チャプター3 ブラック・ホール ①
パトカーに乗り込んだ俺はエンジンをスタートさせ、サイレンを鳴らし、大通りへ飛び出す。
よく考えろ。安倍たちより先に【剣】を手に入れるのは大前提だが、まずは相手の動きを読むんだ。
安倍のやつは俺と鈴が、他の警察官同様に再起不能だと思っているはず。これは安倍の大きな隙になる。
《観客視点発動》
ここでうまい具合に観客視点が発動。右目と左目の視界の違いで事故を起こさないよう気をつけながら、俺は左目に映る映像へ意識を向ける。
安倍たちは万世橋署から奪ったらしいパトカーに乗って移動している。安倍が運転し、助手席にセイヴ。
だが、ジャンベリクの姿がない。どこ行った?
「【想征剣・疑似継承】の在処へ行く前に、神父様に会わせてもらえるかい?」
安倍が女を誘惑するかのような甘い言い方でセイヴに問う。
「それが剣の在処を教える交換条件?」
と、手の甲に這わせたエメラルドグリーンの蜂を見つめるセイヴ。
「察しがよくて助かるよ。僕の話を聞けば、彼は必ず僕たちに力を貸してくれる。彼の意志能力と【想征剣・疑似継承】が合わされば、例え魔王が相手でも負けないくらい、強力な戦力になるからね。そうなれば、君と神父様の|理想(、、)へ、より近づける」
安倍の言う神父様とは、セイヴを孤児院で育て、彼女に宿った意志能力を利用して悪事を企む黒幕だ。
本当ならパート2のラスボスとして登場するはずなのに、安倍め、パート1のシナリオの中で接触を図って、自分の協力者にするつもりか!
「そんなことさせるかよ!」
と、俺がアクセルを深く踏み込もうとしたときだ。
どこからともなく、ヘリコプターの音が聞こえてきた。
俺の左目の映像が切り替わり、こっちに接近中らしきヘリを映し出す。
俺は息を呑んだ。
ジャンベリクが、警察のヘリを操縦している! あいつにそんなことできたのかよ⁉
そういえば、映画の万世橋署の屋上にはヘリポートがある。そこにあったヘリを奪ったに違いない。
ジャンベリクは片腕を木に変化させ、枝分かれさせたその木をヘリの操縦機器に器用に絡め、空いた方の腕で八九式自動小銃を構えている!
「ゲハハハハハッ! そこのポリ公! ボスを追いかけるつもりかぁ⁉ そうはいかねぇぜ!」
備え付けの拡声器から、ジャンベリクの声が轟いた。
次の瞬間、連続する銃声がして、俺の車とその周囲に弾丸が降り注ぐ。
「うぉおおおおおお!」
俺は車を左右に振って、銃弾の雨を躱そうとするが、ジャンベリクが見境なく撃ちまくるせいで、脇に退いてくれた車や対向車にまで弾が当たる。
数台の車が突然の銃撃に驚いて操作を誤り、別の車にぶつかったり、急停車したりと、道路に混乱が広がっていく。
断続する衝突音。逃げ惑う通行人。
左目には危機的状況が鮮明に映し出されているが、幸いにも身体に弾が当たった人はいない。
なんで自分がこんな目に遭うんだ⁉
と、みんな心の中で嘆いているだろう。
そりゃあ俺だって人間だ。嘆きもするさ。
されど、俺は警察官。みんなが嘆いているときにこそ、行動しなくちゃならない!
俺は車をサイドターンさせ、ほぼ直角に曲がって路線を変更。
向かって左には秋葉原UDX、眼前にはJR線の高架。道路は下り坂になって、高架下を潜る形になっている。
「どいてくれ!」
俺がクラクションを鳴らすと、横断歩道を横切っていた人たちが悲鳴を上げて飛び退く。
赤信号の中、アクセルベタ踏みでそこを走り抜け、坂を下って高架下へ。
「うおおおお!」
ヤケクソに叫ぶ俺は、対向車線で信号待ちの積載車とすれ違ったところで急ブレーキをかけ、車を停車させる。
一時的に、高架下に隠れた形だ。
「おいそこのお前ぇ! オレ様よりもでけぇ乗り物に乗ってるんじゃねぇ!」
などと叫び、ジャンベリクは積載車を銃撃。なんて無茶苦茶な理由だ!
積載車の運転手は悲鳴を上げて車を放棄し、歩道へ飛び出して逃げていく。
「どうしたポリ公? 怖気づいたかぁ?」
ヘリの音はUDXのすぐ横から聞こえる。俺が隠れた高架下を狙って待ち構えている状態だ。
「カーアクションは鈴がやるから、俺は大丈夫だってか?」
俺は、内心でほっとしていた過去の俺を呪う。
警察官が油断してどうする! 人任せでどうする!
「パトカーの普通技能検定に一発で合格? ならパトカーでヘリコプターをやっつけるなんてワケないよなぁ?」
警察官が驕ってどうする!
見てみろ、絶体絶命じゃないか!
「戦え! ドジの栄治!」
ハンドルを握る手に力が入る。
俺の左目はジャンベリクのヘリを映し続ける。
歯を食い縛る俺は、サイドミラー越しに積載車へ目が行く。
運転手が逃げ出した拍子で、なのかは不明だが、どこかのボタンが押されて、積載車の荷台が斜めにスライドし、端っこが道路に接地している。荷台は空。
車を一台載せるサイズの荷台で、このタイプの積載時は端っこを地面に降ろすんだ。
俺はアクセルを吹かして後輪を空転させ、車を対向車線側で一八〇度回頭させる。
俺が思いついたことは、一か八かの危険な賭け。だが、今の状況を打破できるとすれば、この手しかない!
車を高架下から反対側へ出るスレスレまでバックさせ、覚悟を決める。
「良い子は真似しちゃダメだからな!」
子供の目撃を想定して叫び、俺はアクセルを全開にする。
後輪から煙を上げつつ急発進したパトカーは、一瞬のうちに積載車の荷台へ。
《スロー再生開始》
「イピカイエーッ!」
そう叫ぶ俺は、視界がスローで流れる中、ギリギリのタイミングで車から身を投げ出した。
俺が積載車の真横に落ち、受け身を取るのと同時、車は積載車の荷台を駆け上がり、高架下から斜め上に飛び出す。
その先には、ジャンベリクのヘリコプター。
「ぬぉおおおおおおおおおッ⁉」
突然の出来事に雄叫びを上げ、ジャンベリクは操縦席から飛び降りた。
次の瞬間、車とヘリが空中で激突。大爆発を起こして落下。
衝撃波で吹き飛んだジャンベリクは高架にぶつかり、そこから高架下の道路へ落ちてきた。
「……なんて日だ」
受け身の際に強く打ってしまった肩を押さえて、俺は鈴みたいな台詞を吐いた。




