チャプター2 ⑧
「|蜂(、)に気をつけろ鈴。蜂がセイヴの能力の鍵だ。俺の読み通りなら、セイヴは留置室に向かいつつ、警察の応援隊が来たときの対策に、見張りの蜂を潜ませてるはず……」
俺は銃を取り、足早に玄関へ近づき、中の様子を伺う。中にいる連中も意識がなく、至る所で倒れている。
「もう! わたしの【アイアン・コーティング】なら、蜂からみんなを守れたのに!」
鈴は悔しげに俺の肩に触れ、再度【アイアン・コーティング】を掛けてくれる。
「今までの遅れを、ここで取り戻そう!」
俺は鈴と共に覚悟を決め、署内に突入する。
署の地下にある留置室への階段には人影も蜂の姿もない。俺は階段の側で、床にコーヒーをぶちまけて倒れる同僚――その手から転がったと思しきマグカップに手を触れた。
「まだ熱がある」
「なら今も地下にいるわね。とっ捕まえるわよ!」
鈴はそう言うと階段を勢いよく駆け下りていく。
「待て鈴! セイヴがジャンベリクを解放してたら危険だ!」
俺は引き留めようとしたが、鈴はあっという間に階下へ消えてしまう。今の俺たちに蜂の攻撃は効かないが、ジャンベリクが放つ攻撃は威力が高く、侮れない。
いつもなら冷静に物事を見極めて動く鈴だが、【ナイトラビット】で一度セイヴを取り逃がしているからか、焦っているように見える。
仕方なくあとを追う俺は、得体の知れない違和感を覚えた。
「っ⁉」
なぜ、見張りや妨害用の蜂が一匹もいないんだ?
俺はその違和感の正体に、地下から轟音が聴こえたのと同時に気付く。
階段を駆け下りた先――地下一階の通路に粉塵が渦巻いていた。
地下一階は複数の留置室に一つの監視室、留置人用のシャワー室、そして物置などのドアが両サイドに並んでいるのだが、粉塵のせいでよく見えない。
「くそ!」
空調が働いて粉塵が薄れる中、そんな声を漏らす俺の視線の先で、二つの留置室の格子扉が壁ごと吹き飛ばされていた。
さらによく見ると、破壊されたドア――その向かい側の壁に鈴がめり込んでる!
待ち構えていたジャンベリクの攻撃で吹き飛ばされたのか!
「鈴ッ!」
「来ちゃダメ!」
駆け寄ろうとする俺を、鈴の怒声が止める。
「ゲハハハハハハハハハハハッ! 形勢逆転だぜぇ!」
破られた留置室の中から、青い毛むくじゃらの獣人が出てきた。その両腕は、俺の胴体並みに太い木の姿へ変わっている。奴の能力は全身ではなく、身体の一部分のみを変身させることが可能なんだ。たった一撃で自分の部屋だけじゃなく、隣の部屋の壁やドアまで巻き込んでぶっ壊しやがったか!
「少しは加減しなさい、ジャン。煙たいわ」
更に、ショートカットの少女――セイヴ・ランバートが姿を現す。彼女の背には、蜂の大群が一塊になって滞空している。
遅かった! セイヴは警察署の人間を蜂で一斉に襲って眠らせ、あえて見張りの蜂は置かず、ジャンベリクの解放を優先したんだ!
そうして、この狭い地下空間に鈴が現れるのを待ち構えていたというわけだ。
狭い場所の方が、相手を逃がさずに倒せるからな。
「止めないでくれよ? ボス。念願のお礼参りが叶うんだ!」
と、鋭い牙をむき出しにして獰猛な笑みを浮かべるジャンベリク。
「あんたじゃわたしに勝てないってこと、まだわかってないみたいね?」
鈴は壁にめり込んで脱出できないにもかかわらず、不敵に言う。
「止まれ! 動くと撃つぞ!」
俺は銃を構えるが、相手はまるで意に介していない。
「栄治、あんたは上に行って、どうにかしてみんなを起こして!」
「それは無理ね。蜂の毒は、わたしが能力を解除しない限り、丸一日は身体を蝕むの」
めり込んだ壁から抜け出そうともがく鈴に、セイヴは冷笑を浮かべる。
彼女の言う通り、俺が上に行ったところで、みんなを起こすことはできない。
「というわけだからよぉ、そこのもやし野郎は相棒がぶっ殺されるザマを目に焼き付けろ」
ジャンベリクは、獲物を前にした獣のように舌舐めずり。
本来なら、鈴はこんなことにはならないはずなんだ。万世橋警察署に戻るタイミングがもう少し遅くて、セイヴたちに完全に逃げられてしまうから。
それが、俺が下手に出しゃばって、鈴が敵を迎撃するのを手伝ったり、この先の展開につい
て入れ知恵したせいで、鈴の行動に本来の展開との齟齬が生じてしまった。
ある程度の干渉であれば、補正の因果が働いて、シナリオは本来の通りに進む。
けど、過度の干渉が起こった場合は、こうしてズレてしまうみたいだ。
「と、止まれ! ジャンベリク!」
声も身体も、悔しさで震える。
落とし前をつけなくては! 俺があいつらを取り押さえるんだ!
「っ! 来い!」
俺は左目を閉じ、能力が発動するイメージを作る。これで本当に能力が発動する保証は無いけど、発動させるしかない!
「来い! 頼むから来い! 観客視点‼」
――――。
だ、ダメだ! 左目の視界はいつものまま! 能力が発動できない!
「そんなひょろひょろの形で戦おうってのか? あぁ⁉」
ジャンベリクが血走った目を俺に向け、木に変身した腕の片方を伸ばしてきた。
「くッ!」
根っこのようにくねる木の腕をどうにか躱した俺だが、それがジャンベリクの狙いだった。
「そぉら!」
しまった! 俺のすぐ脇を通過した木の腕――それをジャンベリクが思いきり横に振り、俺はそれに巻きまれた! 壁に叩きつけられる!
「ッ⁉」
だがその寸前、奇跡が起きた。
《観客視点発動》
《スロー再生開始》
スローモードだ! これでジャンベリクの腕の動きがゆっくりに感じられるようになった!
俺は迫りくる木の根を屈んで躱す。
《分析開始》
しかも今回はスローモードだけじゃない。新しく、分析モードが発動したぞ! そんなモードもあったとは!
《能力名=巨木の行進》
・攻撃性=8 能力が相手にダメージを与える度合いを示す。
・安定性=8 能力の性能が安定する度合いを示す。
・持続性=2 能力の継続時間を示す。
・継承性=1 他人や物に対する能力の付与のし易さを示す。
・進化性=3 能力の進化のし易さを示す。能力は進化によってステータスが変化する。
・影響範囲=7 能力の効果が届く範囲を示す。
左目で相手の意志能力を見たら、そのステータスが表示されるようになってる!
意志能力には6つのステータスがあり、各能力ごとにその数値は異なる。それぞれ得手不得手があるんだ。
左目に表示された数値で思い出したけど、ジャンベリクの場合、伸縮自在な植物系の能力に強力なパワーが備わっている反面、持続性や、自分の能力を他人に施す継承性が低いという弱みがある。
つまり、スローモードを使って奴の攻撃を避け続けて翻弄すれば、息切れを起こさせることができる!
やるんだ、俺よ。そうして奴が疲れたところを取り押さえろ!
ジャンベリクは俺が攻撃を避けるのを目視し、今度は伸ばした腕を上から下へ振り下ろす。
頭上から来た木の根を横へ転がって回避。ジャンベリクが次の動作に入るよりも早く前進し、
奴との距離を少しずつ詰める。
ここでセイヴの蜂たちが動いた。蜂は木の腕よりも格段に速い。スローモードでも、目で動きを追うのがやっとだ。何匹かをぶっ叩いて落とすが、背後に回り込んだ蜂が首に取り付く。
だが、幸いにも痛みは無い。鈴の【アイアン・コーティング】のおかげで、蜂たちの針は俺に刺さらない。
《能力名=グリーン・ホーネット》
・攻撃性=8
・安定性=6
・持続性=6
・継承性=2
・進化性=5
・影響範囲=10(MAX)
左目にセイヴの意志能力のステータスが出る。さすがラスボス級とあって、継承性以外の数値は総じて悪くなく、攻撃性と影響範囲は極めて高い。
確か、映画の設定資料に載ってた能力ステータスは十段階評価だったから、資料通りの数値が表示されていると見える。




