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チャプター3 ③

 すると、ウェイターの姉ちゃんは「畏まりました。こちらへ」と、俺を店の奥にあった扉へ案内した。

姉ちゃんが扉を開けると廊下が横に伸び、その先に地下へと降りる階段があった。木目の艶々した廊下は薄暗い暖色の照明で照らされ、昼間だというのに西洋のナイトクラブに来たような気分になる。


「階段を下りた先にお部屋がございますので、ノックを二回、一回、二回とお続けください」


 姉ちゃんはそう言うと、満面の笑みでお盆を差し出してきた。

 俺は、パート2で鈴が手錠をお盆に載せていたのを思い出し、代わりに銃を載せた。

 これは、武具の類を一旦預かる工程だからな。


「ごゆっくりどうぞ」


 俺は足早に階段を降り、木製の重厚なドアを、言われた通りにノックした。


「――入れ」


 男の声がしたので入室すると、そこは西洋風の絨毯や調度が並ぶ、三十帖はあろうかという部屋だった。

 その最奥に置かれた木製のデスクの前に、鴉はこちらに背を向けて立っていた。

 さっき会ったときとは違って、細身の白シャツとトラウザーズに革靴という紳士的な姿だ。


「あんたが捕まえた野郎どもはどうしたんだ?」

「統括委員会に身柄を引き渡した。今頃は首都統括(とうかつ)センタービルに搬送されているはずだ」

「そうか。それじゃあ仕事はひと段落ついたわけだな?」

「そっちはセイヴを確保できたのか?」


 振り向いた鴉の顔は黒い面頬に覆われたままで、素顔はわからない。


「そのことで頼みがあって来たんだ。セイヴの能力で万世橋署のみんながやられた。動けるのは俺一人だけだ。どうにかしてセイヴを止めないと、もっと酷いことになっちまう。あんたの力を借りたい」

「マクレーンは?」

「鈴もダウンしてる。戦い続きでエネルギー切れだ」

「精鋭の異能課(ウィルセクション)が一人の能力者相手に壊滅とはな。これは警察組織の信用に関わる問題だぞ」


 鴉はおもむろに、戸棚から瓶とグラスを取り出し、部屋中央の大きな丸テーブルに置いた。


「セイヴは無数の蜂を操る能力者で、署のみんなの不意を突いたんだ。他にも協力者がいて、どうしようもなかった」

「協力者とは?」


 と、鴉は瓶の中身――鮮やかな褐色をした液体をグラスに注ぐ。

 俺は鴉に事のあらましを打ち明けた。俺と安倍の二人が別の世界から来たということや、先の展開を見通す力があるということ。そして【勇者の剣】が狙われていることを。


「……【勇者の剣】の継承者がまだ残っていることを、どこで知ったんだ? セイヴがそれを狙ってるのか?」


 鴉は意外にも、俺が別の世界から来たということよりも、件の剣を俺が知っていることに驚

いたようだった。それとも、別の世界から来たくだりはただ単に全く信用せず、スルーしただけかな?


「この映画の設定資料を見たんだ。そこには、この世界で極秘扱いの情報もいろいろ載ってる。一応言っておくけど、俺はヤク(、、)なんてやってないからな? 頭は正常で、全部本当のことを言ってる」


 あまりにも話がぶっ飛びすぎると、信憑性を著しく失うことは承知のうえで、俺は偽りなく打ち明けた。


「【八咫烏(やたがらす)】は統括委員会の命令で動く。任務以外の物事には干渉しない。お前たち警察が光なら、俺たちは影だ。影は光がある限られた場所で限られた分だけ動き、それが済めばすぐに身を潜める。ここでお前に力を貸すということは、俺が個人的な理由で動くということだ。この場合、【八咫烏(やたがらす)】としての権限は行使できない」

「何か特別な権限でも与えられてるんだっけ?」

「他のあらゆる公務と業務に干渉する権限や、器物破損免除などがある。それらはすべて、【八咫烏(やたがらす)】がこの国の機密を最優先で守るための組織たる所以だ」


 それは初めて知ったぞ。


「それじゃあ、戦闘状態に陥ったときに物をぶっ壊しても、責任を問われないってことか?」

「そうなる。筋の通る理由が必要ではあるが。だが、それは権限が適用されればの話だ」


 なるほど。今回俺に協力した場合は権限が適用されずに、一般人と何ら変わらない扱いになると。


「下手に動いたら、あんたの首が飛ぶ可能性もあるわけか……」

「下手に動かなければいいだけだ。……飲め。体力をある程度回復させる秘薬だ。景気付けにもなる」


 鴉は言って、グラスの片方を俺に差し出した。頼もしいったらないぜ。


「ありがとう」


 俺はグラスを受け取り、鴉と同時に一気に(あお)った。冷たく、ワインに似たやや甘酸っぱい味わいだ。喉を通過してじわりと体内に染み渡り、仄かに身体が火照る感じがする。


「お前の話を聞く限り、すぐにでもここを飛び出すべきだが、何事にも順序はある」


 グラスを置いた鴉が、黒い瞳で俺を射抜くように見た。


「協力してやるのは構わないが、交換条件として、お前の能力の詳細を教えろ」

「知ってどうするんだ? 俺の能力は不安定で、連携しようにも、思うようにはいかないぞ?」


 俺の言に鴉は首を振り、


「お前が能力を発動しているときの目が、似ているんだ。勇者の【眼】に」


 気になる言葉を発した。


「似ている? 俺の左目が? 確か勇者の顔って、はっきりとした記録は残っていないんじゃなかったか? 肖像の一つさえ無いって話だと思ったが、あんたは勇者の顔を見たことがあるのか?」


 百年前、魔王討伐を果たした勇者はどういう心情によるものか、名誉や名声を求めず、それどころか自分の姿を後世に残さないことを望んだと言われている。彼の功績こそ文章として残されているものの、その容姿に関する記録はどこにも無い。


「質問はこちらがしている。お前は答える側だ」


 鴉は謎めいたキャラだ。各シリーズに登場しては、意味深な台詞を残している。けど、鈴が詳しい説明を求める度、濁して去ってしまう。彼の設定のせいなのかは不明だが、重要な秘密は口に出せないのかもしれない。


「俺の左目は、別の光景を見ることができる。映画を撮影するカメラみたいに、いろいろなアングルから、本来なら見えないものを見ることができるんだ。ただし、発動のタイミングや持続時間はランダムで、制御できない」


 俺は答えた。


「見えないものを見られると言ったが、具体的に何が見えるんだ?」

「主には、別のアングルからの映像だ。たとえば、今この場所から、上の階で働くウェイトレスの姿が見えたりする。あと、見たものをスローモーションで捉えたり、意志能力(フォース・オブ・ウィル)のステータスを見ることもできる」


 鴉の目が細められる。


「まさかとは思ったが、彼のものとほとんど同じだ……」

「え? 同じ?」

「勇者が有していた能力の一つと、お前の能力が同じなんだ。お前は一体何者だ? 生まれ育ちはどこだ?」


 またしても俺の知らない情報だ。勇者の能力と俺の観客視点(ザ・ヴィジョン)が同じ⁉


「生まれも育ちも千葉だ。どこにでもある平凡な家庭で平凡に育った。純粋な日本人だよ。ここじゃない、別の日本だけど……」

「お前からは嘘を感じない。勇者の血筋とは何の関りもないのか? その能力はどこで、いつ発現した⁉」


 クールな印象の鴉が、語気を強める。


「関りなんて一ミリもないさ。この能力はつい先日、急に発現した。理由は自分でもわからない。……まさか、俺が勇者から能力を継承したとでも?」

「その線も考えたが、あり得ない。勇者はとっくの昔に死んでいる……」


その線も(、、、、)』って、とっくの昔に亡くなった勇者本人が、まるで生きている可能性でもあるみたいな言い方だな。


「だが、お前が能力を発現しているのは事実だ。お前には【剣】を継承する適性があるのかもしれん。悪用しようとしている輩から【剣】を守るには、連中よりも先に【剣】を|彼(、)から継承するしかない」


 鴉が【彼】というフレーズをしゃべったぞ。


「その|彼(、)のところまで連れて行ってくれ。俺の能力についてちゃんと教えただろ?」

「【剣】は|彼(、)が認めた者のうち、何らかの適性を持った者にのみ継承権が移る。お前が適性の部分をクリアしていると仮定するなら、あとは()を説得すれば、うまく継承できるかもしれん」

 

 鴉は腕を組んで目を閉じ、算段をつけたのか、


「ついて来い」


 黒のジャケットを肩にかけて部屋の扉を開け放ち、地上への階段を上がっていく。

 俺は鈴やみんなの無事を祈りながら、鴉に続いた。



   ★



 鴉が向かった先は、レストランの屋上だった。

 そこで彼は、肩掛けしていたジャケットをバサッ! と横に振るった。すると黒のジャケットが、大きな黒い翼へと変化。鴉の片腕と同化した。


「この翼にくるまれ。移動する」


 と、彼は鴉さながらの翼を広げる。


「わかった」


 俺は言われた通りじっとして、鴉と共に黒い翼にぐるぐるとくるまれた。頭から足まですっぽり覆われ、視界も塞がれて思わず目を閉じる。羽毛の肌触りはまさに羽そのもの。ジャケットの生地感は微塵もない。


 前触れなく足が地面から離れる浮遊感と共に、激しい風が通り抜けたような騒音がした。だがそれはほんの一瞬のことで、次の瞬間には足が着地し、騒音も収まった。

 翼が解かれ、周囲の光景が明らかになる。


 そこは広大な広場で、前方に大きな建物があった。中央にベルサイユ宮殿を模したようなドーム状の建物を()え、両脇に二階建ての四角い建物が隣接している。新東京都内にある、国内一の大きさを誇る国立博物館だ。


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