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チャプター2 ④

 白シャツを纏った鈴と共に、俺は地下のBARへと続く階段を降り、ドアの前に立つ。


「わたしがマスターと話をするから、あんたは店内をそれとなく警戒して頂戴(ちょうだい)

「了解だ」


 俺は頷き、ドアを開けた鈴に続いて入店した。

 薄暗い中、暖色のランプで照らされた店内は営業時間外にも関わらず、テーブル席はすべて、怪しい目つきをした男たちで埋まっていた。空いているのはカウンター席のみ。九つあるが、一番奥のカウンター席には先客がいた。


 その先客はスカートにパーカーという姿。俺は奴の正体を知っている。パーカーのフードを目深(まぶか)に被っていて顔は見えないが、間違いない。セイヴ・ランバートだ。

 全員、俺と鈴が入った途端に会話を止め、こっちを睨んできた。この人数と空気感。この店内には、一般人が出し得ない悪党どもの気配が満ち満ちている。本来の展開通りだ。


「カウンターの奥、フードを被った女がボスだ」


 俺は鈴の耳の傍で囁いた。映画のままの展開ということは、俺の知るバトルまで秒読みだ。

 俺がいつでも銃を取れるよう、片手をフリーにすると、鈴は颯爽とカウンター席についたので、それに習った。


「……ご注文は何に致しますか?」


 鈴から現金ケースを受け取った小太りの中年男が、カウンターの向かい側から話かけてきた。ありふれた台詞だが、この店の場合は違う。『合言葉を言え』という要求だ。

 鈴もそれを察して、しかしドンピシャなフレーズはわからないので、ハッタリを効かせた物言いで応じる。


「マスター。この中で、ヤクを売ってくれるのは誰かしら?」

「あなた達、|クスリ(、、、)が欲しいの?」


 鈴の質問には、セイヴが反応した。冴えて気が引き締まる雰囲気を(はら)みつつも、少女らしい潤いのある綺麗な声だ。


「ええ。良い商人がこの店に来るって聞いたから、ぜひ会ってみたくて来たの」

「外のガードをぶちのめしたのは、クスリのやり過ぎでイカれちゃったってことかしら? それとも、効果が切れたから、その憂さ晴らし? 暴力的禁断症状?」


 セイヴが顔をこっちに向ける。特徴的な碧眼が、フードの影の中で淡く光った。


「っ!」


 呼吸の音で、鈴が息を呑んでいるのがわかった。鈴が坊主男たちを一人残らず昏倒させたことを、セイヴは知っている!

 俺はここで気付いた。あの連携の取れた男たちは、きっとセイヴの能力で操られていたんだ。それを鈴がフルボッコにして行動不能に陥れ、コントロールが効かなくなったことでセイヴに悟られたと見ていいだろう。


 セイヴが操る蜂の能力は、様々な種類の毒で刺した相手を行動不能にしたり、操作したりできる。使いようによっては、今のように外敵の接近を察知するセンサーの役割も果たす、利便性の高いものということだ。


「理由がどうであれ、そんなことをしたらここのボスが黙ってはいないわ。敵にクスリを渡すなんて論外よ」


 自分がボスなのを隠すために、あたかも他にボスがいるような物言いをするセイヴ。


「謝ってもダメかしら?」

「謝るのは自由だけど、あんまり意味は無いと思うわ。だって――」


 鈴の問いに、セイヴの声音が残虐に歪む。


「あなた達がここから生きて出ることなんてないもの」


 次の瞬間、BARのマスターらしき小太りの男が、隠し持っていた拳銃を構えた!

 どこかしらでなにかしらの動きがあると読んでいた鈴が、手近にあった陶器の灰皿をぶん投げた。

 灰皿がマスターの顔面を直撃したのを皮切りに、周囲でジャカジャカと金属音が相次ぎ、数多の銃口がこっちへ向けられた。


「栄治!」 


 鈴が叫んで手を差し出してきた。俺がそれを素早く掴むと、銀に光る膜(、、、、、)が俺たちの全身を一瞬にして覆った。薄くも頑丈な金属の膜で物理ダメージを激減させる、鈴の能力の応用技だ。


「【アイアン・コーティング】!」


 それ、さっきのロータリーでも俺に使ってくれれば良かったのに!

 そんな俺の思いを他所(よそ)に、野郎どもの一斉射撃が耳を(つんざ)く。弾丸がバチバチと体表にぶち当たる度、激痛が走る。


「いててて! 熱ッ⁉」


 鈴の能力のおかげで被弾しても死ぬことはないが、弾丸は体表に半ば食い込んだあとで弾かれていくから、それなりに痛いし熱い。


「ぴーぴー言わない! 男でしょ!」


 この程度の痛みには慣れっこなのか、鈴はほとんど意に介さない動きで近くにあったビリヤード台を盾代わりにひっくり返すと、俺を引っ張り込んだ。

 鈴は射撃が極端に苦手なこともあり、極力銃を使わずに拳でやり合うことをポリシーにしているから、遠距離攻撃ができるのは俺だけだ。


「そうさ男さ! 俺だって――ッ!」


 隙を見て撃ち返そうと拳銃を引き抜いたものの、だ、駄目だ。とても撃てたもんじゃない。俺の銃は非殺傷弾とはいえ、よく狙って撃たなくてはならない。当たり所が悪ければ怪我じゃ済まないからだ。だがそれをやろうとすると、こっちが先に撃たれてしまう。

 これじゃ、鈴をサポートできる警察官になるまで千年以上掛かっちまう!


「ちくしょう!」


 映画の主人公みたく、敵が撃ってきてる最中に身体を出して撃ち返すなんて真似はできない。普通にこっちがやられる!

 俺の左目は何の変化も見せないが、むしろ今回はその方がいい。例のスロー再生で弾丸の動きを見切ったとしても、飛んでくる数が多すぎて避けきれない。無駄に目眩がして動き辛くなるよりは、発動しない方がマシだ。


 俺が動けずにいる横では、鈴がビリヤード台から転がり落ちたピンボールを引っ掴み、凄まじい膂力(りょりょく)で敵へと投げつけ、それが野郎どもの頭から頭へ、幾度も跳ね返っては直撃を繰り返し、一度に数人を昏倒させる。


「えぇーいッ‼」


 俺も真似してピンボールを投げつけるが、狙いを外したうえに壁から跳ね返って自分のおでこを直撃した。泣きたい。 

 悪いことに、いつの間にかセイヴの姿が消えている。きっとドンパチのどさくさに紛れて店の奥へと消えたんだ。確かこのBARには地上へ出る裏口があったから、そこから逃げたのだろう。

 

「しまった! セイヴに逃げられた!」

「今は目の前の敵に集中しなさい!」


 思わず声を上げる俺に、鈴の喝が飛ぶ。


「くたばりやがれえええええ!」


 そこへ、弾が切れたらしい野郎の一人がメリケンサックを握りしめて突っ込んできた。横倒しになったビリヤード台を飛び越え、俺に飛び掛かる!


「うぉお⁉」


 寸でのところでメリケンサックを躱した俺のサイドから、今度は酒瓶を振りかざした野郎が向かってくる。俺はそいつの腕を取って、勢いを逆に利用して放り投げ、メリケンサック野郎にぶつける。

 鈴はというと、ほぼ全員の弾薬が尽きたのをいいことにビリヤード台から飛び出し、キューを槍みたいに振り回して野郎の顔面を強打。キューの粉砕と共に野郎も沈む。


 掴みかかる巨漢を鈴が軽々投げ飛ばし、カウンター奥の棚に激突させる。並べられていた酒瓶が爆ぜ割れ、大量の酒とガラス片がぶちまけられる。

 俺が彼女の戦闘に見惚れたのも束の間。野郎の一人が酒瓶を叩き割り、その割れ目の鋭利な部分で攻撃してきた。


「っ⁉」


 俺は咄嗟にカウンターにあったメニュー表を構えて酒瓶を受けるが、メニュー表は一発で切り裂かれた。手で突っ張らせるようにして構えてたもんだから、切り裂かれると同時に両手で万歳するみたいな格好になる俺。カッコ悪い!


「栄治!」


 鈴が、椅子をフリスビー放るみたいにしてぶん投げてきた!


「ひいッ⁉」


 俺は頭を抱えてそれを躱す。椅子は背後にいた酒瓶野郎に命中し、意識を奪った。

 鈴と将来結婚する旦那は【ロボコップ】並みに頑丈じゃないとやってられない! 

とかって思いながら、俺はまたも取り落としていた銃に飛びつき、


「全員動くな! 武器を捨てろ!」


 ようやく警察官らしい行動を取った。

 残った野郎どもが揃って両手を上げ、その場に両膝をつく。


「鈴! 大丈夫か⁉」

「平気よ。よく頑張ったわ、栄治」


 服をパンパンと叩きながら、鈴は野郎どもに横一列になるよう指示を出す。俺が鈴と一緒だからか、本来の展開と違う部分があるけど、かえってそのほうが安全で好都合だ。


「とりあえず、全員の所持品をチェックさせてもらうわ。抵抗したら背骨をへし折って頭をケツに突っ込むからね?」


 鈴の腕力なら割と簡単にできてしまいそうな脅しに野郎どもが竦み上がったときだった。


「ククククク!」


 どこかから、何者かの含み笑いが聞こえてきた。この声――BARのマスターだ。いつの間にか、奴も姿を消している!


「っ⁉」


 マスターの笑い声が響くと同時に異変が起きた。鈴の前に横一列で膝をついていた野郎どもが一斉に立ち上がり、各々が棚や床に転がっていた酒瓶を手に取ると、それを開けて頭からかぶったのだ。

 唐突な奇行に俺と鈴は唖然とするしかない。


「頭をケツに突っ込まれるのはオマエらの方だ」


 と、マスターのほくそ笑むような声がしたと思ったら、カウンターの向こうにあったらしいガスコンロから火柱が上がった。元栓が壊れでもしない限り発生し得ない巨大な炎が突き立ち、上部の換気扇をも焼き焦がすかのような勢いで燃え盛る!

 今度は、酒をかぶった野郎どもが人形のようにくねくねとした動きで、一人ずつカウンターを乗り越え、燃え盛る炎の方へ――。


「よせ!」

「なにしてるの!」


 俺と鈴が連中を止めようとした瞬間、室内にあったテーブルや椅子がひとりでに浮き上がり(、、、、、、、、、、)、俺たちに次々と引っ付いて、圧迫してきた!


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