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チャプター3 ⑥

「考えれば解るはずです。この世界を取り巻く不平等の理不尽さが。【魔王討伐大戦(ワールド・ウォー・S)】以後、半世紀に渡って獣人族は魔族と混同され、差別の対象となりました。今までどれほどの獣人が不平等なまま過ごして、解消することなく生涯を終えてしまったことでしょうか?」 


 両腕を広げ、演説をする政治家のように間を挟み、神父は続ける。


「獣人たちだけではありません。私たち人間もまた、生まれながらにして格差が発生しています。親の経済事情に環境を左右され、受けられる教育のレベルに差が生じ、それが結果として、社会人となってからの収入に格差を生んでいる。多くの人々は得る物も無くただあくせくし、それが格差カーストのトップに君臨する輩の思惑とも知らずに積み上げる。そうして知らぬうちに、格差が広がり続ける社会構造になっているのですよ」


 スカージは天井を振り仰ぐ。


「成功を収めた者たちは誰もが口を揃えて、理不尽に縛り付けられ、うだつの上がらぬ人々に希望的観測を植え付けています。それは何故だと? 生かさず、殺さず、適度に持ち上げては落とし、努力させ、そうして絞り出した甘い蜜を吸い上げるためです。そんな彼らが、『誰もが平等に、権利と可能性を秘めている』、と豪語している矛盾ッ! 矛盾こそがこの世界の真理ッ! 私はそれを覆そうとしているのです! 矛も盾も、平等には不要! 破壊されねばならない!」

「――確かに、世界にはそういう一面もあるだろうさ。だけどな、それを変えるためだからって、他人のものを取り上げていいわけがないだろ! それじゃ、かつての魔王と、やってることが同じじゃないか!」


 俺は言いながら、マクレーンの意志が宿るマントへとにじり寄る。


『スカージって言ったか? 俺は人が増えりゃ、それだけ差が出て当然だと思うが、おたくは違うのか? それと、ちっとばかし世を拗ねすぎじゃねぇのか? 確かに差別はダメだがよぉ、個性ってやつと不平等をはき違えて、どエライこと考えちまってる気がしてならねぇんだが?』


 スカージの主張も理解できなくはないが、マクレーンの言う通りだ。

 スカージの過去は明らかにされていないけど、彼自身がよほど酷い経験をして傷ついたか、不遇な思いをした子供たちを孤児院で引き取るうちに、世間そのものを憎むようになってしまったのかもしれない。

 スカージの、世間を否定するような物言いの根底には、そうした心理が窺える。


「スカージ神父。あのケースに展示されたマントです。あのマントに継承者の意志が宿ってい

て、【想征剣(ヴァーデン・アイル)疑似継承(アクティング)】を持っています」


 俺に向かってニヤリと笑みを浮かべつつ、安倍が説明してやがる。


安倍(あべの)! 掻き回すのも大概にしろ! 出番がまだの奴まで引っ張ってくんな!」

「どうします? あなたが継承しますか? それともセイヴに?」


 無視かよ! 


「私とセイヴが鴉を無力化する間に、あなたが継承者を説得しなさい。セイヴに【剣】を渡すようにと。継承者はどうやら、私には良い印象を持ってくれない様子ですからね」

「わかりました」


 頷く安倍。

 ダメだ。とてもこっちのペースに持ち込めそうにない。


「鴉、どうする⁉」

「俺が全員を抑えてやる。お前は早く継承を済ませろ」


 マクレーン並みに頼もしいなこのお兄さん! 焦り一つ無いよ!


「わかった。済まんが頼んだ!」


 俺は安倍に銃を構えつつ、マントの展示ケースに一気に近づく。


「マクレーン、急いで継承を頼む!」


 俺がそう言った途端、セイヴが蜂を展開。鴉を一斉に襲わせる。

 鴉は片手に一体化させたジャケット――もとい黒い翼を大きく振るい、蜂の群れを迎撃。すると、翼に触れられた蜂たちは、虹色の粒子となって消滅した。

 どういう原理なのかわからないが、鴉の黒い翼に触れると、能力が消えるらしい。


「ふーん? そういうこともできるのね。……でも、わたしの力はこんなものじゃない」


 手駒の蜂たちを消されて、セイヴが目を細めた。

すると、彼女の背後からもっと大量の蜂が出現。散開すると、俺たちの周囲を縦横無尽に飛び回り、次々に襲い掛かってきた!

 ちくしょう! これじゃ継承できない!


「気をつけろ鴉! セイヴの蜂はいくつも毒を持ってる。刺されたら一撃でアウトだ!」


 俺は蜂が放つゾッとするような羽音に思わず首を縮こまらせ、両腕をブンブン振り回して必死に追い払う。


「やかましい群れだ」


 鴉は翼を器用に丸め、自身を頭から靴まで覆うことで、飛来する蜂から身を守る。彼の翼に触れた蜂は、やはり消滅する。

 だが当然、防御に回れば攻撃ができず、防戦一方になる。


「よそ見してる余裕があるかなッ?」

「うっ⁉」


 後頭部に衝撃。見れば、安倍が俺の背後から殴りかかっていた。威力が大して乗っておらず、意識を奪われることはなかったが、バランスを崩すには十分だった。

 俺は床にひっくり返り、狙いすましたように蜂たちに群がられた!


「ひゃああああああッ⁉」


 情けない悲鳴を出しちまったと思いながら、俺は火が燃え移った人みたいにのたうち回る。


「ちくしょう! あっち行け!」


 安倍の方を指さしながら蜂たちに訴えるが、当然ながら通じない。

 一方の鴉は蜂を防ぎつつ、時に翼を広げて宙を舞い、反撃の機を窺っている。


「俺がお前を仕留めるのが先か、お前の体力切れが先か見ものだな。どのみちお前の敗北に変わりはないが」


 クールな鴉だが、そんな彼を更なる危機が襲う。

 スカージが、中央展示ホールの壁に沿って広がる展示ガラスへ手を翳した。

 瞬間、ガラスにひび割れが生じて破砕。

 そうして散ったガラス片と、中に展示してあった槍や剣といった歴史的展示品がひとりでに浮き上がり、鴉目掛けて一直線に飛び掛かったのだ。


「ッ!」


 それに気付いた鴉は遅れることなく、翼を一瞬羽ばたかせてホール内を飛翔。マントを翻すような動作で翼を振るい、飛来した武器をすべて弾いてみせた。しかも、スカージ、セイヴ、安倍のいる三方向へ打ち返す形だ!


 スカージは即座に鎧へと手を翳し、ひとりでに浮き上がった鎧が彼のもとへ飛び込み、鴉の反撃を防御。

 セイヴは蜂の群れにガードさせ、安倍は飛んできた槍をくねくねしたキモい動きで器用に躱しやがった。


 しかしながら、鴉の場慣れ感も鈴に劣らず凄いな。一瞬不利な状況になっても即座に持ち直して反撃に転じる対応力は、さすがの一言。悲鳴の一つも上げやしない。

 それに比べて俺は、走りながら鴉の立ち回りに圧倒されて足元の注意が疎かになり、散乱したガラス片に滑ってまたしてもひっくり返った。


「ぎゅえッ⁉」


 今度は腹に衝撃。安倍に蹴られた! その、横合いからちょっかい出すの何なの⁉ 


「どうしたお巡りさん! 僕を捕まえて連れ戻すんじゃなかったのかい? そうやって這いつくばってる間に、僕が【剣】をもらっちゃうよぉ⁉」


 とかって煽ってきやがるし!


「おい継承者! 姿は見えないけど、そこに居るのは知ってる! スカージ神父は【剣】を世界中のみんなのために使うんだ! そこにいる磨田栄治はごく一部の人間のために使うことしか考えていない! どちらがより大勢を救えるかなんて、言わずともわかるだろ!」

『俺、髪の毛ないからわからねぇな。世界は一人の人間が作り変えられるような単純なものじゃない。てめぇらの価値観を世界中に押し付けた日にゃ、みぃんな視野が(せば)まってなぁんにも見えなくなっちまうぜ?』


 マクレーンが反論する。

 髪の毛がないのは関係ないかと思うが。


「悪党をとっちめた警察官のご褒美知ってるか? 怪我するだけ。大金持ちになれるわけでもなけりゃ、可愛い女の子と飲んで遊んで暮らせるわけでもない。それでも俺はこの仕事を続けてる。こんな汚れ仕事でも、尊敬できる人とか、自分なりの目標があればやれるんだ。救いってやつはな、この不平等な世の中にだって、たくさんある!」


 俺は安倍にそう語り掛ける。俺には今までもこれからも、鈴という憧れの存在がいる。彼女みたいな強い人間になるという目標があれば、多少の理不尽なんて何ともないんだ。


「安倍。お前がどうしてこの世界に入り込んだまま出たがらないのか、俺に話してくれないか? 

こんなこと止めて、どこかに座ってゆっくり語ろうぜ? やっちまったことにちゃんと向き合って反省すれば、そこから先は、また新しい人生が待ってる。目標だって見つかるはずだ」


 気付け安倍。俺もお前もいい大人だ。大人が逃げてどうする! まずは理不尽と向き合うんだよ!


「目標ならあるさ! この世界で無双して好きに生きることだ! お巡りさん、あんたの言ってることは僕にとって、希望的観測の範疇を出ないんだよ。現実世界で生きても、九十九パーセント以上の確率で社会の奴隷にされるだけだ。僕は奴隷なんて御免だね! 一度きりの人生なんだから、好きなことして生きたいじゃないか!」 


 安倍は叫び、俺に襲い掛かってきた。俺は尚も蜂に狙われながら、安倍にも対処せざるを得ない。銃を構える余裕もなく、徒手格闘を余儀なくされる。


「僕には映画の世界に入る能力があった! 僕は選ばれし者なんだ! 神様が見込んでチャンスを与えてくれたんだ! だったら行動を起こして、チャンスを存分に活かさなきゃ損だ!」 


 安倍のやつ、ヒートアップして俺をぶちのめすこと以外眼中にない。マクレーンの説得もどこへやらだ。


「あんたは、僕が現実から目を逸らして逃げてると思ってるのかもしれないが、断じて違う! これはテクニックだ! 辛いから活躍のステージを変えたにすぎない。重要なのは変えていくことだ! 辛いのに、それに気付いていながら、流れに身を任せている奴のほうが逃げてるね! そんな奴はストレスに脳のリソースを奪われて、人生の幸福度が低いまま老化していくだけだ! あんたはそんなこともわからないのか⁉」


 安倍の拳を躱しながら、俺は言い返す。


「その考え方を否定はしないが、お前は罪を犯してしまった! 自分の理想のために、他人の命を犠牲にしている! それはやってはいけないことだ! その罪は償わない限り消えない! 消えない限り罪人だ! 罪人は捕まえる! それが俺の、――警察官の考えだ!」

「力があるのにそれを活かそうとしない方が罪だ! 力を活かしている人を邪魔するのも同罪だ! 僕の能力はいずれ最強になる! その邪魔をするなぁああああああ‼」


 安倍の大振りが迫る。俺はそれを屈んで躱し、がら空きの腹に拳を思いきり叩き込んだ。

 自分の理想を実現するためなら、他人を苦しめてもいいなんて道理は、俺たち警察官が通さないぜ、安倍よ。


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