チャプター2 ⑤
「うおおおおおお⁉」
俺は床に滑り込むように身を投げ出し、それらから逃れようとするが、今度はカーペットが勝手にめくれ上がり、俺の両足に絡みつく! ついでとばかりにナプキンまで飛んできて、俺の両手を縛りやがった!
「な、何なのよこれ⁉」
鈴は調度類に身体を挟まれて動けない。
やばい! これはマスターの意志能力だ! 本来の展開なら、ドンパチ騒ぎの途中でこの現象が起きるんだけど、その気配がないから、てっきり起こらないものと思い込んでた。
身動きを封じられた俺たちの前で、野郎どもが一人、また一人と、火柱が噴き出すコンロの上に身を投げていく!
「ファイアアアアアアアアアアアア!」
「ふぁああィアアアアアアアアアアアアアッ‼」
そして全員で雄叫びを上げつつ、積み重なって火だるまに!
「ああ! なんてこと!」
鈴が悲痛の声を漏らす。
酒という名のアルコールをかぶったことで瞬く間に全身が炎に包まれた野郎どもは、今度はバタバタとコンロ上から崩れ落ち、カーペットやらクッションやらに炎を燃え移らせ、次々に倒れる。あんな大火傷、早く病院に運ばないと命に係わるぞ!
そうしてあっという間に、密閉状態の店の半分近くが炎で包まれてしまう。思い出したかのようにスプリンクラーが作動するが、炎の勢いは弱まらない。
この現象は、マスターの能力とセイヴの能力を合わせたコンボ技!
「これって、敵の能力⁉」
「ああ! 一定の広さを持つ室内でのみ発動可能なやつで、室内にあるものを何でも遠隔操作できる能力だ! 今俺たちを押さえつけてる調度がそうさ! でもって、野郎どもが奇行に及んだのは、セイヴの能力で操られたからだ!」
俺は鈴に能力を説明しつつ、どうにかして椅子とテーブルによる拘束から抜け出す方法を考える。
「俺の【立て籠もり崩し】からは、誰一人として逃れられない!」
と、マスターの勝ち誇ったような声。
この店のマスターとセイヴはグルで、毎回こうして他の組織を招き入れ、麻薬に似せた、ただの枯葉と引き換えに現金を回収したのち、蜂の毒で記憶を消して帰す。取引の途中で向こうが勘付いたり、抵抗した場合は、【立て籠もり崩し】で痛めつける流れだ。
「くっ! んんんッ!」
鈴は全身に力を込めて、強力に密着してくる調度を押し返そうとするが、姿勢の問題で力が思うように入らず、うまくいかない。
鈴のパワーでも抜け出せないなら、俺なんてすり潰される他ないじゃんか! 絶対ヤダそんなの!
「俺がなんとかするから、翼は出さなくていい!」
俺は必至に考える。意志能力は万能じゃない。どの能力にも得手不得手がある。だからマスターの能力=【立て籠もり崩し】も突破口があるはずだ。
なにか、なにか手は無いのか⁉
何度も見た映画だからすぐに対応策を考えつく自信があったのに、こういう切羽詰まった状況になると出てこなくなりやがる!
しかも悪いことに、ここでカウンターの向こうからグラス用と思しき布巾が飛んできて、俺の口を覆った。ついでとばかりに包丁まで浮かび上がり、その切っ先が俺と鈴の方を向いた状態で滞空する。
いつでも包丁で攻撃できるという脅しか! 【アイアン・コーティング】がまだ効いてるとはいえ、包丁の先端がぶつかったら痛いに決まってる!
「もごごごごご⁉」
「栄治⁉」
とうとうしゃべれなくなった。これじゃ鈴とコンタクトが取れない! 相手の能力をベラベラ解説する俺の口を先に封じたのは、敵ながら巧い手だ。
「お前らサツだな? 外のイカした車は面パトか? この街のサツは俺たち国民の税金で派手な車を配備しやがるんだな。金使いのよろしいことだ」
と、マスターがどこかから聞いてくる。
肉の焼け焦げる臭いと共に、モクモクと黒い煙が漂い始め、次第に室内を満たしていく。このままじゃマズい! 呼吸困難になっちまう!
署長が手配してくれた応援部隊を呼ぼうにも、携帯を操作しないと無理だ!
「そんな太っ腹のサツがこれ以上太くなる前に、無駄な贅肉をそぎ落としてやりたいところだが、ヤっちまったらヤっちまったで、後が面倒だ」
マスターの楽し気な声が続く。
「仲間を殺された蜂みたいに、別のサツが湧いて出やがるからな。命を助けてやる代わりに、警察手帳と、有り金全部と、車を置いていきな。ハジキもだ」
「好き勝手言ってくれるじゃない。そっちがマウント取ったつもり?」
だがこの状況でも、鈴は冷静だ。
「ここまで正確な拘束ができるのは、わたしたちの居場所をきっちり把握してるからでしょう? 店の監視カメラは四隅にそれぞれ一個ずつ。その映像を常にモニタリングできるとすれば店の中。つまりあんたの居場所はカウンターの向こう! 居場所さえわかれば、こっちだって戦えるわ!」
そ、そうだ、思い出した! 鈴の言う通り、マスターはカウンターの裏側に潜んでいるんだ!
「栄治」
「もごご?」
「あんたがわたしをサポートできるようになるって話、忘れてないからね? マスターはあんたに任せてあげる」
鈴はそう言うと、再び全身に力を籠める。そして赤黒いオーラを身に纏い、背中から竜を思わせる翼を広げ、その衝撃で自身を拘束していた調度類の一部を吹き飛ばした。
俺の身体も一緒に。
「もごォ⁉」
鈴の翼で調度ごと吹っ飛ばされた俺は、カウンターを越えて棚に激突。半ば跳ね返るようにしてカウンター裏へ落下。その際、カウンターの裏影に隠れていたマスターと目が合い、
「ぐお⁉」
「もご⁉」
おでことおでこが激突した。
途端、意識を失ったマスターの意志能力が解除され、俺たちは拘束から解放された。
スプリンクラーの水が効き始めたか、燃えていた男たちの炎も収まっていく。
本来の展開でも、鈴が今みたいに翼を使って調度を吹っ飛ばし、それを跳ね返らせることで、カウンター裏に隠れるマスターを攻撃したんだった。
その攻撃に利用するものが俺に変わっただけで、本来の展開通りだ。
「あんたが石頭でよかったわ」
鈴がカウンターの向こうからこっちを覗き込んで、白い歯を見せて笑う。
「結局、今回も翼を使わせちまったな……次はもっとうまくやってみせる」
言いながら、俺はナプキンでマスターの両手を縛った。
★
鈴が応援部隊と救急車を呼んでいる傍で、俺は今後の展開を整理する。
「今のところ、シナリオ通りに進んでるから、次は――」
この店から逃げ出したセイヴは、そのまま姿をくらますかと思いきや、裏を掻いて、捕らわれたジャンベリクを逃がして利用するべく、万世橋署に単身攻めてくるんだ。
「鈴、急いで署に戻ろう。セイヴが来るぞ」
俺は電話を終えた鈴にセイヴの動向を話す。
「具体的に、いつ来るかわかるの?」
鈴が俺を一瞥して、スープラのドアを開ける。
「時間帯まではわからないけど、今日の明るい内だ。セイヴが攻めて来たときは外が明るかったからな」
俺はスープラの助手席に座りつつ答えた。
「わかった、信じる。ここは応援部隊に任せて、急いで戻るわよ!」
鈴は脱着式の赤色回転灯を屋根に取り付け、車を発進させる。
そうして大通りに合流した俺たちだが、そこへ新たな敵が現れた。
タイヤを鳴かせ、大通りに飛び出してきた数台の黒いセダンが、後方から鈴の車に迫る。
ついに来た!
カーアクションのシーンだ!




