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チャプター2 ⑩

「鈴ッ!」


 俺は鈴を庇おうと動いたが、それは鈴も同じだった。彼女は俺を攻撃から遠ざけるため、その腕力で俺を、大破した留置室内へぶん投げたのだ。

 俺は留置室の中に転倒。同時に鈴はジャンベリクの腕に上から押し潰されてしまった。


「ゲハハハハハハハハハッ! 思い知ったかぁ!」


 ジャンベリクの咆哮が響く中、俺は床を這う。床にめり込まされ、意識を失った鈴のもとへ。

 そんな俺を、安倍が蔑むような目で見てくる。


「僕と取り引きしてくれていれば、こんな思いはせずに済んだのに。残念だねぇ?」


 安倍は言って、仰向けに倒れた鈴の首筋に指を当てる。脈を測っていやがるのか。


「ジャン、気は済んだ? 長居は無用よ。わたしはこれから、神父様に集めたお金を渡さなくちゃいけないの」

「ああ、わかった。ところでボス、次はどこで暴れさせてくれるんだぁ?」


 セイヴとジャンベリクの声が遠ざかっていく。


「あんたがこの映画を本来のシナリオ通りに運ぼうとするなら、僕はセイヴの側につくまでさ。これで均衡が保たれるってものだろう? 幕明鈴はくたばった。これで僕の望み通り、この映画は終わらない。元の世界に戻りたいなら、僕の邪魔はしないことだね。黙って僕の能力の進化を祈るんだ」


 嘘だろ⁉ 鈴がくたばっただって⁉ そ、そんなわけあるか!


「お、お前の都合のために、この世界の人たちが傷ついてもいいっていうのかよ⁉」


 安倍は噴き出すように笑う。


「おいおい、勘弁してくれよ。たかが映画だぜ? 架空の物語に、架空のキャラクターだ」


 安倍の言葉に、俺は歯を食い縛る。


「あんたは本気で感情移入するタイプだね? 一ついいことを教えてやるよ。共感性の高いお人好しはサツの仕事には向かない。いざってとき、犯人に同情して気を緩めがちだからさ。忠告はしたからね? 次に邪魔をしたら、そのときがあんたの最期だ」 


 そう言い残した安倍は踵を返し、セイヴ達を追って上の階へと消えた。


「く、くそ」


 みんな行動不能にされてしまった。完敗だ。連中に逃げられた。

 俺は全身を襲う痛みに耐えながら、鈴のところへ這うことしかできない。


「鈴、鈴!」


 ジャンベリクに押し潰され、背中から床にめり込んだ鈴。しかしさすがは主人公とでも言うべきか、まだ息はあった。


「うぅ、栄、治?」


 苦悶の表情で片目を開き、鈴は俺を見る。


「鈴! 大丈夫か? てっきり死んじまったかと……」

「安倍が首に触れる前、その部分だけコーティングして脈の振動を抑えたから、なんとかやり過ごせたわ」


 なるほど、そうして死んだように思わせたわけか。


「でも、もう能力は発動できない。エネルギー切れよ」

「戦い続きだったからな。無理もない」


 意志能力(フォース・オブ・ウィル)は、文字通り意志の力。意志は心が折れない限り無限に生じるものだが、能力の発動には体力も必要なんだ。つまり、体力という名のエネルギーが切れれば発動できない。しばらくの間休憩を取って、回復を待つ必要がある。


「あいつらは、どこ?」

「済まない、取り逃した。連中は勇者の剣(、、、、)――その廉価版を手に入れるつもりだ」


 勇者の【剣】――【想征剣ヴァーデン・アイル】を継承して扱えるのは、勇者とその血族のみ。でも、【想征剣(ヴァーデン・アイル)】には疑似継承(アクティング)と呼ばれる特殊能力があって、勇者またはその血族の者が認めた人間であれば、たとえ血族でなくても、剣の能力の一部を継承して使用することができる。


「勇者の剣? ……まさか、伝説の意志能力(フォース・オブ・ウィル)の継承者が実在するってこと?」


 驚愕を漏らす鈴に。


「ああ、一人だけいるんだ。本当ならもっとあとのシリーズで言及される話なんだけど、連中はきっとそこへ向かってる。その継承者に剣の使用を認めさせるつもりなんだと思う」

「……栄治、聞いて」


 意を決したように、鈴は言う。


「今この街で、事情が全部わかって動ける警察官はあんただけ。だからあんたが行くの。あいつらよりも先に剣を確保して、これ以上悪さをさせないようにするのよ」


 と、とんでもないことになっちまった。この映画の主人公がダウンして、代わりに俺が動かなきゃならんとは!


「……わかった」


 俺は鈴の目を見て頷く。これは試練だ。鈴のことを支える警察官になれるかどうかの。

 それに、償いでもある。俺と安倍がこっちの世界に乱入したことで、本来の物語を掻き回してしまっているからな。


「あんたなら、きっとやれる。ここまでわたしに着いてこられたんだから」

「君が何度も助けてくれたからさ。今度は俺が助ける番だ」


 俺は鈴を抱きかかえ、立ち上がる。安倍に対抗して行動できるのは、奴と同じ現実世界から来た俺しかいない。


「ひゃっ⁉ わ、わたしのことはいいから、早く行きなさいよ!」

「もちろんすぐに追いかける。けど疲弊した君を放置するわけにはいかない。相棒(バディ)だろ? 俺たち」


 俺が言って階段へ向かうと、鈴の顔が急激に赤くなり始めた。ほらな、疲れが顔にまで出てる。放っておけないよ。


「ひょろいように見えて、意外と力あるじゃない」

「これでも警察官だからな。筋トレは欠かさないようにしてるんだ」

「……あんたって、どうして警察官になろうと思ったの?」


 ふと、鈴が聞いてきた。


「警察官になった理由、か……」


 階段を地上階へと昇る俺は、鈴に憧れたからと言おうとしたが、面と向かって本人に言うのは、やっぱり恥ずかしい。


「悪者にひどいことをされてる人を、助けたいと思ったから、かな?」


 それは決して偽善ではない。鈴への憧れが警察を志すきっかけになったのは間違いないけど、この思いは後からついてきた、俺の信念みたいなものだ。


「わたしと一緒ね」


 と、鈴。


「わたしの父親が警察官でね? その姿に憧れたからっていうのもあるんだけど、育ててもらう内に少しずつ視野が広がって、いろいろ学んで、そうしてあんたと同じ考えを持って、警察官になったの」


 警察官を志す経緯が一緒なの、すごく嬉しい。俺も鈴も、誰かに憧れて、自分も同じようになりたいと思ったところから始まったんだな。

 そう思うとなんだかおかしくなって、俺は笑みを溢してしまう。


「そこ笑うところ?」

「いや、俺も似たようなもんだからさ。ある人に憧れて、この仕事を選んだって言おうとした

んだけど、恥ずかしくて言えなかったんだ。それがなんだか馬鹿らしくなっちまってな」


 一階のロビーに出た俺は、鈴を待合用の長椅子に寝かせてやる。


「栄治は、誰に憧れたの?」


 という鈴の問いに、俺はもう照れることなく答えた。


「君だよ。俺は鈴の活躍に憧れたんだ。学生の頃からずっと大好きでさ」


 あれ? 今俺、言い方を間違えたか? 『大好き』って言っちゃった。これじゃなんだか別の意味に聞こえやしないか?

 などと俺が考える目の前で、

 ボン!

 鈴の顔が熟れたトマトみたいに真っ赤になって、頭から湯気が噴出した。


「鈴⁉ 鈴ッ!」


 ダメだ、呼びかけても揺すっても反応がない。両目がぐるぐる渦を巻いてるぞ! きっとかなり消耗しているんだ!

 こうしてはおれん!

 俺は大急ぎでハンカチをすすぎ、鈴の額に乗せた。そして、


「行ってくる!」


 万世橋署の駐車場へと走った。



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