チャプター2 ⑥
「鈴! 追手だ!」
俺はサイドミラーで敵の車を視認し、鈴に伝える。
「見えてるわ!」
ルームミラーを睨む鈴。
俺が再びサイドミラーで確認すると、サンルーフ付きの黒いセダンの屋根から、またもグラサンを掛けた坊主頭が身を乗り出し、マシンガンを構えたところだった。
「銃撃が来るぞ!」
「【アイアン・コーティング】!」
鈴が車のボディにタッチするや否や、無数の銃弾が飛んできた。鉛が空を切る甲高い音と共に、周囲のコンクリートが爆ぜ、弾丸の雨に周囲の車が巻き込まれる。
鈴の愛車も、窓ガラスやボディに被弾。窓ガラスはコーティングによる防御でも耐え切れずにひび割れてしまう。
「この子古いから、車両保険ほとんどつかないのにィ‼」
鈴の悲鳴。
「奴らをとっちめて弁償させよう! 連中だって自賠責くらい入ってるだろ! 義務化されてるはずだ!」
「よくわからないけど、あんまり気の利いた保険なんて無いわよ!」
保険制度の設定はガバガバらしい。【ドンパチ騒動が頻発し易いように】という、映画制作陣の意図を感じる!
鈴が苛立たし気にサイドブレーキを引き、スープラを一八〇度反転させた。そしてうまい具合に追手の一台=黒いベンツ・Cクラスと対面する形に。
「栄治、今よ!」
鈴の言わんとしていることはわかる。まさに敵の車と向かい合わせになったこの瞬間、非殺傷弾入りの銃で撃てというわけだ。
でも無理! 唐突なターンの遠心力で、引き抜いた銃が暴れてお手玉状態! 頼むから暴発しないでくれ!
「なにやってんのよ!」
「仕方ないだろ! もっと優しい運転してくれよ!」
そうやってもたついてたら、ベンツ・Cクラスとスープラが正面衝突しちゃった!
ガツンッ! という衝撃で、俺も鈴も、ダッシュボードとハンドルにそれぞれ頭をぶつける。
「イテッ!」
「ぴぎゃっ!」
可愛い呻き声を漏らした鈴は、またサイドブレーキを引き、車の向きを元の進行方向へ戻す。
真後ろにベンツ・Cクラス、左サイドにBMW・M4、右サイドにアウディ・A7という、ドイツ車に囲まれた構図だ。
「ちょっとその銃貸しなさい!」
と、額に怒りマークを浮かべた鈴が、俺の手からベレッタをひったくる。
やばい!
「ま、待て鈴! 射撃苦手なんだろ? だからいつも銃持たないんじゃなかったのか⁉」
「この距離で外すバカがどこにいるのよ⁉」
そう言って、鈴は右隣のアウディへ発砲。
バスン!
俺の股の間が爆発。シートの綿が咲き乱れた。
え? いま鈴から見て右隣の車、つまり外側へ撃ったよね? なんで左隣の車内、それも俺の股の間に着弾してんの⁉
「これ以上鈴をキレさせないでくれぇえええ‼」
俺は敵へ向かって叫ぶ。
そんなの知ったことかと言わんばかりに、屋根上から弾をばら撒く敵。
絶体絶命のピンチ! と思ったそのときだった。左サイドのBMWが突如スピン。ガードレールに突っ込んだ。
《観客視点発動》
ここで俺の左目に能力が発動。別の視点からの映像が映る!
後方から追い付いてきた一台のパトカーが、BMWに体当たりして、姿勢を崩した場面だ!
そうして左サイドに並んできたパトカーに振り向くと、
「鈴! 栄治! 大丈夫か⁉」
運転席から顔を出したピッグズが大声で呼ばわる。
「援護に来たよ!」
と、ピッグズの白シャツの胸ポケットから顔を出すアクア。
「アクア、ハンドルを頼む! ここは俺がやる!」
「しゃーない! 今回は屁こきを許す!」
ピッグズのポケットから飛び出したアクアは、水色の糸を額から伸ばし、ハンドルに絡みつかせる。ハンドルがブレないように押さえる芸当もできるのか!
ピッグズはドアを半分開けて身を乗り出し、その大きなケツを、俺たちの後方――ベンツ・Cクラスの方へと向ける。
「【風と共に去りぬ】!」
ピッグズは片手で摘まんだ拳銃弾をケツの前に構え、特大の屁を放った。
ラッパがヤケクソに吹き鳴らされたような爆音が轟き、ケツの前に構えられていた拳銃弾がとてつもない勢いで発射され、ベンツの窓ガラスを貫通。運転手の肩に命中した。
肩の激痛で、運転手はとても運転どころではなくなったらしく、ベンツはそのまま失速。コントロールを失い、路肩の木に激突した。
【風と共に去りぬ】は、屁の風向、風速、風量を自在に操るという、ピッグズの意志能力。
「これでも食らえ!」
ゴツイ体格の坊主頭がアウディのサンルーフから身を乗り出し、何かを構えた。
俺の左目が、敵が構えた獲物にフォーカス。出た! ロケットランチャーだ!
「鈴! ロケランだッ!」
「つかまって!」
俺が危険を知らせるや否や、鈴はハンドルを強く右に切る。
鈴のスープラがアウディに体当たりした衝撃で、ロケットランチャーの狙いが逸れる。
そこまでは良かったが、敵は誤ってトリガーを引いてしまったらしく、甲高い音と共にロケット弾が射出。
ロケット弾は俺と鈴が乗るスープラ、ピッグズとアクアが乗るパトカー・クラウンの三十メートルほど先の地面に命中する。
爆発と衝撃波に往来する車が数台巻き込まれ、横転。
歩道の通行人たちが一目散に逃げだす。
爆砕されたコンクリートの破片が降り注ぐ中、目をひん剥いた鈴がハンドルを切る。
ピッグズも咄嗟にアクアからハンドルを預かり、鈴と反対方向にハンドルを回す。
そうして二台の車は、爆発で生じた穴を左右に避けた。
スープラに体当たりされて遅れをとったものの、敵のアウディもなかなかのハンドル捌きで追跡を続行。距離を詰めてくる!
「栄治、迎撃お願い!」
俺は鈴に銃を返され、内心ほっとするも、未だ油断ならぬ状況に緊迫する。心が忙しいよ!
次の瞬間、アウディがスープラの後方に体当たりし返してきた。
「もう! なんて日なのよ!」
身体を揺さぶられて嘆く鈴。
立て続けに銃弾を浴びたからか、スープラの後部ガラスはいつの間にか綺麗に割れてなくなってたので、俺は真後ろに振り向き発砲。
今度こそまともに対処したいところだが、拳銃じゃなかなか止められない!
ピッグズの方も運転で手一杯の様子。再び【風と共に去りぬ(ゴーン・ウィズ・ザ・ウィンド)】を使うには隙が必要だ。
そして俺の左目も、やはりまだ目眩がひどい! 右目と左目で見えているものが違うから脳が混乱してるのか、発動しているうちにまた気持ち悪くなってきた!
今にも吐き出しそうな俺の心境などお構いなしに、左目は敵が二発目のロケランをぶっ放そうとしている映像を映す。
直撃したら終わりだッ!
俺の脳裏を死の文字が過った、まさにそのときだった。
「相変わらず騒々しいな」
鈴が運転するスープラ――そのボンネットに、黒ずくめの男が一人飛び乗ってきた。
引き締まった長身を忍者のような黒衣で包み、顔には同色の面頬を着けている。
「あ、あんたは!」
「鴉……っ⁉ どうしてここに⁉」
上空から、音もなく前触れもなく表れたその男に、俺たちは目を見開いた。
短く切り揃えた黒髪に、青い色の瞳を持つ男の名は鴉と呼ばれている。魔王大戦で人口が激減し、海外から多くの移民を招き入れた映画の日本では少数派になりつつある、純血の日本人。
日本政府の内情に通じた秘密組織の一員らしいんだが、登場するのは今作じゃなくて、続編のパート2だったはずだ。
「道路で爆発が起こればさすがに目が行く。このまま放置しておけば俺の仕事にも支障が出そうだから、見に来てやっただけだ」
鴉のくぐもった低い声にはこれといった強い印象はなく、すぐに忘れてしまいそうだ。
こうしてボンネットの上に片膝をつかれでもしなければ、気配すらわからない。
気配を感じさせず、記憶にも残させない。隠密行動のプロ。
「それはご丁寧にどうも! そこにいると落っこちてミンチになるわよ?」
鈴が忠告するも、
「脅威は取り除いた。もう止めていいぞ」
「は?」
鴉に言われ、鈴はルームミラーを見る。そしてブレーキを踏んだ。
どういうわけか、敵のアウディが停止していた。




