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チャプター2 ⑦

『なんで止めるんだ⁉』

『わからねぇ。なんだかそんな気分になっちまって……』


 敵がアウディの中で混乱しているのが|左目(、、)で見える。今ので確信したけど、左目で見ている映像の音声は、やはり左耳から聞こえてくる。片方の耳にイヤホンをはめて音を聞いているような感覚だ。

 ピッグズたちの車は減速せず先へと進んでおり、俺たちと敵の車が止まったことに気付いて、かなり先の方で止まった。


「エンジンを切って、両手を上げて外へ出ろ」


 鴉はアウディの方へ視線を向け、そう指示を出す。すると、アウディからスーツ姿の男が三人、言われた通りに出てきた。どいつも困惑した表情だ。


「いったい、何がどうなってるんだ? 鴉の能力か?」


 俺は鈴に囁く。鴉はこの映画の中でも、とりわけ多くの情報が謎に包まれている人物だから、俺にもわからないんだ。


「多分そうよ。あいつは、【意志能力フォース・オブ・ウィル統括委員会】直属の組織【八咫烏(やたがらす)】の一人。連中のことを知ってる人間は警察組織の中でもごく僅かで、わたしたちは精々、名前と役割くらいしか聞かされてないわ」


 鈴は答えたあとで俺に向き直り、


「ていうかあんた、どうしてあいつのことは知らないのよ?」

「映画には開示されてる情報とされてない情報がつきものだろ? 謎を残して終わるパターンもあれば、主人公の物語には直接関与しないって理由で、あえて伏せられたまま終わるパターンもあるんだよ」

「随分とご都合主義じゃないの」


 鈴は、この世界が映画だという事実を、さすがに完全には呑み込めていない様子で、ジト目を俺に向ける。

 そうしてやり取りしている内に、鴉は野郎三人を地面に伏せさせ、黒装束の袖から伸ばした黒い帯のようなもので、身柄を拘束していた。


「誰に命令された?」

「セイヴって女に、サツを足止めしろって言われたんだ」


 鴉の問いに、野郎の一人が抵抗の素振りなくスラスラと答える。


「セイヴ・ランバートのことか?」

「そうだ」


 野郎はまたすんなり首肯した。

 鴉は確認する意味でか、俺たちを振り返る。


「セイヴはわたし達が追ってる《ホシ》よ。|裏方(、、)のあんたには関係無いでしょ?」


 鈴が言った。


「関係ある。俺もそのセイヴを追っているんだ」

「あんたがセイヴを追う理由は?」

意志能力(フォース・オブ・ウィル)を持つ者はすべて、【バンク】の能力者リストに情報を登録する義務がある。能力を悪用した際にこちらが取り締まるためにな。だが、セイヴという女はリストにない。今まで監視の目をどうすり抜けてきたのかわからないが、近いうちに委員会の意向を伝えて、情報を教えてもらう必要があるんだ」


 鴉は言って、ゆっくりと立ち上がる。


「あんたもセイヴを捕まえるために動いてるってわけね。彼女が【ナイトラビット】から逃げ出したのを見て、ここまで追ってきたの?」

「捕まえるというのは語弊があるな。協力して欲しいだけだ。この連中はこちらで預からせてもらう。お前たちの命を助けたのと引き換えだ」


 手の内を明かさない鴉の物言いに、鈴は鼻を鳴らす。


「ここへ来るまで傍観しておいてよく言うわ。――調子狂うわね」


 鈴は不機嫌そうな声色。得体の知れない鴉に、苦手意識を持っているのだろう。


「鴉。俺は栄治って言うんだ。助けてくれたことに感謝するよ」

「もう行っていいかしら? ここで止まってるわけにはいかないの」

「ご挨拶だな。気まぐれとはいえ、助けてやったというのに」

「公務への協力ありがとう。一応もう一度言っておくわ。セイヴはわたし達が()る。ここから先は警察(こっち)の仕事。いいわね? ――行くわよ、栄治」


 俺は、このまま放っておくと殴り合いでも始まりそうな空気にソワソワしていたが、鈴が踵を返すのを見てほっとした。


「待て」


 鈴に続いて去ろうとする俺を、鴉は呼び止めた。


「その|左目(、、)、……お前の能力か?」

「え、どうしてわかったんだ?」

「左の瞳だけが青く光ってる」

「ほんとに⁉」


 鏡で確認しておくんだった。どうやら【観客視点(ザ・ヴィジョン)】が発動している間、俺の左目は瞳が青く光るらしい。それじゃ能力を使ってるのがバレバレじゃないか。 


「お前のその能力、オリジナルか? それとも誰かから継承されたのか?」

「オリジナルで、発現したばかりなんだ。バンクへの登録申請はもう少し待ってくれ。この一件が片付いたらすぐ出すよ」


 俺はそのように答え、怪しまれないようにするが、


「うっ」

「どうした?」


 波のように寄せては返す吐き気によろめいた俺を見て、鴉は眉を顰めた。


「いや、車酔いしてるだけだ」


 本当は左右の視界の違いで酔ってるんだけど、俺はうまい具合にぼかして答える。ここで鴉に質問責めに遭う時間はない。


「……そうか。呼び止めて悪かったな」

「いいさ」


 妙な間があったような気がしたが、俺はもう一度礼を言って、鈴の車へと戻った。


「ピッグズたちには先に署へ向かってもらってるわ」


 と、無線機を片手に鈴が言った。



観客視点(ザ・ヴィジョン)終了》



 という表示を最後に、俺の左目は通常の視野に戻った。発動するタイミングがランダムなうえ、ときには大して役に立たない情報を見せられて気持ち悪くなるという、なんとも扱い難い能力だ。


「あんた、セイヴのことは知ってるの?」


 銃弾を喰らいまくったものの、機関は正常らしいスープラを再発進させ、鈴が言った。


「一応、セイヴの能力と過去の話は設定資料集で読んだからな。今のうちに教えとくよ」

「ええ。できるだけ詳しく聞かせて!」


 鈴はそう言ってサイドブレーキを引き、車をドリフトさせて交差点を曲がる。舌嚙みそうで恐いんだが。

 俺は舌に気をつけながらも、強敵セイヴについて話して聞かせる。


「――彼女まだ十八歳なの⁉ 確かに声は若いと思ったけど……けしからんわね」

「セイヴはまだ未成年だけど、意志能力(フォース・オブ・ウィル)は強力だ。映画のシナリオだと、彼女の能力で警察署の仲間がやられて行動不能になるから、技術もセンスもずば抜けてる。その混乱に乗じて、彼女は留置室にぶち込まれてるジャンベリクを逃がすもんだから、頭のキレもいい」

「参ったわね。署であなたの言い分を全部信じてあげていれば、こんな事態にはならなかったのかも……」

「仕方ないさ。俺が鈴や署長の立場だったら、きっと同じような反応しかできない。この世界が映画だなんて、完全に証明してみせることは難しいからな」

「……ここに来て、恐くないの?」

「まぁ、正直言うとちょっと恐いな、君の運転。もう少し優しく運転してほしい――あ、そういう意味じゃない? ごめん、そんな可愛い笑顔で俺の銃抜かないで?」


 鈴の問いは、たった一人で別の世界に入って恐くないのか? という意味だった。


「元の世界に戻れるかわからないのは不安さ。だけど、これは警部補に託してもらった務めだ。こうして鈴にも会えたし、むしろ光栄というか、恐怖より喜びの方が強いよ」

「そ、そんなにこっち見ないでよ。わたしは人から光栄に思われるようなタマじゃないわ。暴れん坊って言われるようなことしかしてない……」

「それも君の個性なんだよ。悪意があってやってるわけじゃないんだ。結果として暴れたような有様にはなっちまってるけど、皆はその辺をちゃんとわかってる。でなきゃ人気投票で一位になったりしないよ」

「わたし、人気一位なの⁉」

「そりゃそうさ。主人公だからな!」

「そ、そう……」


 こんな返し方でよかったのかわからないが、鈴は顔を赤らめ、運転に集中する。

 ぶっ飛んだ運転でかっ飛んだからか、【ナイトラビット】を出て十分も経たずに万世橋署へと戻ってこれた。

 そして、早速異変に気付く。

 署の入り口の前にパトカーが止まり、その傍にピッグズとアクアが倒れていた。


「おい! 大丈夫か⁉」


 俺と鈴が駆け寄るが、二人は意識を失っていて反応がない。


「呼吸はしてるけど、妙ね。殴られたような跡は無いわ」

「きっとセイヴだ。彼女の能力で眠らされてるんだと思う。間に合わなかったか!」


 見れば、いつも正面玄関の両脇にいる立番(たちばん)も倒れ伏している。これはのんびりしちゃいられないぞ!


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