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チャプター1 ②

 一体どれだけ鍛えればそんな威力が出せるのか、理解できずにいるセイヴの前に、すっくと立ち上がった鈴が歩み寄る。


「警官を甘く見すぎね。特に異能課(ウィルセクション)は粘り強いの。でなきゃ、街の人たちを守る仕事は務まらないし」


 鈴は両の拳を握り合わせ、指をパキパキと鳴らした。


「い、今までの、追い詰められたような様子は、お芝居だったってわけね……?」


 セイヴがヨロヨロと立ち上がり、鈴の規格外の頑丈さに、さきほどの余裕を忘れて後ずさる。彼女の背後に集まった蜂が、空中で再び【(ニードル)】の形を編成し始めた。


「まだ抵抗するつもり? よく考えなさい。もし投降を拒否したら、あんたが次の月経(アレ)まで能力を発動できないくらい、ボコボコにするけど……?」

「っ⁉」 


 セイヴが何か言う前に、鈴は唱えた。


「【|わたしの信念は揺るがない《アイアン・フィスト》】」


 その詠唱は、鈴が極めた意志能力(フォース・オブ・ウィル)を発動させるための、云わばスイッチ。

 意志能力(フォース・オブ・ウィル)を操る者は、己の生命力をエネルギーとして使うことで、自分の【意志】を現実化し、超常的な現象を起こすことができる。

 鈴が唱えるや否や、彼女の拳――その表面が再び銀色の光沢を帯びた。


「それ以上近づいたら、この子たちが黙ってないわ!」


 狼狽えたセイヴが、背後の蜂たちを示す。

 セイヴの意志能力(フォース・オブ・ウィル)によって生み出された蜂たちが、直径二メートルを超える特大の【(ニードル)】を完成させ、突撃体勢に入った。


「――いい根性(ガッツ)ね」


 薄く笑んだ鈴は (アイアン)でコーティングされた両の拳をボクサーよろしく正面に構え、決め台詞を放つ。


「撃ちなさい。望むところ――」



 ポピポピ♪



 突然、携帯のラインの着信音が鳴った。


「なんだよ、いま(りん)の決め台詞のシーンだったのに」


 ソファに座って映画を観ていた俺はため息を吐きつつ、充電器から携帯を取る。

 俺が所属する千葉県警刑事部の緊急連絡用グループラインだった。


『指名手配中の安倍十吾(あべのじゅうご)と思しき男性の潜伏情報あり。通話連絡を受けた者は速やかに対応されたし』


 こういうことがあるから、携帯は常に手元に置いている。

 ここは千葉中央区。こんな千葉県警のお膝元みたいな場所に指名手配犯が潜伏している可能性は低い。この八月のうだるような熱帯夜に通話で召集されるのは、不運にも潜伏先の近くの交番にいる奴だろう。


「けど、油断は禁物。着替えて待機しておこう」


 気を引き締めつつも、明日のことを考える。明日は、この磨田栄治(すれたえいじ)二十歳独身の念願が叶う。

 いよいよ、待ちに待った映画が公開されるのだ。タイトルは、俺が今見ていた映画【フォース・オブ・ウィル】の最新作。

 警察学校における初任科生としての厳しい研修を俺が耐え抜けたのも、この映画の存在が深く関わっている。


 父親が映画好きだったこともあって、俺は小さい頃から映画を観て育った。

 そうして、映画を見る目が肥えていた俺に衝撃を与えた作品が、【フォース・オブ・ウィル】なのだ。

【ジャック・スレイター】のようにパワフル。

【ブラック・ウィドウ】のようにセクシー。

【ジョン・マクレーン】のようにダイハード。

【カットニス・エヴァディーン】のようにクール。

 

 といった魅力を兼ね備える警察官の主人公が、凶悪犯と派手な異能バトルを繰り広げるシリーズもの。

 アニメ文化で人気のあるファンタジーや異能バトルといった要素を盛り込んで作られたこの映画は、日本、アメリカ、台湾、韓国、フランス等、アニメウケの良い国々を中心に注目を集め、世界的大ヒットの波に乗っている。

 俺は特に、(くだん)の主人公の美女をとても気に入っている。もとい尊敬している。俺が警察官を目指したきっかけも、スクリーンで活躍する彼女の姿を見たからだ。


 その主人公の名は、幕明・M・鈴。

 Mは父方のミドルネームを取っており、マクレーンという。

 芯が強く、持ち前の正義感は父親譲りで、困っている人を見ると放っては置けない。

アクション映画でありがちな、何でもできる万能の超人ではなく、父親に似てなにかと運が悪く、しょっちゅう事件に巻き込まれてしまう不幸な一面もあるものだから、一層応援したくなる。

 不幸な逆境にもめげずに戦い続けて、最後は必ず悪党をとっちめてくれるから頼もしいし、見ていてかっこいい。


 明日になったら、そんな鈴にまた会うことができる。新しい活躍をこの眼に焼き付けるぞ。

 今日が非番(ひばん)で、明日は公休(こうきゅう)というタイミングの良さにも感謝だ。

 なんて思っていたら、電話が鳴り響いた。


磨田(すれた)です」

寺内(じない)だ。緊急連絡のラインは届いてるか?」


 同期の寺内だった。高校時代は柔道部の主将を務めたデカブツで、低くイカツイ声で話す。


「ああ。今見たところだけど――?」

「悪いが、安倍(あべの)の潜伏先はお前がいる独身寮からそう遠くないみたいでな。土地勘があるってことで、応援に行ってくれないか?」

「え? 俺が?」

「俺は別の案件で先輩と出なきゃならないし、そもそも今夜は浦安と柏の花火大会で、結構な人数が警備に割かれてるから、いつも以上に人手が足りないんだ」


 部屋着からサマースーツに着替えておいて正解だったな。


「こういう大きな行事があるときは、当日になって増員の指令が出ることなんてよくあるって話だし、どうであれ、連絡先を知っている奴の中で非番なのはお前くらいなんだ。済まんがこれも上からの指示でな。頼まれてくれ」

「わかった。すぐに行く」


 残念だけど、映画鑑賞はお預け。俺は気持ちを切り替える。

 幕明・M・鈴に憧れて、頑張って警察官になったんだ。非番の呼び出しもこれが初めてじゃないし、いちいち嘆いていられない。


 鏡の前で身だしなみをチェックする。俺の背格好は平均的でやせ型。さっぱりカットした黒い短髪。平凡な顔立ちに黒い目。

 子供のころは、特徴がないだの、影が薄いだの、ぱっとしないだのと言われたものだけど、人は見た目だけじゃ決まらない。


 仕事をこなして、使命を全うしていけば、いずれは鈴みたいに、みんなから認められるようになる。そう信じるように決めている。

 まだ新米だから、実績らしいものは無いが、今に見ていろよ?


「――行くぞ、俺よ」


 ほっぺを両手でパチンと叩いて気合いを入れると、間を置かず寮を出、クロスバイクに(またが)る。

 そうして集結場所の千葉中央警察署に来た俺は、同様に召集された他の面々と点呼を取り、

班長を務めるベテランの警部補から出動の概要を聞く。


被疑者(マルヒ)》は安倍十吾(あべのしゅうご)、二十一歳。痩せ型。自称超能力者で、情報商材をネタにした詐欺師(さぎし)。今までに五十人以上から総額三千万円近い金を騙し取ったらしい。そして酷いことに、こいつは《殺人(コロシ)》もやっている。わかっているだけで四人。いずれも犯行現場は室内で、テレビの(そば)に切断された遺体の一部が落ちていたとのことだ。


 近隣住民の聞き込み調査からまとめた情報で、安倍は千葉中央区――それも俺がいた独身寮から徒歩十分の場所にあるアパートに潜伏している可能性が極めて高まった。故に、これから《逮捕令状(オフダ)》を引っ提げてそのアパートに向かい、本人と確認でき次第逮捕しようというのだ。

 連続詐欺並びに殺人犯である以上、どんな武器を所持しているのかも不明だから、油断は許されない。ということで集められるだけの人員を集めたんだろうけど、全部で六人は少ない。


 警察学校を卒業して日が浅い俺にとって、殺人犯を相手に公務を執行するのは初だ。だから不安と緊張が拭えない。

 万が一に備えて、制服の上から更に防弾チョッキを装着。拳銃も(たずさ)え、真夏という環境で汗だくになりながらも、俺を含めた六人は二台のパトカーで件のアパートに到着。

 新人の俺と三人の先輩が二階の通路に待機。俺たちが見守る先で、まずベテランの警部補と巡査部長が、安倍の潜伏先と思しき部屋のドアをノックする。


「――はい?」


 静かにドアが開かれるが、チェーンを掛けているらしく、開く途中でガチャリと止まる。

 通路から見守る俺には姿が見えないが、ドアの中から聞こえたのはテノール調の、若さを感じさせる男の声。


「千葉県警です。貴方(あなた)が安倍十吾さん?」

「…………」


 警部補の質問に、男は黙った。


「お名前を伺っているんです。貴方が安倍さんですね?」

「どうしてここがわかった?」

「近隣住民から目撃情報が多数出ていてね。安倍十吾さんで間違いないね? 君に逮捕状が出てる。理由はわかってるよな?」

「ハハハ! そうだよ、僕が安倍十吾(あべのしゅうご)。超能力者さ。いつかこうなるとは思ってたけど、絶妙なタイミングだな! 運命は僕の味方だ!」


 急に安倍が甲高い笑い声を発したかと思うと、チェーンが外されたのか、ドアが完全に開いた。そして、


「おいでよ。部屋の中も調べたいだろう? 僕の|力(、)は完全なものになった! だから見せてあげるよ!」


 と、楽し気に笑う安倍に促され、警部補たちが警戒しつつも入室していく。


「お前は通路を見張ってろ。奴が《単独犯(タンパン)》とは限らん」


 先輩にそう言われ、俺だけは中に入らず、無人となった通路を見張る。


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