ。君は今でも、俺たちを許せないか?」
「当然よ! いまさら善人のフリ? 反吐が出る! その口、利けなくしてやる!」
俺が呼びかけたことで気持ちに揺らぎが生じたか、緩んでいた蜂の攻撃が強められた。
それでいいさ、セイヴ。俺たちが悪かったんだ。憎むだけ憎んでいい。
俺は蜂たちに腕の数ヶ所を刺されてしまうが、もう払うことはしない。
ほとんどの人は、歩み寄ろうとして今みたいに攻撃されたら、それ以上は寄って来られない。
火傷するとわかっていて、熱湯に手を突っ込む人がいないのと同じ。
君を危ない人と判断して、みんな離れていってしまう。
「こんなもんかよ」
けどな、正しいお巡りさんは違う。
「――俺の口、まだ動くぜ?」
刺された激痛で泣きそうなのを堪え、俺は強がってみせる。
「このッ!」
セイヴの蜂たちが更に俺に群がる。腕や顔をめった刺しにしてくる。
かつてセイヴを見捨てたお巡りさんは、ここで背を向けちまったんだ。
でも俺は、逃げない。背を向けたりしない。突き放したり、しない。
「誤解しないでくれ、セイヴ。お巡りさんはな、傷つくのが仕事なんだよ」
「――――ッ!」
怒りに震え、歯を食い縛るセイヴが、攻撃の手を止める。
「ありがとうな、セイヴ。俺の話を聞いてくれて」
あ、やべ。毒なのか、何なのかわからないが、意識が朦朧としてきた。
「無抵抗でやられる阿保がいるとはな」
そこへ鴉が来て、黒い翼で俺の身体を包み込むと、ものの数秒で取り払った。
「痛みを取ってやった。毒は仕込まれていないようだな」
鴉の得体の知れない能力に助けられたらしく、痛みが消えた。
毒のせいじゃないってことは、あまりの激痛で気を失いかけてたのか、俺は。よくそれで会話できたもんだ。
セイヴに向き直る鴉の肩を引き戻し、俺が入れ替わるようにして、セイヴの方へ近づく。
「君の傷はあまりにも深すぎる。せめてもう少し、痛みを分けてくれないか?」
「来るな! …………来ないでよ」
「君はどうして、警察署のみんなを殺さずに眠らせたんだ? 今だってそうだ。君の蜂の毒は何種類かあって、その気になれば殺傷性を持った毒も打てたはずだ。でも君はそうしなかった。それは君が、本心から望んで相手を襲っているんじゃないからだ」
「うるさい!」
拒絶するように叫んだセイヴが片手を俺に向けると、また蜂たちが突っ込んできた。
「ナイトラビットで部下が燃えたのだって、マスターの遠隔操作と、君の遠隔操作が思わぬ相互作用を起こして、暴走したからだろ?」
俺に度重なる痛み。セイヴはこういう痛みを、いったい何年の間、味わってきたのだろうか?
「セイヴ! 君はまだやり直せる!」
「信じない! 信じないんだから!」
反応からして、確実に俺の言葉はセイヴに響いている。けどまだダメだ。さすがにそう簡単にはいかない。
「死ぬ気か? 磨田」
と、鴉が翼を一振り。俺の近くを旋回する蜂を撃墜。
俺は鴉に首を振る。
「死んでも死にきれない。セイヴには攻撃せず、優しく足止めしてくれ。俺は今度こそ継承を済ます!」
『お前ら仲良しごっこかぁ⁉ 後ろからまた蜂の群れが来てるぞ!』
マクレーンが教えてくれて、俺と鴉は同時に左右へ身を投げ出す。俺たちがたった今まで立っていた場所に、セイヴが蜂で形成した【針】が突き立った。危ねぇ!
「【剣】の継承者! 今の会話を聞いたでしょう⁉ わたしに【剣】を継承しなさい! さもないと、あなたのマントを八つ裂きにするわよ⁉」
「やめろセイヴ! それは君の本心じゃないだろ!」
俺はマクレーンのいる展示ケースに駆け寄り、セイヴに通せんぼの構えを取る。




